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俺たちは、リーナの回復を待って、遺跡の奥へ進みだした。
空気はひんやりと冷たく、足音がやたらと響く。天井は高く、壁にはところどころ崩落の跡があった。
「……あの蛇も、この遺跡の番人だったんですかね」
リーナが不安げに口を開く。
「可能性はあるな。だが、あれだけとは限らないぞ。本命は……もっと奥にいるかもしれん」
「……ですよね。こんなに深いんだもの。何かを封じてる気配、すごいです」
慎重に進んでいくと、やがて天井がさらに高くなり、吹き抜けのような大空間に出た。そこは、明らかに遺跡の中心部だ。
そして――
「……なんだ、あれは……」
視界の先にあったのは、祭壇のような円形の台座。その中央に、異様な存在感を放つ《巨大な石棺》が、静かに鎮座していた。
全長はゆうに三メートルを超え、側面には無数の古代文字のような模様が刻まれている。石材は黒曜石のような艶を持ち、ところどころに銀色の封印具が埋め込まれていた。まるで、開けることを許さない意志が形を成したかのようだ。
「……でか……」
リーナが思わず息をのむ。彼女の表情には畏怖すら浮かんでいた。
重苦しい沈黙の中、俺は封印具のひとつから鳴った「カチリ」という微かな音を聞き逃さなかった。
石棺に刻まれた封印紋の一部がわずかに淡く脈動している。反応を確かめようと再び手をかざすと、魔力の感触が不安定になっているのがはっきりとわかった。
「……これは……間違いない。緩んでる……!」
「封印が……ですか?」
リーナが、警戒の色を浮かべたまま一歩近づく。俺は頷き、慎重に石棺の側面を調べた。
「探していた封印の緩みは、おそらくこれに違いない。下手に動かすわけにはいかないぞ」
俺は石棺から離れ、視線をリーナに向けた。
「すぐに戻るぞ、リーナ。教会本部の聖女・由里様に報告する」
「はい……!」
リーナの瞳に、ほのかな安堵の色が浮かぶ。俺も胸の中で静かに息を吐いた。
聖女・由里様が予知した危険はこの遺跡のことだろう。封印が完全に解ける前に、手を打たねばならない。
今はまだ、間に合うかもしれない。だが――どれだけの時間が残されているかは未知数だ。
「……時間は、もうあまり残されていないかもしれないな」
「ポータルシフト!」
パリーン!!
俺は天井を見回して気付いた。遺跡の結界に阻まれたのか、転移魔法が無効化されたのだ。
「リーナ! 急いで外に出るぞ!」
「はい!」
俺たちは遺跡の出口へと駆け出した。その背後で、石棺の銀の封印具が、再びカチリと鈍く音を立てた。
まるで、目覚めの刻限が迫っていることを――静かに、警告するかのようにだった。
出口の外に出ると、空にはまだ太陽が高く残っていた。ここならポータルシフトが使えるはずだ。
「ポータルシフト──!」
――次の瞬間、足元が硬い聖石へと変わる。
白亜の尖塔が天へと向かってそびえ立ち、荘厳なステンドグラスが差し込む光を七色に砕いている。ここは《神聖フェルミナ王国》が誇る信仰の中心、《聖都フェルミナ》の心臓、《大神殿》だ。
「緊急報告だ! 《ヴァルデン尾根》の《封印遺跡》で異常を確認! 聖女・由里様に会わせてくれ!」
俺の叫びに、居並ぶ聖騎士たちが一斉に目を剥いた。
「すぐにご案内を! 聖女様は大聖堂におられます!」
俺とリーナは、騎士たちの先導で絨毯が敷かれた回廊を駆け抜けた。重厚な扉が開かれ、薫香の漂う大聖堂の奥へ。
祭壇の前、光の柱の中に、聖なる白衣を纏った女性が静かに佇んでいた。
──聖女・由里。
金糸の髪が背に流れ、蒼い瞳がこちらを見据える。年齢は俺より少し上、しかしその眼差しは、時を超えた聡明さと静かな覚悟を湛えていた。
「卓郎さん……。発見してくれたのですね!」
その声は、凛としていて、それでいてどこか慈しみに満ちていた。
「由里様……! 《ヴァルデン尾根》の《封印遺跡》で、封印の緩みを確認しました。確実に、動き始めています。由里様の予知された封印の緩みは《ヴァルデン尾根》のものだと思われます」
「……よく見つけてくれました。こんなにも短期間で探し出してくれるとは、さすがは卓郎さんですね」
その誉め言葉とは裏腹に、由里の表情がわずかに陰を帯びた。
「石棺は無傷でしたが、封印具の一つが明確に反応していました。魔力の不安定化も確認済みです。周囲に潜んでいた魔獣も異常活性の可能性があります」
由里は祭壇にそっと手を置き、目を閉じて祈るように息を吸った。
「……神託が告げていた“眠れる災い”……間違いありません。貴方が封印の緩みをみつけてくれて、助かりました。間に合いましたね」
「ですが、もう時間はあまり残されていません。石棺は完全には開いていないとはいえ、再封印に間に合うかどうか」
「すぐに封印部隊を編成します。 勇者仁と勇者パーティのリディア、バルド、セリア、キルシュそれに、高位神官と聖騎士達を動員し、遺跡の結界を再構築しなければ。……卓郎さん、お願いがあります。卓郎さんにも参加して欲しいのです」
「勿論、協力いたします」
「私も行きます。置いていかないでください」
リーナがすぐそばで頷いた。
聖女・由里はその意志を受け取るように微笑んだ。
「聖女様、勇者パーティと聖女様くらいなら瞬間移動で連れていけます。急ぐなら少数精鋭で臨まれては?」
「そうですね。ことは一刻を争います。 勇者仁様はどうお考えですか?」
「卓郎君と勇者パーティがいれば大丈夫じゃないかな」
「わかりました。では第一陣として私と勇者パーティを卓郎さんの瞬間移動で運んでもらい、事に当たりましょう。聖騎士・勇人。あなたは高位神官と聖騎士達を連れて、急ぎ《ヴァルデン尾根》の《封印遺跡》に移動、私たちの後を追って遺跡の最深部を目指してください。移動には10日以上かかるでしょうから私たちがてこずっているようなら、あなた達の力が必要になるかもしれません。できるだけ到着を急いでください」
「はい。聖女様。一刻も早く《封印遺跡》に到着します」
第一聖騎士団団長・勇人は、決意のこもった大きな声で宣言した。
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