114
爆煙が晴れると同時に、〈黒翼のドラゴン〉の巨体が地を揺らしながら立ち上がった。片翼は無惨に折れ下がっているが、その威容はなお圧倒的だった。
その瞳が討伐隊を捉えた瞬間、赤黒い瘴気が地表を這うように溢れ出し、岩を腐食させる。
「来るぞ! 構えろッ!」
零士の叫びが響く。
咆哮と共にドラゴンが突進してきた。まるで地鳴りのような重量の奔流――それに真正面から立ち向かったのは、大盾の剛だった。
「うおおおおおおっ!!」
地面を滑らせるように前へ出ると、巨大な鉄壁の盾を真っ正面に構えた。
次の瞬間、ドラゴンの前脚が振り下ろされる――!
ガアァァンッ!!
剛の盾が衝撃を受け、地面がえぐれた。だが、彼の足は一歩も退いていない。
「今だッ、脇から回り込め!」
「行くぞ、明!!」
おれは叫び、明が紅蓮のミスリルブレードを構え駆ける。
「フレイムバスターッ!!」
明の剣が紅蓮の炎に包まれる。
剛の盾で動きを止められた瞬間を狙い、明がドラゴンの右脚に滑り込むように接近し、剣を振り抜いた。
ズバァッ!
鱗を焼き裂くように、炎の刃が脚を切り裂く。ドラゴンが苦痛に吠え、巨体をのけぞらせた。
「沙耶、今よ!」
「はーいっ、援護しちゃうねぇ!」
爆音と閃光が空を裂き、〈黒翼のドラゴン〉の片翼が吹き飛んだ。
爆薬付きの矢が命中した瞬間、三人娘――純子、有紗、沙耶は既に次の矢を番えていた。
「沙耶、タイミング合わせて!」
「爆発はまだまだこれからだよー!」
狙い澄ました二撃目、三撃目が空へ放たれ、ドラゴンの巨体を翻弄する。
一方、その影に入り込むように突進する影――銀の短髪の剣士、〈斬光の刃〉のリーダー・刃だった。
「心臓部の下、鱗の隙間を狙う。援護頼む」
「了解、刃!」
副隊長の美鈴が大槍を回し、竜の前脚を牽制する。紅の短髪が宙を舞い、槍先が目の前をかすめた瞬間、ドラゴンの脚が一瞬浮いた。
そこへ――
「お待たせ! 俺の出番だな!」
陽斗が赤熱した剣を振り抜いた。
「《紅蓮斬牙》!!」
炎の波が螺旋を描き、ドラゴンの脚に巻きつく。咆哮が再び空に響いた。
直後、無表情な少女・結菜が一歩進み出る。
「冷やす」
短く言い、手を差し出した。
「《氷塊生成・零点針》」
白く光る氷の杭が五本、連続して撃ち出され、ドラゴンの翼の付け根を貫いた。
翼は、完全に封じられた。
同時刻、地上では〈嵐の盾〉の剛が盾を構え続け、再びドラゴンの突進を受け止めていた。
「ぐっ……まだッ、耐えられるぞッ!!」
剛の背後では、支援魔法を詠唱する少女の声が響く。
「《守護の紋章、展開!》 剛さん、もう一枚、バリア!」
愛梨の光が剛を包み、盾の輝きが増す。
「助かる、愛梨! ――澪、今だ!」
その瞬間、素早い影がドラゴンの脇腹へ滑り込んだ。
「一撃だけ、深く刺す」
澪の短剣が、刃の作った隙をすり抜けて傷口に突き立てられた。
毒か、魔法の刃か――ドラゴンの動きがわずかに鈍った。
「今よ!」
純子の合図に俺は、前線に飛び出す。
「明、炎を!」
「了解ッ、フレイムバスター全開だ!!」
――そして、俺は前へ踏み込む。
「鋼壁斬!」
剣がドラゴンの喉を貫いた。
叫びと共に、黒翼のドラゴンが大きくのけぞる。
零士が最後の判断を下す。
「総攻撃。全戦力、集中!」
斬光の刃、嵐の盾、そしてフォーカスのメンバーたち。全員の力が一つに集まり――
「――いっけーぇぇぇ!!」
炎、氷、光、爆裂。すべてが交錯し、ドラゴンの身体を撃ち貫いた。
凄まじい閃光と爆音が辺りを覆い尽くした。風が逆巻き、瘴気の嵐が巻き起こる。
討伐隊の一斉攻撃を受け、〈黒翼のドラゴン〉の体は無数の傷にまみれ、黒い血を流していた。
だが――。
その巨体はまだ、倒れていなかった。
呻きにも似た低い唸り声が、地の底から響く。
「……まさか、まだ……動くのか……」
刃が、剣を構え直しながら呟く。
次の瞬間だった。
ズズン……ズズズ……!
大地が鳴動する。崩れかけていたドラゴンの胴体が、ひときわ大きな呼気と共に隆起した。
その赤黒い瞳が、全員を睨み据える。
ドゴォンッ!!
瘴気が爆発した。まるで火山の噴火のように、ドラゴンの全身から瘴気の波が解き放たれたのだ。
「うわっ!? くっ、な、なんだこの瘴気の濃さは……!」
明が膝をつき、苦悶の表情を浮かべる。
沙耶、有紗、純子も口元を覆って後退する。
「回復が……通らない……!?」
愛梨が焦りの声を上げた。
「これまでとは比べものにならない……!」
零士が歯を食いしばった。
ドラゴンの口が、開いた。
喉奥で光が蠢いている。瘴気を凝縮した、災厄のブレス――。
「来るぞッ、全員、下がれッ!!」
剛が叫び、前へ飛び出す。
「俺が止める!!」
「無理だ、剛ッ!! その規模は――!」
刃が叫んだが、すでに剛は盾を構えていた。愛梨の魔法が急ぎバリアを張るが、それが間に合う保証はない。
そして――ブレスが、解き放たれた。
黒と赤の混ざった瘴気の奔流。それは、すべてを焼き尽くす濁流のように襲いかかってきた。
剛の盾が砕ける。
バリアが割れる音が響く。
「ぐっ……があああっ!!」
砕けた盾の破片が宙を舞い、剛の身体が瘴気の奔流に呑み込まれた。
「剛さああああんっ!!」
愛梨の悲鳴がこだまする。バリアは粉々に砕け、守るべき盾は、もうそこにいなかった。
黒煙の中に、赤熱した瘴気が渦巻いている。そこに剛の姿は――なかった。
「くそ……くそおおおおっ!!」
明が地面を殴りつける。沙耶が泣きながら矢をつがえ、有紗と純子も歯を食いしばる。
「全員、下がれ」
――俺は、思いっきり叫ぶ。
その声音は、今までにないほど静かで、底知れぬ怒りを秘めていた。
「卓郎……?」と、明が顔を上げたとき、周囲の空気が変わっていた。
爆ぜるような魔力の奔流が、地を震わせる。
「許さない」
俺は一歩、前に出る。
全員がその異様な気配に息を呑んだ。
「ジャッジメント!! この世界を穢し、仲間を殺した貴様に……裁きを下す!」
ミスリルソードを空へ掲げ、魔力を収束させる。光が剣先に集まり、天空へと放たれる。
《ジャッジメント》――それは天より降り注ぐ光の裁き。瘴気を貫き、魔を断ち、悪を焼き尽くす絶対魔法だ。
空が割れ、雲間から降り注ぐ一筋の閃光が、剣の形をした神罰となって黒翼のドラゴンへと叩きつけられる。咆哮が止まる。
その巨体が、まるで天に縫い止められたように動きを止めた。
黒翼のドラゴンは、閃光の巨大剣に貫かれていた。
空が裂け、大地が震え、瘴気が一気に晴れていった。
咆哮も、蠢く瘴気も、すべてが光の奔流に飲み込まれていた。
しばらくの静寂ののち――。
「……終わった……のか……?」
明が、膝をついたまま呟く。
風が吹き、重く淀んだ空気が晴れていく。
俺は、ミスリルソードをぐっと握りしめた。
仲間たちは、崩れ落ちるようにその場に座り込む。
だが――その視線の先には、誰もいない場所を見つめる少女がいた。
「……剛さん……」
愛梨だった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
もし、『続きが気になる』と思っていただけたなら、クマやページ下にある☆ボタンを押していただけると嬉しいです!
作者の励みになります! お手数だと思いますが、ご協力頂けたら本当にありがたい限りです <(_ _)>ペコ
 




