表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/265

146

 試験当日の朝。東門前の石畳には、朝露がうっすらと残っていた。


 まだ陽が昇りきらない時間帯。人気の少ない街道沿いに、ひときわ鋭い気配を纏う男が立っていた。漆黒の軽装鎧に身を包み、顔の下半分を布で隠し、銀髪をひと束にして背中に流す――彼が、Sランク冒険者〈黒風のゼルド〉。


 俺が集合時刻の少し前に東門に着くと、彼はすでにそこにいた。


「……Sランク昇格試験受験者の卓郎か? 俺は試験官のゼルドだ」


 低く抑えた声が、布越しに響く。


「はい。今日の試験で同行していただく、Sランク冒険者さんですよね」


 俺がそう返すと、ゼルドはうなずき、ひとつだけ言葉を添える。


「予定通りだ。すぐに出るぞ。準備は?」


「万全です」


 それだけ確認すると、ゼルドは振り向いて歩き出した。街道を外れ、岩の多い丘陵地帯へと向かう。背に双短剣を背負ったその後ろ姿からは、一切の隙が感じられなかった。


 話しかける隙も、なんとなく空気で読めてしまう。静かすぎる空気の中、俺は自分の鼓動を意識しながら後に続いた。


 目的地は、東方にある〈月影の岩窟〉。そこに巣食うAランク魔獣〈鉄殻獣ギラント・オルス〉の単独討伐が、俺に課されたSランク昇格試験の本題だ。


 途中、何度か険しい岩場や細い獣道を抜けながら、ゼルドは最小限の言葉で要点だけを伝えてくれた。


「今回の試験は“評価”だ。俺は見ているが、手は出さない。魔獣見つけ出し、倒す、それだけでいい」


「……分かっています」


「だが、忘れるな。生き延びることが第一だ。命を無駄にする者に、Sの資格はない」


 ゼルドの口調は冷静だったが、その言葉の奥にあるものは真剣だった。俺は軽く頷き、腰の剣に手を添える。


 やがて、岩場を抜けた先に、霧がかかり始めたくぼ地が現れる。地形は迷路のように入り組み、岩壁の影に何が潜んでいてもおかしくない。


 ゼルドが立ち止まり、わずかに手を上げた。


「ここから先は一人で行け。目標はこの谷の奥――日が差さないくぼ地に巣を作っている」


 言われた方向を見やると、確かに地面はうっすらと掘られた跡が続き、岩陰の合間に大きな爪痕のようなものも見える。


「了解です。……行ってきます」


 ゼルドは無言でうなずく。その姿を背に、俺はゆっくりと岩場を踏み出した。


 湿った空気の中、剣を抜き、気配を研ぎ澄ませる。俺はすでに魔獣の気配を感じ取っていた。


 ……数分後。


 乾いた岩を滑るような音。空気が震えるような、低く鈍い唸り声がひびいた。


 視界の先に、〈鉄殻獣ギラント・オルス〉が現れた。


 その巨体は、岩壁と見まごうほどの重厚さ。全身を覆う鉄のような殻が、霧の中で鈍く光る。赤黒い目がこちらを睨み、ゆっくりと前脚を地に叩きつけた。


 ――ズンッ。


 地面が揺れる。……その威圧だけで、空気が変わった。


 俺は、深く息を吐く。


 これは――本物の、命のやり取りだ。


(やるしかない……!)


 剣を構え、足を踏み出す。


 ギラント・オルスが、咆哮と共に地を蹴った。


 その巨体からは想像もできない速度で、鋼の塊が迫ってくる。


(速い……っ!)


「――完全見切り!」


 スキルを発動。世界の動きが一瞬、遅くなる。巨体が振るう前脚の軌道を読み、すれすれで横に飛ぶ。砂煙と岩片が吹き飛び、さっきまでいた場所が砕けていた。


(とてもまともに受け止められない……!)


 ギラント・オルスは全身が鋼の殻に覆われており、弱点らしい部位はほとんど見当たらない。だが、目や関節部、背面の排熱孔のようなスリットは装甲が薄い。そこを突くしかない。


「ブリンクステップ!」


 獣の背へ瞬間移動。


 ミスリルソードに力を込めて、獣の背中に振り下ろす。


 だが、ギラント・オルスは即座に身をひねり、硬い殻で剣を受け止めた。


「ぐっ……!」


 弾かれた衝撃で、手が痺れる。


(ダメだ、ただの斬撃じゃあ刃が通らない……)


 獣が前脚を振り上げる。着地の隙を狙ってきた!


「ヒール!」


 直前に回復をかけつつ、地を転がって回避。その途中、地形の傾斜を利用して背面に回り込む。


 霧の中、ギラント・オルスの排熱孔がわずかに開き、白い蒸気が吹き出す。


(今だ……!)


「セラフレイム!」


 ミスリルソードに魔法の力が流れ込む。剣が淡く光り出し、剣の強度と切れ味が爆発的に増幅される。


 俺は剣を高く構え、一気に跳んだ。


「たー!」


 排熱孔へ突き立てる。


 ギラント・オルスが凄まじい悲鳴を上げ、全身をのたうたせる。黒煙とともに殻の内部が爆ぜ、鈍く金属音が響いた。


 それでも――まだ、終わっていない。


「……こんなもんじゃ、やられないのか!」


 獣が怒りにまかせて体当たりを繰り出す。俺はすかさず跳び下がり、再び構え直す。


(もう一撃、あの排熱孔を潰せば――)


 ギラント・オルスが突進してくる。


 正面から。


(……!)


 ギリギリのタイミングでステップを踏み、獣の横腹に滑り込む。さっき突き刺した孔が、開いたまま熱を吹き出していた。


「もう一度、セラフレイム!」


 剣が光を帯びる。


 そのまま――渾身の一撃を、突き立てた。


 爆音。閃光。


 ギラント・オルスの動きが止まった。


 しばらくの沈黙の後、巨体が、ゆっくりと地に崩れ落ちる。


 静寂。残響。そして、湧き上がる湯気とともに、確かに聞こえる「終わり」の気配。


 俺は大きく息を吐き、ゼルドのほうに振り返る。


 はっきり言って余裕だった。


 攻撃魔法も使うことなく、剣のスキルも使ったのは一部だけ。


「……終わりました」


 小さな拍手の音がした。


「想像以上の実力だ。余裕がありすぎだね。まだまだ手の内をさらしてないだろう。君の実力はこんなもんじゃない」


 ゼルドの声には、はっきりとした評価の色があったが、中身は辛辣だった。


「これでは、君の実力が全然見えないし評価を書くことができないよ。もう少し実力を示してくれないかな」


 ゼルドは肩をすくめるように言った。


「この先で、もう少し君の戦いを見せてくれ」


 俺は苦笑しながら頷いた。




ここまで読んでいただきありがとうございます。

応援してくださる方、ブクマやページ下にある☆ボタンを押していただけると嬉しいです!

 お手数だと思いますが、ご協力頂けたら本当にありがたい限りです <(_ _)>ペコ


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ