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神殿の内部に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を刺した。外の灼熱とはまるで別世界のようだ。通路の壁には、かすれた金属の文様と魔導回路のような光が、神殿そのものが生きているかのように脈打っている。
「足元、気をつけて」
有紗が注意を促す。床には罠の痕跡や、崩れかけた段差がいくつもあった。
「遠見、発動……」
沙耶が目を細め、指を額に当てて周囲を探る。
「……正面通路の先に、大きな空間。なにか動いてる……三体、いや四体……人型の影だけど、光ってる」
「自律兵器だな。試し斬りってやつか」
明が剣を構えた瞬間、〈ギュオン〉と金属音が響いた。
通路の奥――ぼんやりと青白い光を放つ巨体が、壁に張り付くようにしてこちらを見下ろしている。人型ではあるが、顔の代わりに仮面のような魔導制御板。腕の先は刃と砲口に変化し、胸部には脈動する魔力核。
「……まさに、古代兵器って感じね」
純子が矢をつがえた。
敵は音もなく滑るように前進してきた。床を削りながら。
「来るよッ!」
純子は咄嗟に叫び、仲間たちに指示を飛ばす。
「明、卓郎、右から回り込んで! 有紗、沙耶、援護射撃! ロメオさん、後方へ!」
「了解!」
明が先行し、炎を帯びた剣で斬りかかる。
「フレイムバスター――!」
紅蓮の刃が閃光とともに敵の胸部を叩くも、衝撃吸収の結界が発動し、火花が散っただけだった。
「硬ぇな……でも、通らないってほどじゃねー!」
次の瞬間、二体目の兵器が壁からせり出し、明の死角から腕を伸ばす。
「明、右!」
「――完全見切り!」
俺がスキルを発動し、跳び込んだ。斬撃が空を切り、明の背後を庇った。
「助かったぜ、相棒!」
有紗の矢が、敵の砲口に命中。爆ぜる炎とともに、その一撃だけで二体目の兵器は動きを止めた。
「今のうちに! 純子!」
「……ロングショットッ!」
引き絞った矢が、音を裂き、敵のコアを正確に貫いた。
――〈ズン〉と鈍い音。
一体目の兵器の魔導核が割れ、青白い光が一気に消える。
二体の兵器が沈黙し、残りは二体。
俺は残る二体の間をすり抜けざまに横薙ぎ一閃。
魔導核を切られた一体は沈黙し、もう一体が反撃に転じようとする瞬間沙耶の矢が魔導核を貫く。
「こっちも一体、無力化成功!」
沙耶が叫ぶ。
だが、その声をかき消すように、さらに奥から轟音が響いた。
「来る……! 今のは、ほんの入り口にすぎない!」
ロメオが息を呑む。
「おそらく、今ので防衛機構全体が起動した! 中央区画までの時間がないぞ!」
「全員、走れ! 中心部に向かう!」
俺たちは、崩れかけた通路を駆け抜ける。
石階段を慎重に下り、〈忘却の地下神殿〉の奥へと足を踏み入れる。
壁は黒ずんだ石で構成されており、時折、魔力が脈打つように微かに発光する紋様が浮かび上がる。魔法と機械が融合した、見たことのない異質な空間――まるで神代の遺産に包まれているような感覚に、背筋が冷たくなる。
「……音、止まった?」
沙耶が小さくつぶやく。たしかに、外で聞こえた機械音は、神殿内部ではぴたりと止んでいた。代わりに、耳に触れるのは、自分たちの足音と、壁の隙間から漏れ出す風のような、かすかな振動音。
「この静けさ……逆に嫌な感じがするわね」
純子が弓を構え、矢筒に手を添える。有紗も無言でうなずき、矢を矢筒から取り出した。
そして、最初の広間に差し掛かった瞬間だった。
――カッ。
音もなく、壁の一部がスライドする。そこから現れたのは、金属の軋む音と共に動く二足歩行の機械兵――いや、魔導兵器。全身が鈍く光る青銅色で、目にあたる部分が赤く点滅している。
ロメオが息をのむ。
「……初期型の〈機動守護者〉か……! 完全に起動している!」
「来るぞ!」
俺が叫んだ瞬間、守護者は腕を持ち上げ、魔力光をチャージ――次の瞬間、真紅のビームが壁を薙いだ。
「っ、回避!」
咄嗟に飛びのきながら、「完全見切り」を発動。赤い閃光を紙一重でかわしつつ、俺は壁に跳ねて接近戦に持ち込む。
「明! 連携頼む!」
「任せろッ!」
明の剣が、炎に包まれた。
「――フレイムバスター!」
紅蓮の剣閃が、機動守護者の左腕を焼き落とす。続いて俺がミスリルソードを振るい、腹部の魔力核を突き刺した。
「機動守護者――破砕!」
「二体目の機動守護者、目の部分が赤く点滅始めてる!」
「ロングショット!」
「炎の矢、放ちます!」
有紗、純子、沙耶の三連射が正確に魔力核を射抜いた。
爆発とともに、二体目の機動守護者の機体は火花を散らして崩れ落ちる。
「……はあ、やっぱり普通じゃないな。ここの兵器……」
俺が息をつくと、ロメオが駆け寄って残骸を調べながら言った。
「内部の回路が、やはり神代構造の断片と一致する……卓郎くん、これはね、単なる防衛機構じゃない。神殿そのものが一つの機械で、敵意を持つ存在に自律的に反応している」
「つまり、俺たち全員、今、敵としてマークされてるってことか……」
明が舌打ちする。
「……ねえ、ロメオさん。今のは初期型って言ったよね?」
純子が低く尋ねる。
「うん。より進化した上位機――中枢守護機や、コア・ガーディアンが存在する可能性は高い。さっき言った主機構の直近に近づくほど、迎撃機体の強度も桁違いになるだろう」
「マジか……」
沙耶の顔から笑顔が消え、代わりに真剣な色が宿る。
「やばいね」
俺は剣を握る手に力を込める。
「このまま暴走が進めば、遺跡だけじゃ済まない。周辺の街まで巻き込む。こうなったら……あの神殿の心臓部を止めるしかないよね」
言い終わると同時に、再び神殿の奥から振動音が鳴り始めた。今度は、もっと重く――まるで巨人が目を覚ましたような、深い共鳴。
ロメオが顔を強張らせる。
「……来る。主機構が、覚醒の前段階に入ったんだ!」
「急ごう!」
俺たちは神殿の奥――心臓部へ向けて駆け出した。
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