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翌朝、福佐山冒険者ギルドのカウンター前。
卓郎たちは揃って礼子の前に立ち、次の冒険先について情報を集めていた。
「――フーン。あなた達も、ついにダンジョンに潜るのね。福佐山都市から一日圏内にあるダンジョンは全部で三つよ」
礼子が地図をテーブルに広げながら言った。
「一つ目、《ウツロ森の裂け目》。ここは深い森の中にぽっかり空いた地割れが入り口の自然ダンジョン。古代獣や幻獣系が出るって噂があるけど、未だ詳細不明。潜った記録も断片的ね」
「幻獣……ロマンだな」
明がニヤリとする。
「二つ目、《イバラ窟》。かつて盗賊団が根城にしてた人工の地下要塞。罠が多いけど構造は分かりやすいし、財宝やレアな装備品が眠ってるって噂だわ。盗賊の亡霊が出るなんて話もあるけどね……」
礼子は肩をすくめた。
「わっ、こわ……」
沙耶が一歩後ずさる。
「三つ目、《黒岩の洞》。山の斜面にぽっかり空いた天然洞窟で、中は湿気が多く見通しが悪いけど……比較的最近になって、大型の魔物――特にオーガ系の生息が確認されてるわ」
「オーガ?」
卓郎が聞き返すと、礼子が頷く。
「ええ、筋力と耐久に特化した強敵。単体ならまだしも、最近は複数個体の目撃例もあるらしくて……探索隊は基本、二階層までで引き返してるわね。それ以上は危険、って扱い」
「へぇ……正面から殴り合うのは燃えるな」
明が口元をゆるめる。
「やめてよ。全員力押しが通じるタイプばっかりだったら、弓組は危険だし」
純子が即座に釘を刺した。
「そうですね……オーガって魔法効きにくいって聞きましたし、攻撃通すの大変そう」
有紗が思案顔で言う。
「でも、倒せたら強靭な皮膚とか素材は高く売れるって聞いたことあるよ!」
沙耶が元気に挙手する。
「それぞれ面白そうだけど、選ぶなら慎重に、だな」
卓郎が全体を見回すように言った。
「私は、《イバラ窟》推し。罠にさえ注意すれば、探索しやすそうだし」
純子が言うと、
「俺は《黒岩の洞》かな。強敵と戦ってみたい。筋肉対決ってやつだ」
明が即答。
「《ウツロ森の裂け目》も気になるなぁ……未知の幻獣、ちょっとロマンじゃない?」
沙耶がうっとりした目を向けてきた。
「私は……《黒岩の洞》が気になるけど、全員のバランスも考えると……《イバラ窟》の方が現実的かも」
有紗がやんわり意見を出す。
「うーん……」
卓郎はしばらく考え、真剣な表情で言った。
「まずは《イバラ窟》にしよう。情報が揃ってる分、準備もしやすいし、そこでしっかり戦い方を確認してから、他のダンジョンに挑戦していく感じで」
「ふむ、段階を踏むわけね。悪くない選択」
礼子が納得したように頷いた。
「よし、じゃあ決まり!」
沙耶が両手を挙げる。
「装備は見直しておくわ。罠解除道具も要チェックね」
純子がメモ帳を取り出す。
「準備して、明後日には出発って感じでいい?」
卓郎が確認すると、全員が頷いた。
「じゃあ、この後は自由行動ってことで、明、鍛冶師のグレンさんのところで剣の点検をしてもらおうぜ」
「おう。それじゃあ行こうぜ。卓郎」
「ちょっと待って。それってこれから王都に転移するってことよねえ」
「あー! たっくん。私も王都行きたい」
「私もです。卓郎君」
「卓郎、当然私たちも連れて行ってくれるわよね」
「え! みんな王都にいきたいのか?」
「当り前よね。今日は王都でお楽しみよ」
「わかった。みんなつかまって」
『ポータルシフト』は一つにつながっていさえすれば一緒に転移することができるのだ。
「『ポータルシフト』! 王都――グランティアへ、転移!」
輝く魔力の光に包まれ、足元に魔方陣が輝く。次の瞬間、一行の姿は福佐山から消え去っていた。
*
ルメリア王国王都グランティア。石畳の広い広場に姿を現した卓郎たちは、久しぶりの王都の空気に思わず息を吸い込んだ。
「うわっ、やっぱり広い! 人も多い!」
沙耶がキラキラと目を輝かせる。
「田舎と違って、露店の数もすごいね」
有紗が周囲を見回しながら興味深げに呟く。
「せっかくだから、私は防具屋でも覗いてみたいわね」
純子は腰のポーチを軽く叩いて、資金を確認した。
「じゃ、俺たちは鍛冶屋のグレンさんのところに行ってくる」
卓郎が明に向かって頷く。
「紅蓮のミスリルブレード、そろそろ手入れしてもらわねぇと」
明は得意げに剣の柄を握った。
「じゃあ、二時間後にこの広場で再集合ってことで」
卓郎が提案すると、皆がうなずいた。
*
卓郎と明が訪れたのは、王都西区にある鍛冶工房《赤の炉》。炎精霊の炉を扱える唯一の職人、白髪の老鍛冶師・グレンが営む伝説級の工房である。
「……来たか、小僧ども」
中に入ると、グレンはいつものように片眼鏡をかけ、鉄槌を鍛錬炉の横に置いたところだった。
「お久しぶりです。剣の点検、お願いできますか?」
卓郎が背中から精錬銀ミスリルの剣を外し、丁寧に差し出す。
「ふん……使い方は悪くないな。年に一度とは言ったが、こうして早めに持ってくるのは良い心掛けだ」
グレンは重々しく頷き、剣を受け取ると、金属音を鳴らして状態を確認していく。
「で、こっちのバカは?」
隣でそわそわしている明を見て、グレンが顎をしゃくる。
「おい、バカとはなんだ!」
明がムッとした表情で剣を差し出す。「見ろよ、この紅蓮のミスリルブレード。火精霊が泣いて喜ぶ出来だろ?」
「泣くかどうかは精霊に聞け。……ほう、これは」
グレンが目を細め、剣を軽く持ち上げた瞬間、剣身に赤い残火が走る。
「相変わらず、熱を籠める癖が強いな。だが、刃はまだ生きてる。よし、炉で軽く焼き直してやる。余計な魔力の滞りも取れるだろう」
「へっへ、さすがだな。任せたぜ、ジジイ」
「ジジイ言うな」
卓郎が苦笑しつつ、二人のやりとりを見守る。工房には火の精霊が揺らめき、鉄の香りが心地よく漂っていた。
*
一方そのころ、女子組は王都の中央通りを散策していた。
「見て、この羽根飾り! ちょっと似合いそうじゃない?」
沙耶が露店の前で笑顔を浮かべ、有紗に手鏡を向ける。
「うん、可愛い……沙耶、ちょっとだけ耳が隠れるのが残念かも。でもリボン付きなら似合いそう」
有紗も嬉しそうに微笑む。
「私は実用品の店! このポーチ、防水加工されてるって! 矢が濡れないのは重要よ」
純子は道具屋の店主と真剣に交渉していた。
そして数時間後、再び広場に集まった五人は、それぞれの収穫を笑顔で報告し合った。
「グレンに見てもらった剣、かなりいい調整してもらえたよ」
卓郎が剣を見せると、
「こっちも収穫あり! 可愛いアクセも見つけたし、防具も軽いのに丈夫なのを見つけたわ」
純子が得意気に笑った。
王都の一日。準備は順調、気分も上々。彼らは福佐山へと転移で戻っていった。
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