田所翔 ~血の鎖~番外編
鰻屋を営んでいる吉田は里親制度を考えていて、旧友の長谷川と話をするにつれて田所翔の存在を知る。鰻を焼かせればピカイチなのだが、人の事となるとお節介を焼いてしまう。そんな人のお話、お時間があれば読んでみて下さい。
『妻よしこの検証と吉田の後悔』
店に戻った吉田は余程のショックだったのだろう濡れた上着をカウンターの椅子にかけるとため息ばかりついていた。暫くして家の事を済ませた妻が店の様子を見に入って来た。ボーッとしてても仕方ないと吉田はカウンターの中に入り仕事に取りかかる。だが頭の中は翔を驚かせてしまった後悔の念が大河の如く流れ、ため息がナイアガラのように放出されている。少し青ざめた夫の顔には白糸の滝の如く線が降り、落ち込んでいるのが一目で分かる。そんな夫に妻は思う。まぁ夫の顔から滝が!!マイナスイオン!!浴びなきゃ浴びなきゃって思うかー。しびれを切らした妻は言う。
「仕事が手につかないようだけど、なんかあったのね。それよりもあなたびしょ濡れじゃない。先に着替えなさいな。」
濡れたポロシャツを脱ぎながら吉田は重い口を開く。
「翔君がこの雨でびしょ濡れだったから持ってたタオルで頭を拭いたらひどく驚かせてしまって走って行ってしまったんだ。辛い思い出を思い出させてしまったのか。ひどい事をしてしまった。」
「あら?翔君ってあそこのホームの子よね。それは大変だったわね。なんか乱暴に拭いたんじゃない?ちょっとよく分かんないから私で再現してみてよ。」と言うと、店の奥からタオルと吉田の着替えを持ってきた。吉田が新しいシャツに着替えて美子はタオルを吉田の頭にかけて言った。
「で、どうすればいい?」
タオルを妻にかけられて吉田が翔の役に、妻が吉田の役になった。そして吉田は自分のとった行動を妻に指示する。ややこしくなっている。それに気付かないまま再現が始まった。
「えっと・・・まず、左手で傘をさしてたから、右手にタオルを持って手を伸ばして、翔君は背が高いから脇はもうちょっと甘くなってたかな・・・えーっと・・・」
「こんな感じかしら・・・ってなんか、こう対面で脇がどうのってボクシングみたいだわ。こんなへなちょこなストレートじゃ勝てないわよ?それよりも最初にタオル出したら試合終了じゃない!!そもそも論よコレ。」
「え!?もう!!ボクシングの話なんかしてないだろ!!」
「ごめんなさい。でも一つ気づいたんだけど、あなたはあなたなのよ。」
「なにがだよ。」
「生まれた時からあなたはずっと吉田でしょ。
翔君の頭を拭いてあげた時もあなたはずっと吉田だったのよ。」
「それが原因だって言いたいのか?」
「違うわよ。吉田が翔君に何をやってもムダなんて、そんな身も蓋もないこと思ってても言えないわよ。」
「お前意外と腹で何思ってるか分かったもんじゃねぇな、こりゃ。」
「話が違うでしょ、私が翔君役をやらないとあなたが何をやったか分からないじゃない。」
「あぁそうか。ってタオルを俺の頭にかけたのはお前だろ?」
「あぁそうだったかしら。あなたの髪もまだ濡れてたからやる事がごっちゃになったのよ。ちょっと待ってて新しいタオル持ってくるわ。」
「これでいいだろ。」
「それはあなたの頭にかけたヤツでしょ。でも深い意味はないのよ。ほら、まだ頭濡れてるから拭きなさいな。」
「ったく。」
タオルを取りに行く妻の背中に夫は捨て台詞を吐く。
「吉田が何をやってもムダってオメェも吉田だよ。」そんな中、美子は慌てた様に声を上げる。
「分かったわ、分かったのよ。一応タオルは渡しておくわね。」とタオルを吉田に渡す美子。
「気付いちゃったのよワタシ。翔君、高校生よね?髪型よ。髪型を崩されるのがイヤだったのよ。思春期のあるあるじゃないかしら?」
「雨が降って濡れてたんだぞ?」真剣に落ち込んでる吉田をよそに妙にコミカルな対応をしてくる美子に違和感を感じ始めていた。
「そっかじゃ、再現してみてくれる?あなたと翔君の雨の出来事を私を使って。吉田劇場の始まり、始まり~!!」
「やめる。なんかお前に相談したのが間違いだった。」
「はい、そういう事言わずにさっさと私にタオルをかける。」吉田の腕を掴み無理やりタオルで頭を拭かせる。
「あなたの手が見える、タオルの隙間から。続けながら聞いて?なんで翔君は特別児童養護施設に入ってるの?」美子のその言葉に吉田の手は一時的に止まった。
「・・・お父さんから虐待を受けてたらしい。他所で言うなよ。」
ため息まじりに美子は言った。
「あなたも鈍いわね、そこよ。そこに何かあるのよ、きっと。」
ため息をつきながらあっさりと言う美子に吉田は蒼君が園を出て翔君が泣くほど落ち込んでいるという話はやめにして自分の見解を話した。
「大人に怖さを感じるんじゃないかな?大人全般に。施設のその蒼君とは明るく話してた。元々人嫌いってわけではなさそう。」
「ところで翔君とあなたはいつ頃知り合ったの?」
当然の質問だった。
だがそんな美子の質問に吉田は凍りついた。目がギョロッと飛び出し顔が青ざめている。
そして、手を頭にやり震える口を開く。
「まだ・・・だった・・・。」
「はい?」
魂が抜けおちた吉田は言葉が棒読みになっている。
「とおくからーはせがわくんとー、しょう君とそう君のーはなししてたーだけだったー。」
「え!?じゃ翔君はあなたの事を知らないって事?」
目が点になったまま頷く吉田。
「雨で視界が悪いなか、知らないおじさんが急にやって来て、タオルで視界遮ってきて頭掴んで来たって思ってるかも知れないわね。そのまま殴られるとこだったって思ってるわ、きっと。そりゃ腰抜かして逃げるわ。」
早とちりの失敗が全て走馬灯の様に流れ、ただ呆然とする吉田。そして、なすすべなくこぼす。
「ごめん、ちょっと・・・横になるよ。」
読んで頂きありがとうございます。
吉田夫婦と田所翔、この後のストーリーも本編にてご用意しております。宜しければ読んで頂ければ幸いです。
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