サイドストーリー 『明、銀蔵塾に入門す』
浪花の村――
山と森と湖に囲まれたこの場所は、風と水の音しか聞こえない、どこか懐かしい空気に包まれていた。
明は銀蔵じいちゃんの家の前に立っていた。
丸太と石を組み合わせたごつい平屋、そこここに壊れた箇所を修理した跡が目立っている。屋根からは何本もの筒や煙突が突き出し、ひとつは煙を、もうひとつは時折“ポンッ”という爆音を吹き上げている。
「……うん、記憶の通り、やばい家」
明は苦笑しながら玄関を叩いた。
「爺さん! 弟子にしてくれって言ったろ! 来たぞー!」
数秒の沈黙の後――。
バァン!!
玄関の上で何かが爆発し、明の頭上に木片と火花が飛び散った。
「ぶはっ!? な、なんだ!?」
「ふぉっふぉっふぉ!! 来たか来たか、馬鹿ガキ!!」
中から飛び出してきたのは、白い髭をもじゃもじゃに伸ばし、片目にゴーグル、背中には何本もの謎の筒を背負ったおじいちゃん――銀蔵だった。
「この時を待っていたわい!! さあ、まずは弟子、『爆発テスト』じゃ! 逃げんなよ!」
「はぁ!? ちょっ、話聞けやああ!!」
叫ぶ間もなく、明は引っ張られて屋敷の奥へ。
明は、銀蔵じいちゃんの屋敷の裏手に初めて足を踏み入れていた。
そこは想像以上に“野生的な”実験場だった。
小さな鍛冶場と畑が並ぶ一角。だが、畑の一部は黒焦げになり、作業台の周辺は爆風で吹き飛ばされたような跡が無数に残っている。
焦げた地面、歪んだ金属棚、薬品のしみ込んだ壁。
「……なあじいちゃん、ここ本当に“修行場”?」
「ふぉっふぉっふぉ。もちろんじゃ! これぞ、わしの『銀蔵式爆薬道場』よ!」
銀蔵は楽しげに腕を広げ、作業台に並ぶ爆薬瓶の数々を指差した。
「見よ、この煌めき! これが、《狐火の灰》じゃ!」
ガラス瓶の中には、灰色ながらわずかに青く燐光を放つ粉が詰まっていた。
「火を加えると五色に輝いて爆ぜる。祭りで使えば拍手喝采、戦場で使えば混乱必至!」
「いや、使いどころの幅が広すぎる……」
「次! 《爆風の瓶》じゃ。封じた空気圧で対象を吹っ飛ばす! おまけに音がうるさい! 耳栓推奨!」
銀蔵はおどけて耳をふさぎ、ひときわ大きな瓶を見せる。
そして、最後に取り出したのが――
「これが《真・大爆花》! 空に放てば花火百連発! 失敗すれば、おぬしの眉毛が焼け飛ぶ!」
「なんでそんなもん初日に出す!?」
「“命を懸ける覚悟”こそが、弟子の証じゃ!」
明は思わず地面に座り込んだ。だが、その顔には、引いているだけではない――笑みが浮かんでいた。
「……くっそ、嫌いじゃないぜ、じいちゃん……」
午前中は、“爆薬の材料”を育てるため、畑仕事。
「この土には《火火草》を植えるのじゃ。爆薬の味になるぞ」
「“味”って言うな!!」
薬草を蒔きながらも、明は徐々に動作に慣れ、銀蔵の手際の良さに見入っていく。
昼は調合の基礎。
銀蔵が渡したのは、数種の粉末と瓶――赤、青、灰。
「混ぜる順序を間違えると爆発じゃ。間違えるなよ」
「お、おう……」
そして、案の定。
――ドカーン!!!
「うわあああああああっっ!? スネ毛があああ!!」
爆風で明は吹き飛ばされ、畑の半分が黒く焼け焦げた。
「……合格じゃ!」
「なにがだよ!?」
夕暮れ時。
浪花の村の外れ、木立に囲まれた小高い場所。銀蔵の家――という名の、薬草と爆薬と破壊の砦。
縁側には、二つの影が並んでいた。
一人は、火薬の煤で顔が黒くなり、袖も焼け焦げた少年・明。
もう一人は、白い髭を爆風でふくらませ、笑みを浮かべる老人・銀蔵。
二人の体には爆発の痕が生々しく残っていた。腕には軽い火傷、服はぼろぼろ、髪はところどころ焦げている。だが、その顔には、不思議なほどの清々しさがあった。
夕陽は山の向こうへと傾き、縁側を黄金色に染めている。遠くからは、川のせせらぎと、鳥の囀り。穏やかな自然の音が、爆音の余韻を包み込んでいた。
明が、不意に口を開いた。
「……なぁ、じいちゃん」
「ん?」
銀蔵は、鉄瓶から湯気を立てる薬湯を湯呑みに注ぎながら応じた。
「俺さ……ようやく“誰かの後ろを追う”んじゃなくて、自分の“好き”で動けてる気がするんだ」
ふと吹いた風が、焦げた髪を揺らした。
銀蔵は湯呑みを差し出しながら、目を細める。
「ほう。それなら、今日の爆発も、実に有意義なもんだったな」
くしゃっと笑ったじいちゃんの顔には、少年のような無邪気さがある。
明は受け取った湯呑みを両手で包むと、ふっと笑った。
「“好き”って、すごい力だな」
「うむ。時には、家も吹き飛ばすがな」
「それ、物理的には火事じゃねーかよ!」
同時に、二人は声を上げて笑った。
縁側に響いた笑い声は、どこまでも伸びていく夕焼けの空に吸い込まれていく。
笑いが一段落すると、明は空を見上げ、ぽつりと呟いた。
「……また会えるかな、卓郎に」
「ふむ?」
「そのとき、俺、すごい発明品を作ってるんだって言って、自慢してやろうって思ってさ」
その言葉に、銀蔵は口元を緩めた。
立ち上がり、両手を腰に当て、誇らしげに言う。
「ならば急げ! 試作一号、すでに作業場に用意してあるわい!」
「えっ……まさか、あれって――」
言いかけた明の言葉を遮るように、裏手から突如として激しい轟音が響いた。
\ ドッカアアアアアアァァン!!! /
土煙と爆風が屋敷を吹き抜け、空に舞い上がる。
裏庭の薬草棚が吹き飛び、木製の小屋が一部倒壊。鳥がいっせいに空へ逃げ出していった。
煙の向こうで、村人の叫び声。
「また爆発したぞーっ!!」
「銀蔵の家じゃあああ!!」
「じいちゃぁぁぁん!! 何仕込んでんだよぉおおお!!」
明が慌てて立ち上がるも、銀蔵はどこ吹く風。
「試作二号が待っておるぞ! 今夜も寝かさんぞぉ!!」
「地獄か!! ここは地獄の錬金場かぁあああ!!」
夕空に絶叫が響く。
だがその叫びの中にも、笑いが混じっていた。
火薬の匂いと薬草の香りの混じる夕暮れの風。
爆音と共に始まった新しい日々は、きっと騒がしくて、熱くて、でもどこか幸せなものになる。
明は、破天荒な師匠と共に、世界で一番にぎやかな修行の日々を踏み出したのだった。
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『転生したら陰陽師でした。まったりスローライフが望みなのですが』穏やかなる陰陽術師、異界知識で静かに無双中
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