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自由商業都市『福佐山』に戻る帰路、俺たちは計画どおり、『福佐山』の東の隣国ルメリア王国の王都グランティアで観光することにした。
報告が遅れるのは気になるが、神殿での戦いを思えば、このくらいの贅沢は許されるはずだ。
王都は昼を迎え、陽光が白い石畳を眩しく照らしていた。高くそびえる城壁の内側には、塔や聖堂、古い街並みと新しい市場が混在し、活気に満ちていた。
「来たかったのよねー。王都グランティア!」
「うわぁ……やっぱり王都ってすごい。お店がぜんぶキラキラしてる」
有紗が上を見上げ、沙耶が目を輝かせて店の並ぶ通りを駆け出す。露店からは甘い焼き菓子の香り、鉄を打つ鍛冶の音、楽器の演奏と歌声が風に混じって流れてきた。
「ちょっと、勝手に走らないの。迷子になったら面倒よ」
純子が慌てて沙耶の後を追い、有紗も困ったように笑いながら後に続く。
「まあまあ、今日はゆっくりするって決めたんだから、多少ははしゃいでもいいじゃん」
明はそう言いつつも、目移りしているのは本人のようだった。武具店の前で立ち止まり、「火属性強化」の看板を見て何やら真剣な表情になっている。
「ねぇ、卓郎くん。あのカフェ、入り口にスイーツメニューが出てたよ? 行ってみない?」
有紗が俺の袖を軽く引いてくる。見れば、石造りの洒落た店の軒先に、「果実のパフェあります」と手書きの看板がぶら下がっていた。
「じゃあ、みんなで行こうか」
しばらく街を歩き回ったあと、俺たちはそのカフェに入った。白と木目調の落ち着いた内装に、焼きたてのパイの匂いがふわりと漂ってくる。
「ん~~~! このベリーのタルト、最高! 王都スイーツって感じ!」
沙耶が頬を緩ませながらフォークを口に運ぶ。その向かいで純子は「甘すぎないところがいいわね」と言いつつ、コーヒーをすすっていた。
「俺は……あ、これ。紅蓮果のソルベ。見た目もいいけど、ちゃんと辛い。すげぇな、どうやって作ってんだこれ……!」
明はスイーツなのに辛味のある珍しい一品を見つけて満足そうにしている。さすが〈灼熱の戦士〉、選ぶものまで火属性だ。
俺はミルクと蜂蜜のムースを頼んでいた。疲れた体にちょうどよく、心なしか眠気まで誘ってくる。
隣では有紗が、綺麗に盛られた果物のパフェをじっと見つめていた。
「……こんなの、自分じゃ絶対作れないなぁ」
「作ってくれるの、楽しみにしてるよ」
俺が言うと、有紗は恥ずかしそうにうつむいた。
グランティアの午後は、そんなふうにゆっくりと過ぎていった。
カフェを出たあと、少しだけ王都の観光名所――「願いの塔」にも立ち寄った。塔の最上階からは、広大な街並みが一望できた。
「見て見て! あそこ、さっきのカフェだよ!」
沙耶が興奮気味に指をさす。純子と有紗も柵越しに景色を見下ろし、口々に「すごい……」「風、気持ちいいね」と言い合っていた。
「……おい、卓郎。あの辺の屋根、すげぇ光ってねーか? あれ、鍛冶ギルドじゃねぇの?」
明が興味深そうに見下ろす先には、確かに煙突と金属光沢のある屋根が見えた。
「明、王都の鍛冶ギルドを見たいのか?」
「ああ、今の武器には満足してるけど、作ってるとこは見てみたいな。卓郎はそろそろ良い剣に買い替えたほうが良くないか?」
「じゃあ、鍛冶ギルドじゃなくて、鍛冶屋のほうを見て回るか? 明の剣も手入れをしてもらう必要があるだろう」
「あんたバカ。『紅蓮のミスリルブレード』を手入れできる、腕のいい鍛冶師なんてすぐには見つからないわよ。それこそ鍛冶ギルドに行って聞いた方が早いわ!」
確かに純子の言う通りかもしれない。やっぱり純子は頭いいな。
「それに手入れしてもらうのに時間がかかるから、急いでいった方が良いわよ」
「じゃあ、急いで鍛冶ギルドにいってみようぜ!」
*
王都の中央区、石畳の通りを走って十五分。立派な門構えの前で俺たちは足を止めた。
──〈王都鍛冶ギルド・本部〉。
表札には堂々たる文字でそう刻まれている。石造りの建物からは熱気が漂い、開いた窓からは金属の叩かれる音と、誰かの怒鳴り声が飛び出していた。
「すげぇ……さすが王都。鍛冶ギルドもでけぇな」
明が目を輝かせるのも無理はない。門の中には見習い鍛冶師たちが忙しなく働き、巨大な炉の煙が空に立ち上っている。
俺たちは受付のところに行って事情を話すと、対応してくれた中年のギルド員が目を細めた。
「『紅蓮のミスリルブレード』か。あれを扱える鍛冶師となると……一人、心当たりがある」
「ほんとか!? 頼む、教えてくれ!」
明が前のめりになるのを見て、そのギルド員は笑った。
「……グレンって爺さんがいる。今は半隠居みたいなもんだが、腕は確かだ。火精霊炉で焼き入れできる唯一の職人だ」
「グレン……すげぇ名前してんな。どこにいるんだ?」
「西区の外れにある『赤の炉』って工房だ。少し歩くが、行って損はないはずだよ」
感謝して頭を下げた俺たちは、教えられたとおりに西区へと向かった。
古びた煉瓦造りの小さな工房──〈赤の炉〉と看板にあるその場所は、表通りから少し離れた静かな一角にあった。
中に入ると、壁一面に大小様々な剣やハンマーがかけられており、炉の前には白髪の老人が一人、無言で金属片を睨んでいた。
「……あんたがグレンさんか?」
明が声をかけると、老人は振り返り、鋭い視線を向けてきた。
「どうせまた『伝説の武器を修理してくれ』とか言いに来た馬鹿どもかと思ったが……お前の剣は、なるほど、本物だな」
明が差し出した紅蓮のミスリルブレードを受け取ったグレンは、重量を確かめ、刃の端にうっすら浮かぶ亀裂に指を這わせた。
「火精霊の宿りが少し乱れておるな。こりゃ、炎が暴走する前に手入れしておいた方がいい。……一晩預かるが、それでいいか?」
「マジか! よろしく頼む!!」
満面の笑みで頭を下げる明。その隣で、俺は意を決して口を開いた。
「俺の剣も、ちょっと見てもらえますか。というか……そろそろ買い替えを考えていて」
グレンは俺が背中から抜いたミスリルソードをひと目見るなり、ふんと鼻を鳴らした。
「見れば分かる。悪くはないが、既製品だな。……お前の体格と構えに合ったものじゃない。特に重心の位置が甘い。腰が痛くなるだろ」
「え、ええ、最近ちょっと……」
俺の本音をいきなり見抜いたかのような言葉に、変な汗が出てくる。
すると、グレンは奥の棚から一本の剣を取り出した。
銀青の光を帯びたその刃は、従来のミスリルよりも細身で美しく、柄の部分には黒曜石のような装飾が埋め込まれていた。
「これは……?」
「精錬銀ミスリルを基にした俺の最高傑作だ。軽く、切れ味も鋭いが、MPの少ないやつにはこいつの性能を引き出せない。使い手を選ぶから市場には出さない」
俺は柄に手をかけ、恐る恐る構えてみた。
──ぴたり、と腕になじむ。
軽すぎず、重すぎず、重心が自分の中心線と一致している。さっきまでの疲れが一瞬で消えるような感覚があった。
「……これ、すごいです」
「気に入ったなら譲ってやる。ただし、二つだけ条件がある」
「条件?」
グレンはにやりと笑って言った。
「ひとつ、傷んだ時だけでなく一年に一度は、必ずこの工房に持って来い。もうひとつ、無茶な使い方はするな」
「……もちろんです」
俺は即座に頷いた。
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