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 空を駆けるリーナの後ろを、俺も追う。


「リーナ、まずは風の流れを読むんだ! 無理に魔力で抗うな、流れに乗れ!」


「はいっ、風の筋を……感じる……!」


 目を細め、リーナは腕を広げる。その姿はまるで、風と一体化しようとする鳥のようだった。


 《ヴァーセル・ガスト》が旋回し、再び魔力の渦を作り出す。


「――来るぞ!」


 リーナの周囲の風が引き寄せられる。魔獣が狙っているのは、彼女だ。


「私が囮になります! その間に弱点を――」


「一人で突っ込むな! まだお前の魔力操作じゃ上手く反転できないだろ!」


 警告も間に合わず、リーナは加速魔法で幻獣に突進する。


「ホバームービング! ウィンド!」


 ホバームービングに加えてウィンドで加速、弾丸のような速度で突っ込むリーナ。


 しかし――


 《ガスト》は一瞬で消えたかのように揺らぎ、次の瞬間、別方向から現れた。


「後ろだ、リーナッ!!」


「えっ――!」


 間に合わない。そう思った瞬間――


 ごうっ、と空気が唸りを上げて逆巻いた。


「ウィンドカッター!」


 轟音とともに、鋭い風の斬撃が幻獣の翼膜を切り裂く。揺らめいていた身体が、一瞬、形を明確に現した。


 塔の上から風を纏い、コートを翻しながら舞い降りる一人の姿。


「戦場に入る許可、教官権限でいただいたわよ。二人とも、生徒扱いしないから、覚悟なさい」


 ――《フィラ=メイル》教官が参戦した。


「教官……!」


「フィラさん……!」


 フィラは腕を上げ、左手に風の剣、右手に旋回魔法陣を展開する。


「この手の幻獣、半透明の時は『観測されていない風』に乗ってる状態よ。見えた瞬間を逃さないこと。私が風を断ち切って視えるようにするわ。その時を逃さず叩いて!」


「わかった!」


 俺は精錬銀のミスリルソードを取り出し、魔力を刃に込める。


「リーナ、次は俺が囮になる。お前は後ろから奴を狙え!」


「はいっ、風刃で狙い撃ちます!」


 風が震え、再び《ヴァーセル・ガスト》が動いた。


 フィラが先んじて風の道を封じ、俺はウィンドで加速し突撃する。


「こっちだ、風の亡霊!!」


 剣を振るい、風の渦を切り裂く。魔獣が姿を見せた瞬間、リーナがその背後から叫んだ。


「ウィンドカッター!!」


 風刃が一直線に突き刺さる!


 俺も《ヴァーセル・ガスト》に追撃を仕掛ける。


「断空輪!!」


 《ヴァーセル・ガスト》の輪郭が崩れ、透明な体が一気に霧散した。


 風が止んだ。魔獣が消滅した証だ。


 静寂の中、俺たちはゆっくりと着地する。塔の屋根に、三人並んで立っていた。


 フィラ教官は一つ息をついてから、ふっと微笑んだ。


「ふたりとも、よくやったわね」


 リーナは汗を拭いながら、少し震えた声で呟いた。


「こわかった……でも……途中で、空を切る感覚が、少しだけわかった気がします……」


 俺はリーナの横顔を見て、静かに頷いた。


「なによりリーナ、あれだけ風が乱れてる中でちゃんと飛びきれたね!」


 夕暮れが近づく空。さっきまで戦っていた場所が、今は静かに茜色に染まっている。


***


 翌朝。王都の空は快晴だった。訓練空域の高層まで、雲ひとつない青空が広がっている。


 リーナは空庭の中央に立ち、風を読むように目を細めていた。


 あの《ヴァーセル・ガスト》との戦いの翌日。リーナの飛行技術は目に見えて変わった。怖さを乗り越え、飛ぶことに確かな感覚を得たからだろう。


「さて――じゃあ今日からは、速度の世界に入るわよ」


 《フィラ=メイル》教官が風の魔法具ウィンドグラスを起動しながら言った。


「目標は『空間魔法なしで時速300km』。これを風魔法のみで達成すること。そのために必要なのは、風と一体になる共鳴と、加速限界を越える魔力制御」


 リーナが緊張と期待が混じった表情で頷く。


「まずは私の背中についてきなさい。ついて来れなかったら、その場で失格よ」


「えっ、失格ですか!?」


「戦場で速度についていけなかったら、落ちるか、撃ち落とされる。それだけの話よ」


 背筋の伸びるような言葉に、リーナは気を引き締める。俺は彼女の横に立ち、小さく声をかけた。


「肩の力抜け。お前はもう風に乗れる。あとは、乗ったまま突き抜けるだけだ」


「……はい!」


 フィラが両手を上げ、魔力を解放する。


「ホバームービング――!」


 風が爆ぜた。教官の身体が風そのもののように流線形に変わり、瞬く間に空へと消えていく。


「早っ……!」


 リーナは驚きながらも、魔力を展開し後を追う。


「ブーストホバームービング、風速40、魔力転換率80――!」


 風を蹴り、加速。先行する教官の飛行軌道を追いかける。


「うおっ、マジか……!」


 俺もすぐに後を追う。リーナの後ろ姿が、確かに、変わっていた。


 速度は徐々に上がっていく。初速80km/h、120、200……そして250km/h。


 地上が斜めに傾いて見える。風の壁にぶつかりそうになる感覚。息が詰まるような速度。


 だが、リーナの飛行は乱れなかった。


「すごい……追いついてる……!」


 俺の目の前で、リーナの身体が空気の層を裂くように滑っていく。肩の力を抜き、風と一体になることで、空気抵抗さえ最小限に抑えている。


「――リーナ、あともう一段階、加速するわよ! これが《ハイウィンド・インパルス》!」

 教官の声が飛んでくる。


「了解! 《ハイウィンド・インパルス》――!」


 リーナの足元に、二重の風陣が展開される。空気が弾け、衝撃音のような音が響いた。


 ――ドンッ!


 空を裂く一閃。次の瞬間、リーナは音すら置き去りにして前方を走り抜けた。


 時速300km、突破。


 その軌道はまっすぐで、揺らぎがなかった。完全に風と同調し、自身の魔力を乗せている。


 やがて、空庭の最上空域に設置された『ターンポイント』の風柱を旋回し、速度を維持したまま帰還コースへ。


 フィラが一言、短く言った。


「――合格」


 リーナは空中で息を弾ませながらも、笑っていた。


「やった……できた、できた……!」


 その顔を見て、俺も思わず笑う。


「言ったろ? 突き抜けるだけだったって」


「卓郎さんのおかげです!」


「……ま、まあな」


 その瞬間、風が軽く笑うように吹いた。冷や汗。


 俺も後で百点ポイント使って、《ハイウィンド・インパルス》を覚えなくちゃな。



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