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いつものように、俺は朝から畑に水をやっている。魔法で自分の畑だけに雨を降らせているのだが、今日は諭吉さんに声をかけられ、諭吉さんの畑にも雨を降らせているのだ。
たまたま、朝早起きをしてしまったので、諭吉さんと会ってしまったためだが、助け合いは持ちつ持たれつ、この前諭吉さんには、だいぶ迷惑をかけたからな。ここ数日雨が少なかったので、諭吉さんも、俺に雨を降らせて欲しかったのだろうとは思う。
朝、少し早く起きてしまったのは、リーナに寝坊したら怒ると釘を刺されたからかもしれない。決して楽しみで楽しみで、目が覚めてしまったのではない。決してない。
俺が雨雲をコントロールしていると、いつものように、リーナが起きてきて、朝食ができたと呼びに来た。
「卓郎さん! ご飯ですよ!」
背後からリーナの元気な声が響く。振り返ると、エプロン姿で少しだけ髪を寝ぐせのままにしたリーナが、皿をふたつ手に持って立っていた。
「お、いい匂い。今日も腕を振るってくれたな」
「ふふん♪ 今日はちょっと頑張ってみましたから。……その、デートの日だし!」
「……あー、うん、うん。デートね。いや、買い物な」
「いーや、これは立派なデートですっ!」
まっすぐ言われて、俺は一瞬言葉を詰まらせた。
食卓には、ふわふわのスクランブルエッグに焼きたてのパン、香草の効いたスープが並んでいる。見た目も味も、まるで旅館の朝食のようだ。
「おいしい……これ本当にリーナが?」
「ひどっ! 私、毎日料理してるじゃないですか!」
むくれるリーナの頬が少し膨れていて、朝の光がそこに柔らかく当たっていた。
朝食を終えると、リーナは鏡の前でくるくると回り、服と髪型をチェックしていた。
「どう? 変じゃないですか?」
今日の彼女は白いブラウスにベージュのスカート。いつもより少しだけ気合が入ってるのが、よく分かる。
「似合ってるよ。いつもより……3割増しかな」
「3割って何ですかっ、もう! 素直に『かわいい』って言えばいいのに!」
バシッと背中を叩かれた。全力ではないけど、割と痛いやつ。
「はいはい。かわいいです。リーナさん、今日もお美しい」
「……うむ、よろしい」
なんで満足げなんだ。
そうして準備が整い、ポータルシフトで王都の中央商区前に移動する。王都中央商区は、今日も賑やかだった。
石畳の広場に連なるアーケード街には、朝から色とりどりの看板と呼び込みの声が飛び交っている。冒険者向けの装備店から、貴族ご用達のブティックまで、あらゆる店が並ぶ通りを、俺とリーナは並んで歩いていた。
「うわあ……いつ来てもここ、キラキラしてて目移りしますね!」
「財布の中身だけは、目移りしないように気をつけような」
「ふふっ、大丈夫です。今日は……ちょっと、特別だから」
リーナがちらりとこちらを見て笑う。その笑顔が、今日という日の特別さをよく表していた。
「さて、じゃあまずは服か?」
「はいっ。えっと、チェックしてたお店があって……ついてきてください!」
そう言って俺の腕をぐいっと引っ張る。その手は少しだけ震えていて、でも、とてもあたたかかった。
「うわー……やっぱり王都の商区って、すごいですね……お店の数がぜんぜん違う……!」
「この通り、全部見るなら丸一日じゃ足りねぇぞ。目的決めておかないと、金も時間もすっ飛ぶ」
「う……そうですね、えっと、今日は『旅行用の服と部屋着』……それと、ついでに、少し可愛い普段着も……」
リーナはちょっと早足になりながら、目を輝かせてショーウィンドウを覗き込む。
「……なんか、わくわくしてきちゃいましたっ」
「そりゃそうだ。買い物は女の特権だしな」
「なんかそれ、偏見じゃないですか!?」
「褒めてるんだよ。リーナが楽しそうでよかったなって」
「~~っ……もう、そういうところ、ずるいです!」
真っ赤になったリーナはぷいっと横を向くが、耳まで赤いのが隠せてない。……相変わらず、からかいがいがある。
「で? 最初はどこに行くんだ?」
「えっと、まずはあの店! この前から目をつけてたんですっ」
リーナが指さしたのは、銀糸の刺繍が施された看板が印象的な、ちょっと上等そうな婦人服の店。……なるほど、気合い入ってんな。
店内に入ると、すぐにふわっと香水のような甘い香りに包まれた。マネキンに着せられたドレスやワンピースが、まるで展示品のように並んでいる。
「いらっしゃいませ。お探しのものがあれば、お手伝いいたしますね」
「は、はいっ……えっと、ちょっと、おでかけ用の服と……あの……部屋着とか……」
リーナがどもりながらも、店員に希望を伝えると、すぐに何着か選び出され、試着室へと案内されていった。
俺は店の端にある待機用のソファに座って、しばらくリーナの着替えを待つ。と、カーテンの隙間から――
「た、卓郎さん……どう……ですか……?」
出てきたリーナは、淡いピンクのチュニックに白い膝丈スカート。ふだんの冒険者服とはまるで違って、やわらかな雰囲気が前面に出ている。
「……へえ、すごく似合ってるじゃん。いつもの戦闘服とはまるで別人だな」
「べ、別人ですか……?」
「いや、いい意味で。見違えたってこと。うん、かわいい」
「~~~っ!! そ、そういうことをさらっと言わないでくださいっ!」
リーナは顔を両手で覆って、試着室に逃げ帰っていった。
「お、お客様、あの、こちらもご試着されますか……?」
「すみません、今ちょっと照れて暴走中なので、しばしお待ちを……」
店員さんが小さく笑った。
その後も何着か試着を繰り返し、気に入った服を2着と、問題の部屋着も購入。ちなみに部屋着は――
「こ、これは……完全に勝負服だろ」
「ち、ちがいますっ! たまたま! 肌触りが良かっただけで!」
「……まあ、本人がそう言うならな」
「~~っ、も、もうっ、卓郎さんなんて大っ嫌いですっ!」
そう言いながらも、リーナの顔は終始ゆるみっぱなしだった。
数着の服を試着し終え、最後に買うものを店員さんと確認しているときだった。
「えっと、こちらのワンピースとチュニック、それから……部屋着のセットですね。あの、もしよければ、下着もご一緒にいかがですか? 今、新作が入荷したばかりでして」
その一言に、リーナがビクッと肩を跳ねさせる。
「し、下着……!?」
「ええ、旅行用に……肌触りの良いものとか、ルームウェアに合わせやすい色のものなど、ございますよ」
店員さんがさらっと言ったのとは対照的に、リーナの顔はみるみる茹で上がったトマトのように真っ赤になっていく。
「そ、そんな……ど、どうしよう、た、卓郎さんがいるのに……!」
小声でぶつぶつ言っているのが、距離的に全部聞こえてる。
「俺、ちょっと外の風でも当たってこようか?」
からかうように言うと、リーナは慌てて手を振った。
「い、いえっ、大丈夫ですっ! だって、こ、これも女の修行ですからっ! べ、別にやましい目的で買うわけじゃないですしっ!」
「誰もやましいなんて言ってないだろ」
「うぅ……わかってますっ!」
リーナは店員に連れられて、少し奥の仕切りスペースへと消えていった。
――数分後。
戻ってきたリーナは、紙袋を一つ余分に抱えながら、顔を真っ赤にしていた。
「……見ないでください」
「いや、見てないし、何も言ってないけど?」
「言わなくても顔に出てるんです! 絶対ニヤついてますっ!」
「バレたか」
「もう……卓郎さんのばかぁ……っ!」
ぶすっとしながらも、リーナの歩調は軽かった。きっと、自分で選んだかわいいものが、少しだけ自信になったのだろう。
その袋を持っている手が、ふと俺の手の甲に触れた。
一瞬、リーナがびくっとして、でも何も言わず、そのまま一緒に歩き出す。
――こうして、王都での買い物は、少しの照れと、少しのドキドキを残しながら、無事に終了したのだった。
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