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ポータルの光が収まり、見慣れた北野村の我が家の土間が目の前に広がる。
まだ暖炉の火は消えておらず、外の冷えた空気から一転、ほんのり暖かい。
ほんのりとした温もりが体を包んだ。
「アリア、しばらくここで休んでくれ。俺はカイを引き取ってくる。リーナ、頼んだ」
「ちゃんとカイの面倒も見なくっちゃね。アリアは任せて。お湯も沸かしてあげる」
リーナがアリアの肩にそっと手を置き、奥の部屋へ連れて行く。少女はまだ少し警戒しているようだったが、拒む様子はない。
俺は深呼吸し、再び短い詠唱を口にした。
「――ポータルシフト」
光が広がり、視界が切り替わる。そこは《姫の宮都市》冒険者ギルドの孤児支援室。
木製の机やベッドが整然と並び、窓から差し込む午後の光が板張りの床を照らしている。
その片隅で、カイが床に座り、何やら木片を削っていた。
「……あれ、卓郎さん?」
「迎えに来た。でっかい箱の中身は女の子だった。その子は助けてきたぞ」
俺が手を差し伸べると、カイは少し驚き、それから安堵の笑みを浮かべて立ち上がった。
「女の子は大丈夫だったの? 怪我してない?」
「ああ、大丈夫だ。怪我なんかしてないぞ」
「良かった。凄く乱暴な人たちだったから」
「そいつらは退治してきたから、安心しな」
「ああ良かった。あの人たちすごく怖いいんだもの。おばちゃんは?」
「俺のうちで、待ってる。さあ、カイも俺と一緒に帰ろう」
「おじさんの家? もう帰るの?」
「ああ。おじさんの家で話したほうが快適だぞ」
「ほんとに? 僕、ほんとにおじさんの家に行ってもいいの?」
「大歓迎さ。リーナも待ってるぜ」
カイの肩に手を置き、再びポータルシフトを展開する。
一瞬の浮遊感のあと、俺たちは北野村の自宅に戻っていた。
暖炉の前。
リーナがマグカップを両手で包み、アリアは毛布にくるまって座っていた。
俺がカイを伴って戻ると、リーナは軽く顎を上げた。
「おかえり。そっちも無事ね」
「ああ。カイ、そこに座って。これからの事を相談しよう」
カイは素直に腰を下ろす。アリアは少し迷ったあと、俺とカイのほうへ視線を向けた。
「さて……どうするかだ」
俺は暖炉の火が薪をはぜさせる音を聞きながら、ゆっくりと口を開く。
「まずカイの方だが、カイはこれからどうしたい? 今までどこで暮らしていたんだ?」
「たぶんストリートチュルドレンだったんじゃないの?」とリーナが口を挟む。
「うん。7歳の時、親が魔獣に殺されて、それから一人で生きてるの」
その声は淡々としていたが、手は膝の上でぎゅっと握られていた。
「家は無いのか?」
「追い出された」
「じゃあ、これから、俺たちと一緒に暮らすか?」
「え! いいの?」
「いいよな? リーナ」
「勿論いいわよ。むしろ私から頼もうと思ってたくらい。私も小さい頃はカイと似たようなものだったからね」
「おばちゃんも、ストリートチュルドレンだったの?」
「おば、おば、おばちゃん? お姉ちゃんね! お姉ちゃんだからね!」
「はい。お姉ちゃん」
「よろしい。私は施設で育ったの。だから、カイ君よりはマシだったかな。いつもお腹は空いててけどね」
「ところで、カイは何歳だ?」
「たぶん10歳くらいだと思う」
「3年も、よく生きていられたわね。何食べてたの?」
「残飯、探せば、たまに見つかる」
「これからは、残飯は、探さなくてもいいんだぞ。飯は俺が食わせてやる」
「あ、ありがとう。僕、なんでも手伝うよ」
俺は頷き、視線をアリアに向けた。毛布の隙間から覗く彼女の耳が、暖炉の光で淡く金色に照らされている。
「分かった。じゃあ、次はアリアに聞きたい?」
アリアは少し唇を噛み、ゆっくりと口を開いた。
「私…… 《ルシアの里》に住んでいたの。森の奥の」
「エルフの里かな? 噂は聞いたことがあったけど、本当にあったんだな」
「森で遊んでいたら、捕まって、縛られて連れて来られた」
その声は震えていて、毛布の端を握る指先に力がこもっている。
「エルフ狩りってやつだな。あいつら奴隷商に違いない」
俺が低く言うと、アリアは首を振った。アリアの声が震え、毛布が少し揺れる。
「違うよ。あいつらは……『黒笛』っていう組織みたい。エルフを捕らえて黒魔術の生贄にするんだって。悪魔を呼び出すのにつかうって話してた」
暖炉の火がはぜる音が、やけに大きく響く。
カイが眉をひそめ、怒りを隠さない声をあげた。
「そんな奴ら、許せないよ」
「あいつが魔獣化できたのは、そういうカラクリだったのかもな」
俺が呟くと、リーナが同意するようにうなずく。
「そうね。あんなの初めてみたわ」
アリアが毛布から少し顔を出し、真っ直ぐこちらを見た。
「お願い。私を《ルシアの里》に連れて行って」
「そりゃ帰りたいよなあ」
俺は頷くが、その瞳に宿る切実さに、胸の奥が少し重くなる。
「大丈夫よ。きっと返してあげる」
リーナの言葉は柔らかいが、芯のある声だった。
「その《ルシアの里》って何処にあるか分かるんだよな?」
「ううん。分からない。箱に閉じ込められてたから」
アリアは視線を落とし、毛布を握りしめる。
「じゃあ、《ルシアの里》探しから始めよう。それまではここで俺たちと一緒に暮らしてもらうしかないね」
「うん。分かった」
その返事は小さいけれど、少し安心したような響きがあった。
俺はカイのほうを見る。
「カイもそれでいいよね」
「もちろんだよ」
少年は大きくうなずき、迷いのない笑顔を見せた。
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