250
暖炉の火が、ぱちぱちと薪をはぜさせる。
その音に混じって、外の風の唸りがかすかに聞こえてくる。
窓の外はすっかり暗く、村の灯りが遠くにぽつりぽつりと滲んでいた。
「じゃあ、今日から俺たちは四人暮らしってわけだな」
俺がそう言うと、リーナが軽く笑みを浮かべる。
「部屋は……どうしようかしら。私の部屋にアリアを泊めて、カイは卓郎の部屋よねえ? ベッドが足りないけど……」
「え、いいよ。僕、床で寝るの慣れてるから」
カイは遠慮がちに手を振ったが、その目はどこか嬉しそうだ。
「慣れてるからって、それが当たり前になる必要はないんだぞ」
俺は軽く頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
その様子を見ていたアリアが、少しだけ唇の端を上げた。
警戒はまだ完全には解けていないが、さっきまでの張り詰めた表情よりも柔らかい。
「俺のスキルを見せてやろう」
俺はそう言うと、『お取り寄せ』でベッドを二つ、取り寄せる。一つは俺の部屋で。もう一つはリーナの部屋で。
「すす、凄い! ベッドが出てきた!」
「え! なんでもだせるの?」
カイとアリアが顔色を変えて驚く。
「これは俺のスキル『お取り寄せ』という奴さ。商業ギルドで売ってるものなら何でも取り寄せできるんだぜ!」
「す、すげー! で、でも、お金はどうなってるの?」
カイが食いつくように聞いてくる。
「金はプールしてあるからだいじょうぶなんだ。『百点カード』というのが俺のスキルで、カードで『お取り寄せ』ができたり、『買い取り』がしてもらえる。お金はカード内にプールできるんだ。取り出しもできるぜ」
俺は金貨を1枚取り出して見せる。
カイとアリアが驚いて固まった。
「……じゃあ、晩ご飯にしましょう。今夜は久しぶりに肉のシチューがあるわ」
固まった二人を見て、リーナが立ち上がり、台所に向かう。
鍋の蓋を開けた瞬間、香ばしい匂いが部屋中に広がった。
「うわぁ……いい匂い」
カイの目が一気に輝く。アリアも鼻をくんくんと動かし、視線を鍋に向けていた。
「遠慮することはないぞ。腹いっぱい食べろよ」
木のスプーンで器に注がれたシチューは、具がごろごろと入っていて、湯気がふわりと立ち上る。
二人は夢中でスプーンを動かし、あっという間に器が空になった。
「……あったかい」
アリアが小さく呟く。その声は、料理の温かさと、この家の空気の温かさ、両方を含んでいるようだった。
食事が終わると、外はさらに冷え込み、窓ガラスに白い霜がつきはじめていた。
俺は薪をくべ、再び暖炉の炎を大きくする。
「さて……明日からどう動くかだな。《ルシアの里》探しの手がかりを集めるには、都市に戻る必要があるかもしれない」
「黒笛の連中の足跡を追えば、見えてくるかも」
リーナが真剣な表情を見せる。
「俺も手伝う!」
カイが拳を握るが、リーナが笑いながら頭をぽんと叩く。
「カイ君は、まずお勉強ね! 読み書きと簡単な計算くらいできないと、生きていくのに苦労するわ。人に騙されてもわからないでしょう」
「はーい。僕も字と計算は覚えたかった」
アリアは黙って俺たちのやり取りを見ていたが、やがて小さくうなずいた。
「私も、人族の文字は覚えたいわ」
その瞳の奥に、希望の光がほんの少しだけ宿っていた。
「そういえば、アリアは、何処で人族の言葉を覚えたの?」
リーナが小首をかしげる。
「覚えていないわ。『コミュニケーション』という魔法を使っているの。これは話している人の言葉が、聞いている人の言語に変換されて聞こえるって言う魔法で、初めて会う民族と出会ったときとか、とっても便利なのよ」
「『コミュニケーション』かー! それは便利な魔法だね」
俺は、後で身につけようと密かに思った。
「でもさ、その『コミュニケーション』って魔法、ずっと使えるの?」
カイが首をかしげて、アリアを覗き込む。
「ううん、魔力を消費するから、長時間は疲れるの。寝てるときは解けちゃうし」
アリアが肩をすくめる。
「じゃあ、寝言とかは翻訳されないわけだね」
「……寝言なんて言わない」
アリアがぷいっと顔を背けるが、その長くとがった耳の先がほんのり赤い。
「あー、照れてる照れてる」
カイがくすくす笑った瞬間、リーナがすかさずカイの額を軽く小突く。
「カイ君、女の子をからかわないの」
「はーい……」と小声で答えながらも、カイの口元は笑みをこらえきれていなかった。エルフ族の年齢は見た目ではわからないが、人族だったら十二、三歳に見えるアリアに、カイが恋心を抱いても不思議はない。なにせ、エルフ族は、皆が皆、美男美女だ。
俺は暖炉の火を見ながら言う。
「ま、明日はまず町の商業ギルドに寄って、カイとアリアの服を揃えておくか。お取り寄せでは体に合うか、着心地やサイズが良くわからないからな」
カイの服は、ぼろぼろだし、アリアの服は独特過ぎる。
「私は弓欲しいわ。前の弓は取られちゃったの」
アリアが静かに言う。その声には、もう『捕らわれていた少女』の影は薄く、仲間としての響きがあった。
「じゃあ決まりね。明日は王都に服を買いに行くわよー。カイ君は字の練習もするのよ」
リーナがやけに嬉しそうだ。
「わかってるって! ……でも、その、僕も外套欲しいな」
「もちろんよ」
そんなやり取りをしながら、各自が自分の部屋に散っていく。
廊下の向こうから、アリアの小さな声が聞こえた。
「……ありがとう」
その一言に、俺は自然と笑みを浮かべる。
この家の夜は、思っていた以上に温かかった
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この小説を読んで、「続きが気になる」「面白い」と少しでも感じましたら、ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです 。
お手数だと思いますが、ご協力頂けたら本当にありがたい限りです <(_ _)>ペコ




