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 階段をさらに下りると、冷気はより鋭く、空間全体が重く圧し掛かってくるような感覚に満ちていた。


「……音が、反響しない?」


 明が声を出してみるが、返ってくるはずの声が吸い込まれたように消えた。まるでこの層自体が音を喰らう獣の腹の中であるかのようだった。


 目の前に広がっていたのは、円形に並ぶ古代石の柱群。ところどころ崩れてはいるが、中央には黒い水晶のような核が浮いており、かすかに脈動している。


「なにここ……儀式場?」


「違う、これは……精神を侵す構造体。たぶん、〈記憶干渉系〉の魔法陣だと思う」と純子。


「……見ないほうがいい。中心の核を見ると、心が削られる」

 有紗が目を伏せながら警告する。


 と、そのとき――


『……たすけて……』


 誰かの声が、耳元で囁いた。

 沙耶が肩を震わせ、目を見開く。


「い、今……ママの声がした……」


「幻聴だ、惑わされるな!」


 咄嗟に俺は沙耶の肩をつかみ、視線を逸らさせる。その瞬間、黒い影が柱の隙間から這い出した。


「来たぞ、構えろ!」

 明が剣を構える。


 現れたのは、馬のような脚、蛇のようにくねる体、頭部には三つの仮面を持つ異形の幻獣――〈仮面喰らい(マスクド・ネメア)〉だった。


「三つの顔……感情、記憶、そして――願い?」


「視線を合わせないで! あれ、見る者の心を読んで形を変えるわ!」

 純子が叫ぶ。


「くっそ、なら俺が先に行く! 〈斬鉄〉!」

 明の一閃が仮面の一つを割る。が、その断面からは黒煙が噴き出し、次の瞬間、別の顔が浮かび上がった。


「俺の……妹……? なっ、なんで……!」

 

 動揺する明に、純子の炎の矢が飛ぶ。


「目を覚まして! バカ!」

 矢は妹の顔をかすめ、幻を打ち砕く。


「っ! すまねぇ……! 今ので目が覚めた!」


「次は私よ。有紗、薬の用意を」

 純子が低く構え、有紗がすぐに幻覚解除作用のある薬を塗布。


「――〈一矢両断〉、行くわ」

 二人の矢が仮面の口を封じるように突き刺さり、幻獣が悲鳴のような奇声を上げる。


 その隙をついて、俺は駆けた。〈完全見切り〉を起動、視線をかわしながら黒い核へと至る。


「斬り伏せろッッ!!」


 一撃。全霊を込めた斬撃が、仮面喰らいの三つ目を割り砕いた。


 異形の体が煙のように崩れ、中心の核が鈍く光りながら砕け散る。


「……消えた……?」


「いや……見逃されたのかもしれないな」

 明が慎重に辺りを見回す。


 しばしの沈黙の後、俺たちは石柱の裏にある隠し通路を発見する。暗く、奥へと続く冷たい階段。


「これが……第三層への道?」

 有紗がかすかに呟く。


「戻るなら、今だよ……でも、進む気なんでしょ?」

 沙耶の言葉に、全員がうなずいた。


「じゃあ行こうぜ。どんな幻獣が来ようと、ぶっ飛ばすだけだろ?」


 明が前を歩き出す。俺たちは、その背に続いた。


 第三層へと続く階段を降りきると、空気はまるで別の世界のものに変わっていた。


 重力すら曖昧で、地に足をつけているはずなのに、どこか浮遊感がある。空間がわずかに揺れて見えるのは錯覚か、それともこの階層そのものが時間の歪みに飲まれているのか。


「……空もない、地平もない、なのに立っていられる……」

 有紗が周囲を見回しながら、ぞくりと肩を震わせた。


「道……じゃない。これは、浮かんでる盤面だね」

 沙耶が指さす先、黒曜石のような足場が、チェス盤のように規則正しく並んでいる。だが、一歩踏み出すごとに、盤面の模様が変わり、時間の流れさえ歪んでいく。


 俺は低くつぶやく。

「この層は、踏み出すたびに違う過去や未来と接続する。試されてるぞ」


 そのとき、純子の身体が一瞬ふらついた。


「……見えた……私が、まだ子どもだったときの……」

 目がうつろになりかけるが、すぐに自分の頬を叩いて我に返る。


「やっぱり、来てるわ。精神を削るタイプの空間ギミック」


「なら突っ切るしかない!」

 明が足場に飛び乗った瞬間――空間がねじれ、彼の姿が複数に分裂して見える。


「明!? いや、違う、映像だ……!」

 俺の目の前に映っていたのは、過去の戦闘で明が苦戦した場面の再現。幻の中で、明が炎に呑まれようとしている。


「……燃えろ、幻ごとッ!!」

 明が叫び、〈フレイムバスター〉で自身の幻影を吹き飛ばす。分裂映像が霧散した。


 その瞬間、盤面の中心に異変が起きた。黒い円陣が現れ、そこから白金の鎧をまとった何かが浮かび上がる。


「これは……人型の幻獣?」

 純子が矢をつがえながら睨みつける。


 だがその存在は、どこか人間的でありながら、感情の気配がまるでなかった。顔には仮面、胸には時の砂時計を象った紋章。そして手には歪んだ剣と天秤。


――〈審判の守護者・ヴァルトリア〉。古代文明の最後の番人にして、この層の支配者


守護者が静かに右腕を上げた。


 次の瞬間、一人一人の罪が空間に映し出された。過去の過ち、恐怖、逃げたこと、嘘をついた瞬間――。


「く……!」

 俺も自分の映像に目を奪われそうになる。けれど、それでも声を出した。

「そんなもんで、止まってやるかよ!! 有紗、幻覚解除薬、広域に撒けるか!?」


「霧状にできる。調合する!」


 即座に調合された霧が周囲を覆い、仲間たちの意識が次々と戻ってくる。


「チッ、見せやがって……だったらこっちも見せてやるよ!!」

 明の〈斬鉄〉が空間を裂くように光を放ち、守護者の天秤を切り裂いた。


「純子、沙耶! 頭部、仮面を狙って!」


「〈一矢両断〉……!」


「〈貫通矢〉、狙いは外さないっ!」


 二人の矢が仮面に突き刺さり、微かにひびが入る。


「とどめだ!」

 俺が跳び、〈斬光断〉を最大出力で放つ。魔力で強化された剣撃が仮面を砕き、守護者は砂のように崩れた。


 直後、盤面が音もなく消えていき、そこに静謐な通路が出現する。


「……これが、最奥?」


 有紗が囁くように言い、沙耶が震えながら頷いた。


 俺たちはしばらく黙って、奥の闇を見つめた。


 ――だが、戻る選択肢は、誰の中にもなかった。


「行こう。ここを越えれば、あの声の正体に近づけるはずだ」


 仲間たちは頷き、静かに足を踏み出した。



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