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 暖炉の火が、ぱちぱちと薪をはぜさせる。

 その音に混じって、外の風の唸りがかすかに聞こえてくる。

 窓の外はすっかり暗く、村の灯りが遠くにぽつりぽつりと滲んでいた。


「じゃあ、今日から俺たちは四人暮らしってわけだな」

 俺がそう言うと、リーナが軽く笑みを浮かべる。


「部屋は……どうしようかしら。私の部屋にアリアを泊めて、カイは卓郎の部屋よねえ? ベッドが足りないけど……」


「え、いいよ。僕、床で寝るの慣れてるから」

 カイは遠慮がちに手を振ったが、その目はどこか嬉しそうだ。


「慣れてるからって、それが当たり前になる必要はないんだぞ」

 俺は軽く頭をくしゃくしゃと撫でてやる。


 その様子を見ていたアリアが、少しだけ唇の端を上げた。

 警戒はまだ完全には解けていないが、さっきまでの張り詰めた表情よりも柔らかい。


「俺のスキルを見せてやろう」

 俺はそう言うと、『お取り寄せ』でベッドを二つ、取り寄せる。一つは俺の部屋で。もう一つはリーナの部屋で。


「すす、凄い! ベッドが出てきた!」

「え! なんでもだせるの?」

 カイとアリアが顔色を変えて驚く。


「これは俺のスキル『お取り寄せ』という奴さ。商業ギルドで売ってるものなら何でも取り寄せできるんだぜ!」


「す、すげー! で、でも、お金はどうなってるの?」

 カイが食いつくように聞いてくる。


「金はプールしてあるからだいじょうぶなんだ。『百点カード』というのが俺のスキルで、カードで『お取り寄せ』ができたり、『買い取り』がしてもらえる。お金はカード内にプールできるんだ。取り出しもできるぜ」

 俺は金貨を1枚取り出して見せる。


 カイとアリアが驚いて固まった。


「……じゃあ、晩ご飯にしましょう。今夜は久しぶりに肉のシチューがあるわ」

 固まった二人を見て、リーナが立ち上がり、台所に向かう。

 鍋の蓋を開けた瞬間、香ばしい匂いが部屋中に広がった。


「うわぁ……いい匂い」

 カイの目が一気に輝く。アリアも鼻をくんくんと動かし、視線を鍋に向けていた。


「遠慮することはないぞ。腹いっぱい食べろよ」


 木のスプーンで器に注がれたシチューは、具がごろごろと入っていて、湯気がふわりと立ち上る。

 二人は夢中でスプーンを動かし、あっという間に器が空になった。


「……あったかい」

 アリアが小さく呟く。その声は、料理の温かさと、この家の空気の温かさ、両方を含んでいるようだった。


 食事が終わると、外はさらに冷え込み、窓ガラスに白い霜がつきはじめていた。

 俺は薪をくべ、再び暖炉の炎を大きくする。


「さて……明日からどう動くかだな。《ルシアの里》探しの手がかりを集めるには、都市に戻る必要があるかもしれない」


「黒笛の連中の足跡を追えば、見えてくるかも」

 リーナが真剣な表情を見せる。


「俺も手伝う!」

 カイが拳を握るが、リーナが笑いながら頭をぽんと叩く。

「カイ君は、まずお勉強ね! 読み書きと簡単な計算くらいできないと、生きていくのに苦労するわ。人に騙されてもわからないでしょう」


「はーい。僕も字と計算は覚えたかった」


 アリアは黙って俺たちのやり取りを見ていたが、やがて小さくうなずいた。

「私も、人族の文字は覚えたいわ」

 その瞳の奥に、希望の光がほんの少しだけ宿っていた。


「そういえば、アリアは、何処で人族の言葉を覚えたの?」

 リーナが小首をかしげる。


「覚えていないわ。『コミュニケーション』という魔法を使っているの。これは話している人の言葉が、聞いている人の言語に変換されて聞こえるって言う魔法で、初めて会う民族と出会ったときとか、とっても便利なのよ」


「『コミュニケーション』かー! それは便利な魔法だね」

 俺は、後で身につけようと密かに思った。


「でもさ、その『コミュニケーション』って魔法、ずっと使えるの?」

 カイが首をかしげて、アリアを覗き込む。


「ううん、魔力を消費するから、長時間は疲れるの。寝てるときは解けちゃうし」

 アリアが肩をすくめる。


「じゃあ、寝言とかは翻訳されないわけだね」

「……寝言なんて言わない」

 アリアがぷいっと顔を背けるが、その長くとがった耳の先がほんのり赤い。


「あー、照れてる照れてる」

 カイがくすくす笑った瞬間、リーナがすかさずカイの額を軽く小突く。

「カイ君、女の子をからかわないの」


「はーい……」と小声で答えながらも、カイの口元は笑みをこらえきれていなかった。エルフ族の年齢は見た目ではわからないが、人族だったら十二、三歳に見えるアリアに、カイが恋心を抱いても不思議はない。なにせ、エルフ族は、皆が皆、美男美女だ。


 俺は暖炉の火を見ながら言う。

「ま、明日はまず町の商業ギルドに寄って、カイとアリアの服を揃えておくか。お取り寄せでは体に合うか、着心地やサイズが良くわからないからな」


 カイの服は、ぼろぼろだし、アリアの服は独特過ぎる。


「私は弓欲しいわ。前の弓は取られちゃったの」

 アリアが静かに言う。その声には、もう『捕らわれていた少女』の影は薄く、仲間としての響きがあった。


「じゃあ決まりね。明日は王都に服を買いに行くわよー。カイ君は字の練習もするのよ」

 リーナがやけに嬉しそうだ。


「わかってるって! ……でも、その、僕も外套欲しいな」

「もちろんよ」


 そんなやり取りをしながら、各自が自分の部屋に散っていく。

 廊下の向こうから、アリアの小さな声が聞こえた。

「……ありがとう」


 その一言に、俺は自然と笑みを浮かべる。

 この家の夜は、思っていた以上に温かかった



ここまで読んでいただきありがとうございます。


この小説を読んで、「続きが気になる」「面白い」と少しでも感じましたら、ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです 。


お手数だと思いますが、ご協力頂けたら本当にありがたい限りです <(_ _)>ペコ




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