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馬車の車輪が石畳を叩いたとき、鼻に入ってきたのは懐かしい焼き菓子の匂い。俺たちは、ようやく帰ってきたのだと実感した。
自由商業都市『福佐山』、人口20万を超える北方地方有数の独立都市国家。南の東西に流れる大河ーー黒龍河ーーと西の赤龍河に流れ込む昇龍河を利用した物流拠点――俺たちが拠点にしている場所だ。通い慣れた門を抜けて進み、見慣れた木造の建物、冒険者ギルドが見えてきた。
「報告ついでにギルドに寄ろうか」
純子の言葉に、皆がうなずいた。
ギルドの扉を開けたとき、旅の埃と共に冷たい風が吹き抜けた。屋内の空気が肌に心地よい。午後の時間帯で、人の入りは少なめ。受付カウンターの奥には、いつもの彼女の姿があった。
「おかえりなさい、フォーカスの皆さん」
礼子さんが、顔を上げて笑った。黒い髪をかき上げ、仕事の手を止める。
「ただいまです。教会本部に報告と軽部村の事件、無事に終わりました。これ、報告書」
純子はサイドバッグから完了報告を取り出し、カウンターの上に置く。
「お疲れ様。記録結晶もあるのね。……ふむ、〈呪詛の王〉の名も報告にある。これはまた、物騒な名前」
礼子さんは紙束を読みながら、眉をひそめた。
「たしかに危険でした。でも、由里さんの助力もあって、なんとか突破できました」
「由里様が? それは……なるほど、報告と照らし合わせると、筋が通るわね」
礼子さんは一枚の紙を横に流すと、俺たちの顔を見て静かに頷いた。
「皆が無事で何よりね。……でも、この感じだと、そうそう休ませてもらえそうにないかもね」
「そういうものですか」
俺が、苦笑まじりに言うと、背後の扉が軽く開いた。
「おおっ、それに私の報告も聞いてくれたまえ!」
どこか誇らしげな声とともに、ロメオ・ヴァインが一歩前に出る。革のベストから顔を出したメモ帳がひらひらと揺れた。
「私が記録した〈古代の記録結晶〉の内容――翻訳にはもう少しかかるが、すでに『蒼穹の門』なる語句が確認されている! 由里殿の話とも符合するし、これは確実に次の手がかりだ!」
「蒼穹の門……」
礼子さんが静かに繰り返す。
「はや! 馬車の中で調べてたんですか? そこに、封印にかかわる何かがあるかもなんですね?」
有紗が驚き、ロメオが同意するように頷いた。
「そして、その門の場所に心当たりがある。旧王国時代の地図をもとにした、照合調査でね」
ロメオは一枚の紙を取り出し、カウンターに広げた。
「この位置にある――『ルドゥス廃城』。今は封鎖区域だけど、古代期の宗教施設跡でもあるらしい。記録にも、神に選ばれし者の試練の地、とある」
「次の目的地、決まりか? 古王の森はどうするんだ?」
明が腕を組み、低くうなる。
「あんたバカ。『ルドゥス廃城』のほうが先ってことでしょ」
純子が小さな声で答える。
「ギルドとしても、その情報は無視できないわね」
二人のやり取りを無視し、礼子さんがロメオの地図を見ながら、こちらを見た。
「ロメオさん、次の依頼として正式に申請しますか? フォーカスに指名依頼でいいんですよね」
俺は一瞬だけ仲間たちを振り返る。純子、有紗、沙耶、明、そしてロメオ。全員の顔に、確かな覚悟が宿っていた。
「はい。依頼として申請します。『ルドゥス廃城調査、フォーカスに指名依頼でお願いします」
「フォーカスも受けるってことでいいわよね」
俺たち全員が頷いた。
「了解。申請書を通して、すぐに依頼書を出すわね」
礼子さんがすっと書類に記入し、ギルド印を押す。
「記録結晶の翻訳に時間が欲しいから、1週間後に出発ってことでいいかな。勿論、馬車は用意するから一緒に行こうね」
「じゃあ、その間は何かほかの依頼をしてていいですよね」
「もちろん」
「まずは風呂でしょ」
「甘い物も欲しいなー」
「あ、それ賛成!」
「じゃあ、何か探そうぜ。明日からでいいよな?」
「「いぎなーし」」
なんだかんだで俺たちは次の日からまたギルドに顔を出すことに決めた。
礼子さんとのやり取りを終え、俺たちは掲示板へと向かった。
*
壁一面に広がる掲示板には、色分けされた依頼書がぎっしりと貼られている。白がDランク、青がCランク、赤がBランク……その中でも赤紙の一角に人だかりは少ない。挑む覚悟と力のあるパーティしか手を出さないからだ。
「さて。Bランクパーティとして恥ずかしくない依頼を選ぼうか」
俺の言葉に、純子が静かに頷く。
「1週間の空き。中堅任務で地元に貢献って建前は立てたいわね。報酬はほどほどでいいけど、格好つかないのは避けたい」
「派手にぶっ叩ける依頼がいいなあ。魔物退治、できれば手強いやつ」
明が赤紙の中から一枚を引き抜いた。
「……“緋眼の魔獣”討伐。南西の峡谷に出没してる獣型魔物。夜間の襲撃もあるらしい。生存者あり、負傷者多数……面白そうだ」
「面白くはないけど、Bランク依頼らしい緊張感ね」
純子が依頼内容を覗き込み、頷く。
「これ、周辺集落への影響も出てるんですね。村に薬を届ける隊商が襲われたとか」
有紗が静かに読み上げ、沙耶も顔をしかめた。
「それって……命がかかってるやつじゃん。討伐対象、もう駆除じゃなくて脅威排除って感じ?」
「間違いないな。しかもこの“緋眼”って特徴、普通の獣じゃない。変異種の可能性もある」
俺は依頼文の端に書かれた一文を指差す。
「夜にだけ瞳が赤く発光し、極端に俊敏になる……魔力適応型の個体だ。戦闘中に強化されるかもしれない」
「いいじゃん、それ。燃える」
明が不敵に笑い、純子が「はいはい戦闘狂」と呟く。
「これに決まりね?」
有紗が周囲を見渡すと、皆が頷いた。
「依頼書、持っていくよー!」
沙耶が赤紙を手に取り、カウンターへ駆けていく。
「……ルドゥス廃城に挑む前に、ちょうどいい肩慣らしかもしれないな」
それを見送りながら、俺は呟いた。
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