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俺達は、〈翼竜峡谷〉に瞬間移動していた。目の前には大峡谷。見上げると、いつものように鋭い鳴き声を響かせながら、何頭ものワイバーンが悠々と飛び回っている。もう少し奥に進むと岩肌にワイバーンの群れが根城を作っているはずだ。
「わっ……ワイバーンが飛んでる……」
リーナが思わず立ち止まり、俺の腕に縋るようにしてしがみついてきた。その目は恐怖よりも、戸惑いと驚きが混じった複雑な色をしている。
「いきなりこんなところに転移するなんて、あぶないじゃないですか!」
「分かっているから大丈夫だ。ここにはワイバーンしかいないから、それだけ気を付けていればなんてことない」
俺は肩をすくめて答えた。
「……来たぞ」
俺が呟くより早く、上空のワイバーンが俺たちを獲物と認識し、甲高い叫び声を上げて急降下してくる。
「ウィンドカッター!」
指先から放たれた鋭い風の刃が、空気を裂いて一直線に飛び、ワイバーンの首元を的確に貫いた。
直後、巨体が空中で軌道を崩し、重力に引かれるまま地面に激突する。土煙が舞い上がり、岩が砕ける音が峡谷に響いた。
「ホ、ホ、ホントに……一発で」
リーナが呆然と口を開けたまま呟いた。
「まあ、慣れてるからな」
俺は軽く肩を回しながら、地面に転がるワイバーンの死骸に手をかざす。
──《百点カード》スキル:『買い取り』──
ワイバーンの死体が一瞬で消え去る。メッセージボードに金額が表示された。
「今、ストレージと少し違いましたね?」
リーナが目を丸くする。
「ああ、これは、俺のスキル、『買い取り』といって、商業ギルドに買い取ってもらったのさ」
「今ので、買い取ってもらえたんですか?」
「早いだろう。今のは580万ゴルドくらいになったな」
俺はメッセージボードで確認して軽く答えた。
「ワイバーン一匹で、580万⁉」
リーナの声が裏返った。
「ああ。狩りずらい飛行種の素材は高いし、ワイバーンは売れる部位も多い。しかも、俺にとっては狩りやすい相手だからな。効率がいいんだ」
「……でも、普通は簡単に倒せる魔獣じゃないですよ……」
リーナが俺と上空を交互に見ながら、小さく震えている。
「他じゃ見つけるのが大変だからな。この峡谷は穴場ってわけさ」
上空にはまだ2匹のワイバーンが旋回している。
「穴場って……」
また一匹、リーナを狙って急降下してくる。俺はウィンドカッターで撃ち落した。
「こいつは582万ゴルドだった。先に進むぞ」
「だ、だ、大丈夫……」
リーナはまだきょろきょろと上空を見回して落ち着かない様子だったが、俺の瞬殺を見て少し安心したらしく、肩の力を抜いて小さく頷いた。
二人で峡谷の奥へ進むと、断崖の斜面に十数匹のワイバーンが羽を休めている姿が見えた。灰褐色の岩肌に、緑や赤の鱗が不規則に点在し、不気味なほど静かにその呼吸を繰り返している。勝手知ったるワイバーンの根城だ。
「な、な、なんですか? あれ……!」
リーナが足を止め、指を震わせながらその光景を見つめる。
「ワイバーンの巣だな。ワイバーンは、崖に群れでとまってるんだぜ。卵を産むときは、篭みたいなものをつくるらしい」
「うわっ! 飛び立ってきましたよ!」
「こっちから出向く手間が省けて助かる」
「えー!」
俺は構えを取る。魔力が手のひらに集中していく。
「ウィンドカッター! ウィンドカッター! ウィンドカッター!」
次々と放たれる魔法の風刃が空中の敵を切り裂き、ワイバーンがまるで紙細工のようにバラバラと落ちていく。翼の一撃さえ当たれば命取りになる魔獣たちが、為す術もなく地面に落ちていく様は、まさに一方的な蹂躙だった。
「リーナも早く攻撃しろよ。風を操る練習になるぞ。当たらなくても気にするな」
「なんですって! 当てられますよ」
赤い顔をしてリーナも攻撃をはじめた。
「ウィンドカッター! え、逃げられた!」
「ウィンドカッター! 落ち着いて相手の動きを見て狙え」
「は、はい。ウィンドカッター!」
風を操るリズムが徐々に整い、リーナの魔法も当たり始める。しかし威力はまだまだで、当たってもワイバーンの体勢を少し崩す程度にしかならない。
「ウィンドカッター! 慣れてきたら、首と翼の付け根を狙え!」
「は、はい。ウィンドカッター! え! 当たったのにきいてない⁉」
「ウィンドカッター! 多少は効いてる。同じところに何度も当てろ!」
「ウィンドカッター! む、無理ですよ」
「ウィンドカッター! 練習だ。練習! 今は経験を積むことが大事だ」
「は、はい! ウィンドカッター!」
俺とリーナの連携によって、ワイバーンの数は着実に減っていった。
「ウィンドカッター! あと3匹だぞ」
「ウィンドカッター! やーん!」
「ウィンドカッター! あと2匹!」
「ウィンドカッター! あ、ハズレ!」
「ウィンドカッター! 最後だ。ぎりぎりまで待っててやる」
「ウィンドカッター! ウィンドカッター! ウィンドカッター! だめだ!」
リーナが半泣きで叫ぶ。
「ウィンドカッター! はい。終了ー!」
「あーん。落とせなかったー!」
リーナは地面にへたりこみそうになりながらも、悔しそうに唇を噛んだ。
「コントロールがまだまだだな。でも、焦るな。いい練習になっただろ」
俺はワイバーンの死骸に手をかざしながら言った。
──『買い取り』──
11匹のワイバーンを次々と商業ギルドに売却し、通知がメッセージボードに表示される。合計で6384万ゴルド――十分すぎる成果だ。
さらに進むと、再び崖の斜面に多くのワイバーンが集まっているのが見えた。
「いたいた。さあ、早くこっちに飛んできやがれ」
「今度こそ……今度こそ、私が撃ち落としてやりますから!」
リーナの目には闘志が灯っていた。
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明日から6,12,21に投稿。
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