表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
194/265

193

 村の広場に戻ると、すでに数人の騎士と斥候が井戸の周囲を囲んでいた。

 石造りの古い井戸。その縁には、何かを封じるような奇妙な紋様が刻まれていた。


「……これ、聖印ですね」

 セリアが膝をつき、表面の苔を払って露出した紋を指さす。


「聖印庁でも、あまり使われない古い様式だね」仁が呟く。「……いや、そもそもこの井戸が〈聖域〉の指定を受けていないのが変なんだよ。報告にも、地図にも載っていない」


 リディアは、持参していた書物をめくりながら首を傾げる。


「これ、聖印というより……封印符式に近いかも。昔の神官が〈不浄〉を封じたときに使ったもの」


 不浄……

 その言葉に、俺と美里愛は思わず顔を見合わせた。


「封印はまだ生きてるかい?」

 仁が問いかけると、セリアは小さく首を振った。


「かろうじて形を保ってますけど……浸食が進んでいます。時間の問題です」

 その瞬間、井戸の底から、かすかな風のような音が聞こえた。


「今、聞こえた?」とキルシュが顔をしかめる。「……中から、誰かが囁いたような……」


「聞こえた」

 俺もそう答えながら、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。


 と、そのとき。


「……っ……!」

 美里愛が額を押さえて、よろめいた。


「美里愛さん!」

 駆け寄ると、彼女は何かをこらえるように目を閉じ、必死に呼吸を整えていた。


「……声が、した……。井戸の中から……聞こえたんです」

 震える声。額にはうっすらと汗がにじむ。


「どんな声だった?」

 仁が低い声で問う。


「……私の名前を、呼んでた。……『戻れ』って……『継承者よ、還れ』って……」

 美里愛の言葉に、その場の空気が一変した。


 ――継承者。


 その言葉が意味するものを、俺は知っていた。

 神聖フェルミナ王国第十三代聖女・由里と同じ『封印継承者』。彼女もまた、何かを継いでいる存在なのか。


「仁さん」

 俺は思わず声をかけた。


「……ああ。これは偶然じゃない。美里愛がここで記憶を取り戻したのも、『還れ』という声も、すべてが……この場所に導かれていた」


 仁の瞳が鋭く細められる。


「キルシュ、斥候班を展開。周囲に異常がないか確認を」

「了解!」


「セリア、リディア。封印の解析を。必要なら神殿と交信して」


「承知しました」


「卓郎、美里愛。君たちは……いったん休んで。でも、すぐ動けるようにしておいてくれ」


「はい」


 俺は、美里愛の肩を支えながら、少し離れた木陰に腰を下ろした。

 彼女はまだどこか顔色が悪いが、無理に笑おうとしていた。


「……怖いです。でも、知りたい。私がどうして狙われたのか」


 俺は小さく頷く。


「大丈夫。俺がついてる。絶対に、守るから」


 その言葉に、美里愛は少しだけ目を潤ませて、頷いた。



 日が傾きはじめた頃。

 セリアとリディアが封印の解読を終え、広場には再び緊張が走っていた。


「やはり、これは〈封印結界〉です。約百年前の式法……かなり古いものですが、まだ生きています」

 セリアが説明する横で、リディアが巻物を巻き戻しながら補足する。


「下には神殿……というより、祭祀場のような空間があるはず。儀式に使われた痕跡も。おそらく、継承者のための」


「開けて、問題はないかい?」仁が問う。


「……問題はありますが、放っておけば、自然崩壊します。なら、我々の管理下で開けた方が安全でしょう」


 その言葉に、仁は小さく頷いた。


「では、開けよう」


 封印解除の儀式が始まった。

 セリアが白い魔石を取り出し、地に置く。リディアがその周囲に浄化の紋を描き、古語で詠唱を重ねていく。


 光が走り、井戸の縁がうっすらと光を帯びる。

 そして、重い音とともに石蓋がゆっくりと横へ滑った。


 中には、朽ちた螺旋階段がのぞいている。

 だが、風は下から吹き上げていた。まるで、何かがそこから出ようとしているかのようだった。


「全員、準備を」

 仁の声に、騎士団と勇者パーティが動く。

 俺も、美里愛の手を取った。


「……行ける?」


「……はい。大丈夫。行きます。思い出さなきゃ……知りたいんです、私と封印の関係、封印の一族の役割……」


 彼女の瞳には、確かな決意が宿っていた。俺たちは地下への螺旋階段を下り始めた。



 思ったよりも深かった。

 石造りの壁には、所々に祈祷文が刻まれ、古びた燭台が並んでいる。が、火は消え、重い沈黙だけが支配していた。


 やがて、階段を下りきると、小さな広間に出た。


「これは……」

 中心には、石の祭壇。そして、祭壇の周囲に描かれた円陣と、いくつもの壊れた神像。


 仁が小声で呟いた。


「……これ、古神信仰の遺構だ。〈現神〉に取って代わられる前の、より原初の神々のもの……聖印庁が存在を否定した存在」


「そんなのが、どうして……?」


 そのとき――。


「……あっ……」

 美里愛が膝をつく。瞳が見開かれ、息が荒くなる。


「美里愛さん!」

 俺が駆け寄ると、彼女の瞳は、目の前の光景を見ていなかった。


「……また、声が……。……継承の時、来たれり……って……」


 その瞬間、祭壇の奥で、何かが反応した。


 ――カチリ。

 まるで歯車が噛み合うような音とともに、床の一部が動き、さらに奥へと続く階段が現れる。


「下がある……」

 キルシュが呆然と呟いた。


「反応したのは……美里愛さんの魔力です」

 セリアが驚きの表情で言った。


「まさか……この遺構そのものが、継承者に反応するよう設計されていた?」


「それって……じゃあ、この村にいたのって……」

 俺の問いに、美里愛が震える声で答える。


「……私は、ここで……何かを託された……気がします。忘れていたけど、確かに」


 仁が小さく息を吐き、言った。

「先に進もう」


 重い空気のなかで、俺たちは一歩を踏み出した。

 階段の先に、冷たい風が吹き込んできた。



ここまで読んでいただきありがとうございます。


この小説を読んで、「続きが気になる」「面白い」と少しでも感じましたら、ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです 。


感想のお手紙をいただけると最高です!


お手数だと思いますが、ご協力頂けたら本当にありがたい限りです <(_ _)>ペコ




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ