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 冒険者ギルドに納品を済ませ、《姫の宮都市》の街を歩く二人。一仕事を終えて晩飯をどこで食べようかと相談していると、路地裏に寝そべっているがりがりに痩せた少年を発見した。


 リーナが駆け寄り、しゃがみこんで少年の肩にそっと手を置く。


「……ねえ、大丈夫? 聞こえる?」


 少年はうっすらと目を開けた。だが焦点は合っておらず、唇は乾いてひび割れている。

 俺も隣にしゃがみ、胸の上下を確認する。呼吸は浅く、かすかに震えていた。


「おい、こいつ……ほとんど食ってねえな」


「水……水がいるわ」


 リーナは腰のポーチから小さな水筒を取り出し、少年の口元へ傾ける。

 ごくり、ごくり――わずかな水を飲み込むたび、喉がかすかに動いた。


「よし、少しは落ち着いたみたいだ」


「でも、このままじゃ……」


 リーナは迷わず自分の外套を脱ぎ、少年にかけた。

 路地は夜になると冷える。まして、あの痩せ方じゃ体温が持たない。


「……名前、わかるか?」

 俺が尋ねると、少年はかすれた声で「……カイ」とだけ答えた。


「カイ君、家はどこ? 帰れる?」

 リーナの問いに、少年は首を横に振る。


 なるほど、孤児か、もしくは……。

 俺は溜息をつき、立ち上がった。


「ギルドの孤児支援室に連れてくぞ。あそこなら当面の飯と寝床は確保できる」

「うん……でも、まずは温かいものを食べさせたい」


 リーナの瞳が、まっすぐ俺を見る。

 その目に押され、俺は肩をすくめた。


「わかったよ。じゃあ、あの角の食堂だな。スープがうまい」

「カイ君、もう少し頑張って。すぐに温かいスープが飲めるから」


 リーナがそっと抱き上げると、少年は小さく身じろぎしながら、その腕の中で目を閉じた。


 俺たちは人混みを抜け、食堂の灯りへと足を向けた。


 食堂に入ると、温かなスープの香りが鼻をくすぐった。

 奥の席に案内され、俺は店主に声をかける。


「子ども用に、腹にやさしいスープを頼む。急ぎで」


「はいよ、すぐ作る」


 リーナはカイを膝に抱えたまま、椅子に腰を下ろす。

 薄明かりの下で見ても、その顔色はまだ悪い。

 だが、時おり水を飲ませるたび、瞳の焦点が少しずつ戻ってきていた。


「……カイ君、何日も食べてなかったんでしょう?」

 リーナが優しく問いかけると、少年は弱くうなずいた。


「三日……かも。……お金、取られて……」

「誰に?」

 俺の声に、カイは小さく肩をすくめ、視線をテーブルに落とす。


 ちょうどそのとき、湯気の立つスープが運ばれてきた。

 香草と鶏の香りに、カイの鼻がぴくりと動く。

 リーナは匙ですくい、ふうふうと冷ましてから、そっと口元へ。


「……あったかい」

 その一言のあと、カイはがつがつと食べはじめた。

 だが、食べ慣れていないせいか、何度もむせそうになり、リーナが背をさすってやる。


 半分ほど食べたころ、カイはぽつりとつぶやいた。

「……ぼく、見たんだ」

「見た?」

「変な……黒いマントの人が、でっかい箱を港に運んでた。中で……なんか動いてた」


 俺とリーナは思わず視線を合わせる。

 港で動く箱――ただの密輸じゃないかもしれない。


「それ、いつの話だ?」

「きのうの夜……ぼく、それで……見つかって、逃げた」


 カイの声は震えていた。

 つまり、路地裏に倒れていたのは偶然じゃない。何かに追われていたのだ。


 俺は深く息を吐き、スープを飲み干すカイを見やった。

「……こりゃあ、ただギルドに預けて終わりってわけにはいかなそうだな」


「うん。この子を守りつつ、港を調べる必要があるわね」


 店を出ると、夜の《姫の宮都市》は海風に包まれていた。

 潮の匂いが濃く、遠くから港のクレーンや鎖の軋む音が聞こえる。


「カイ、お前はギルドの孤児支援室まで送る。そこで職員に預けて、俺たちは港へ向かう」

 そう言うと、カイは小さく首を振った。


「……ぼくも行く。あいつら……怖いけど……また来るかも」

「駄目だ」

 俺は即答した。

「港は危険だ。子どもが行く場所じゃない」


 だが、カイの瞳は意外なほど強い光を帯びていた。

「……あの箱、中に……人がいるかもしれない。助けたいんだ」


 リーナが小さく息を呑む。

 黒いマント、動く箱、そして人が中に?

 それが事実なら、放っておくわけにはいかない。


「……リーナ、どうする?」

「……まずは私たちだけで確認する? カイはギルドで待機よね」

「でも――」

 カイは、同行を求めるが、俺は強い誇張で押しとどめる。

「でもじゃねえ。生きているほうが優先だ」


 カイは唇を噛み、しばらく黙っていたが、やがて小さくうなずいた。

「……わかった」


 ギルド支援室にカイを預け、俺たちは港へ向かう。

 夜の埠頭は人影がまばらだが、いくつかの倉庫からは灯りが漏れている。

 そのうち一つ――黒いマントの男が、見張りのように扉の前に立っていた。


「……あれね」

 リーナが小声でつぶやく。


 男の足元には、大きな木箱が二つ。

 ときおり、その一つがわずかに揺れている。


 俺は息を潜め、リーナに手信号を送った。

「静かに近づくぞ。まずは中身を確かめよう」


 潮騒と鎖の軋む音の中、俺たちは影から影へと移動し、木箱へと忍び寄った。


 月明かりに照らされた板の隙間から、淡い光が漏れている。

 光――? ランタンじゃない、もっと脈打つような……魔力の輝きだ。


 リーナが眉をひそめ、小声でささやく。

「……生き物、よね。魔力反応があるみたい」


 ちょうどその時、見張りの黒マントがくるりと周囲を見回した。

 足音がこちらに近づく。


 ――やばい。


 俺はリーナの手首を軽く引き、木箱の陰に身を隠した。

 男は木箱の金具を叩き、「静かにしてろ」と低く呟く。

 すると箱の中から、くぐもった呻き声が返ってきた。


 ……人だ。間違いない。


 だが次の瞬間、港の遠くから汽笛が鳴り響き、黒マントがそちらに気を取られ離れていく。

 その隙に、俺は腰の短剣で木箱の留め金を切る。

 板を少しだけ外すと――


「っ……!」

 中には鎖で縛られた少女がいた。銀髪で、耳が尖っている。エルフ族だ。

 しかも、足元には魔法封印用の呪符が貼られている。


 リーナが息を呑み、すぐに呪符を剥がそうとする。

 しかし――


「おい、何をしている!」

 黒マントが振り向き、鋭く叫んだ。


 その声を聞きつけて、港の闇の中から、同じ格好の男たちが三人、素早く駆け寄ってくる。

 

 ちょっと、動くのが早すぎたか。まあいいさ。女の子は確保できたし、こいつらは、現行犯でとらえてやるぜ。俺は守るように二人の前に立ち上がった。



 

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