130
王都グランティアに到着した日の夜――。
一行は、宿屋〈月花亭〉に泊まることになった。石造りの三階建てで、外観はつたの絡まる古風な意匠だが、中に入ると清潔な空気と、ふんわりとした花の香りが旅の疲れを和らげてくれる。
「ひゃー、ベッドふかふか! 王都の宿ってスゴいね!」
沙耶が部屋に飛び込むなり、跳ねるようにベッドに倒れ込んだ。その勢いで枕が舞い上がる。
「こらこら、騒ぎすぎないの。まだお隣さんもいるでしょ」
有紗が苦笑しつつも、沙耶の髪を優しく撫でる。
「部屋に風呂がある……これはポイント高いわ」
純子は浴室の扉を開け、蛇口をひねってみる。湯気がふわりと立ちのぼり、ほのかにラベンダーの香りが混じっていた。福佐山では皆で一つの浴場を使うのが常だっただけに、個室風呂には驚きと感動があった。
「静かで落ち着く宿だね。……ねえ、見て。夜景がきれい」
有紗はカーテンを開けて窓辺に立つ。煌びやかな街灯と人々の往来、遠くの大聖堂の尖塔が灯りに浮かぶ様子は、まるで別世界の絵巻物のようだった。
「……いい宿だな」
俺も荷を下ろし、背伸びをひとつ。重荷から解放された身体が、じんわりと柔らかくほどけていく。
夕食は一階の食堂で取った。王都名物のハーブローストと、果実のワイン煮込みがテーブルに並ぶ。白い皿に香草が散らされ、豪華な見た目にも心が踊る。
「うわー、これお肉がとろける……!」
沙耶は口いっぱいに頬張りながら目を輝かせた。
「ワインの香り、すごく深い……これ、レシピ知りたいかも」
有紗はメモ帳を取り出して、料理の素材を考察しはじめる。
「甘ったるいのかと思ったけど、意外とスパイス効いてるな。こういうの、好きかも」
純子はパンでソースを拭いながら、満足げにうなずいた。
「ふっ、俺はやっぱり肉だな! この表面の焼き加減、最高だ」
明はナイフとフォークを器用に操り、まるで戦場で戦っているかのような勢いで肉に挑んでいる。
「……明日も観光できるな」
そう言って笑う俺の声に、全員の表情が自然と明るくなった。
食後、部屋に戻ってからも、それぞれが王都の空気を満喫していた。
沙耶と純子は浴室を交代で使いながら、バスタイムに盛り上がっていた。
「ねえねえ、明日、いろんなところ見に行こうね! 王都って、弓の道場もあるって聞いたよ!」
「へぇ、あるかもね。王都ってだけで流派がいっぱいあるんでしょ? 私、試し打ちさせてくれるとこがあれば入ってみたいな」
「うんうん! あ、もし変な人に絡まれたら、お姉ちゃんがビシッて撃ってね!」
「……あんた、最初から絡まれる前提で話してない?」
浴室の外、有紗は窓辺で読書しながら夜風に目を細める。
「明日はどこを見ようかな」
俺がつぶやくと、有紗が顔を上げて微笑む。
「薬草市場があれば行ってみたいな。珍しい素材が手に入るかもしれないし」
「……観光って言っても、みんな結構本気だな」
そう言って笑った俺に、部屋の空気が柔らかくなった。明日の予定はまだ白紙のまま。でも、何を見つけても――きっとそれは、これから強くなるための糧になるにちがいなかった。
そして、観光二日目の朝――。
王都グランティアの中心街を歩けば、まるで世界中の人々が集まってきたかのような喧騒があった。
「……なんか、『福佐山』とは五十倍くらい世界が違うな」
思わずこぼした俺の言葉に、有紗がくすりと笑う。
「でも、こういうところも好きだよ。いろんな人がいて、いろんな文化があって……薬の材料もいっぱいあるし」
純子は腕を組んで、通りに並ぶ看板を睨みつけていた。
「見てよ、あれ全部道場じゃん。『真撃の拳塾』『龍流刀術会』『影の射法指南所』……どれだけあるのよ」
沙耶が飛び跳ねるように振り向く。
「やったー! 王都の道場ってすっごいって噂だったけど、ホントにいっぱい! お姉ちゃん、一緒に入ろ!」
「わ、私は……見学くらいなら」と有紗はやんわり答えたが、口元には楽しげな笑みが浮かんでいた。
明がふと立ち止まる。
「なあ、あれ……」
彼が指さした先には、重厚な石造りの建物が立っていた。入り口には銀色の魔法陣が輝いている。
その上に掲げられた看板――『王都魔術師ギルド』。
「福佐山にはない魔術師ギルドだ。ここ、すごくないか?」
王都に行けば、魔術師ギルドがあるとは聞いていた。魔術師は珍しいので魔術師ギルドがあるのは王都ぐらいなのだ。俺は無意識に一歩踏み出していた。
「寄って行ってもいいかな?」
「良いぜ、俺もちょっと興味ある」
明もフレイムバスター(剣士のスキルで魔法ではない)の使い手だ。
館内に入ると、空気はひんやりと張り詰めており、魔力の流れを感じるような静けさがあった。受付に立つローブの女性が、卓郎に視線を向けると、首を傾げた。
「あなた、魔法は使えますか?」
「まあ、一応魔法は使えます」
「……なるほど、魔力量検査は無料です。どうぞ、こちらへ」
俺のMPは?/?と表示されている。
検査水晶に手を触れた瞬間、水晶が光り、突然「ピシッ」と音を立ててひび割れた。
「……やっちゃった?」
女性の瞳が光を宿す。
「これは……規格外。あなた、よろしければ会員登録を。魔術師としての基礎から指導を受けられます」
「登録します!」と即答した卓郎に、明が呆れたように笑う。
「お前って、やっぱり規格外だったのな」
その言葉に、俺はちょっと得意げな笑みを浮かべる。
俺はとりあえず、会員登録を済ませ、会員カードを受け取ると指導は後日受けることにして、「紅蓮のミスリルブレード」を受け取るために工房〈赤の炉〉にむかう。
明の手元には修理された剣――「紅蓮のミスリルブレード」が戻ってきていた。工房〈赤の炉〉のグレンが直接手渡してくれた剣は、見違えるほどに鍛え直され、刀身がわずかに赤く脈打つように輝いていた。
「最高だな……!」
明の瞳が、久しぶりに純粋な興奮で燃え上がる。
すべての用事と観光を終えた五人は、王都の門を背に、再び福佐山へと旅立った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
応援してくださる方、ブクマやページ下にある☆ボタンを押していただけると嬉しいです!
お手数だと思いますが、ご協力頂けたら本当にありがたい限りです <(_ _)>ペコ




