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 二人の拳がぶつかってから、しばらくの沈黙があった。


 夜の王都は、ほんの少し冷えてきた。街路の灯りがゆらぎ、窓の外に見える。二人で拳を合わせた後、ふたたび夜の静けさが部屋を包む。


 窓の外では、王都の通りをランタンの光が照らし、人影がまばらになっていく。

 室内は、外の喧騒とはうらはらに穏やかだった。


 その中で、明がぼそりと口を開いた。


「なあ……卓郎。もう一つだけ真面目な話をしていいか?」


「ん? 今日は珍しいな。どうした」


 明は、目を伏せながら、なぜか言いにくそうに言った。


「……俺、純子に、プロポーズしようか迷ってんだ」


「……まじで?」


「まじだ」


 卓郎は椅子に座ったまま、目をぱちくりとさせた。

 明がそんな顔で恋の悩みを語るとは、これまで想像したこともなかった。


「いや、意外っていうか……本気なのか?」


「本気だよ」

 明はすぐに答える。だが、すぐに眉を寄せた。


「……だけどさ、いざ言おうとすると足が止まるんだよ。

 『今まで通りの関係でいたい』って言われたらどうしよう、とか……

 『そういう目で見てなかった』って言われたら……もう、顔合わせられねぇだろ?」


 卓郎は少しだけ真面目な顔になる。


「純子はさ、怒りっぽいけど、根はすごく優しいし、仲間想いだろ? お前の気持ち、分かってくれるんじゃないか」


「それが分からないから悩んでるんだよ」

 明が頭をかく。「俺、こういうのホント苦手なんだよな……」


「でも、プロポーズしようって思えるだけで、すごいと思うけどな」


「そうか?」


「ああ」


 明はふっと息を吐いたあと、やけくそ気味に言った。


「……ぶっちゃけさ、卓郎も純子のこと、ちょっと好きなんじゃねえの?」


「はあっ!? な、なんで俺がっ……」


「いや、なんか空気あるじゃん、お前ら」

 明がニヤつく。

「バディっぽい信頼関係っていうか、お互い分かり合ってる感、出してんじゃん、時々」


「そ、それは……戦友として信頼してるってだけで……!」


「ふーん。じゃあ、結婚しても祝福してくれるよな?」


「もちろん……祝福はするけどさ……」

 だが、これは最悪二人が『フォーカス』から抜けるってことじゃないか?

 下手をすると、『フォーカス』解散まであるかもしれない。だからといって、二人の幸せを邪魔するわけにはいかないし、そのつもりもない。


「それでさ、もし結婚したら、やっぱり王都で家買うべきだと思うんだよ」

 明が、妄想モードに入る。


「二階建てでさ、庭付きで。夜はベランダで星見ながら酒とか飲んでさ……。で、子どもは二人かな。上が女の子で、下が男の子」


「ちょ、ちょっと待て! プロポーズもしてないのに、なんでもう家族計画までいってんだよ!」


「おい、夢くらい見せろよ。男のロマンだろ」


 明はふんぞり返ると、どこか遠くを見る目でつぶやいた。


「……でも、断られたら全部ナシなんだよな。家も、星空の酒も、子どもも……」


 その声に、少しだけ寂しさが混じっていた。

 卓郎は、苦笑まじりに肩をすくめる。


「本当に、告白するのか? 」


「次のダンジョン終わったらするよ。いつまでも、純子に危険なことをさせたくないんでな」


 そう言ってから、明はぽつりと続けた。俺は、明が突然やめるとか言い出した理由は、これなんだろうと思った。


「……純子って、すげぇんだよ」


「そうだけど……急に今更なんだよ」


「いや、語らせろ。たまにはこういうのも言いたくなるんだよ」


 卓郎が苦笑しながら黙ると、明はひとつ咳ばらいしてから話し始めた。


「まずさ、あいつ怒りっぽいだろ? すぐ『あんた馬鹿?』とか言ってくるし、」

 言いながらも、その声にはどこか嬉しそうな響きがある。


「でもな、誰かがケガしたら一番に駆け寄って手当てするのも、あいつなんだよ。任務の後、文句言いながらも矢を一本一本丁寧に手入れしてるし……」

 明は椅子の背にもたれかかり、天井を見上げた。


「――情に厚くて、思いやりがある。だけど、それを真正面から見せないっていうか、恥ずかしがってんだよな、たぶん」


「……ああ。分かる気がする」


「それに、強ぇんだぜ。〈一矢両断〉の貫通力はすげぇし、〈疾風の歩法〉も使いこなしてる。あれ、俺には真似できねえ」

 明は指で自分のこめかみをとんとんと叩いた。


「技術もあるけど、それ以上に根性があるんだ。魔物に囲まれても引かねぇし、弓引く腕が震えても前に出る。俺……そういうの見てると、なんつーか、守りたいって思っちまうんだよな」


「……なるほどな。お前がそう言うの、初めて聞いたかも」


「見た目だってすげぇ美人でさ……金色の髪が光の下でふわって揺れる感じとかさ……」

 言いながら、明は照れたように頬をかいた。


「腰のくびれとか、脚のラインとか、正直もう罪。戦場であんな格好されたら、こっちが集中できねぇんだよ!」


「ちょっ、急に生々しいな!? やめろよ、妙に想像できるから!」


「いや、でもマジで。たまに振り向いたときの碧い目とか、心臓撃ち抜かれそうになるからな」


 明の目はどこか遠くを見ている。まるで今、純子の姿がそこにあるかのようだ。その目じりは垂れ下がり、鼻の下が完全に伸びている。


「……それでも、言えないんだよな」

 ぽつりとつぶやいたその声は、さっきよりもずっと静かだった。


「だって、もしあいつが……俺のこと、そういうふうに見てなかったらさ。全部、壊れちまうだろ」


 卓郎はしばらく黙っていたが、やがて少しだけ顔をしかめて口を開いた。 


「……なあ、もしさ、純子に振られたら……お前、一人でパーティを抜けるのか? 純子の事、守れなくなるぞ」


 その問いに、明の表情が一瞬だけ曇る。


「……正直、それが一番怖ぇんだよな」


 明はうつむいて、拳をぎゅっと握った。


「そっか! ……ま、お前の好きにしろよ。仮にお前が振られて、純子だけがパーティにはのこっても、俺がみんなを守るから」


「……振られるかなあ?」


「それは、俺には経験ないから、想像もつかんけど……もしふられても、明が真剣だって伝われば、純子だって全部を壊すような態度は取らないと思う。

 ……いや、むしろ、お前のことだから、どんな結果でも笑ってそうな気もするけど」


「ははっ、それはないわ。俺、けっこう引きずるタイプだからな」


「意外と繊細だな。俺的にはふられてもパーティをやめないでほしいけど」


「やかましい。なんか振られること前提で話してないか……」


 二人はふっと笑い合う。


 そのあと、明がぽつりと呟いた。


「……でも、ありがとう。少し楽になった」


「そりゃよかったよ。俺だったら絶対告くれないもんな。明ってすげーと思う」


 夜の王都の灯りが、窓の外でちらちらと揺れていた。


 やがて、明が小さく拳を握って、静かに言った。


「――次のダンジョン終わったら、言うよ。ちゃんと」


「そん時は、ちゃんと祝福してやるよ。……もちろん、成功したらな」


「……失敗したら?」


「そん時は、飯おごってやる。肉多めでな」


「くくっ、それも悪くねえな」


 二人の笑い声が、夜の静けさに溶けていった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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