二人の転生者
アンジェ・ドロワーズとシャーロット・ヴァルロードは転生者である。
その事を思い出したのはアンジェは目の前で大人達が大勢で泣いている姿を見た時。シャーロットは自分に襲い掛かってきた男達をビール瓶で滅多打ちにした時だった。
アンジェはシャレーン王国の王都から離れた田舎の小さい村に産まれた。
田舎の村特有の陰険さはなく、田舎の良い所を抽出した様な村に産まれたアンジェはどんくさいマイペースな子供だった。そのどんくささは年子で産まれた妹にすら呆れる程だ。
それでも頼れる両親と優しい兄姉、呆れながらも慕ってくれる妹の元、優しい村人達に囲まれて穏やかに幸せに暮らす筈だった日々を壊したのは一枚の督促状だった。
『二万五千ルーベルだと!? そんな金こんな村に何処にあるって言うんだ!!??』
『そもそも警告一つもなかった。慌てて知り合いのお役人様に聞いたらお上から突然渡された物だと言われて……』
『きっとお上は村を奪おうとしているんだ! 二つ先の村もそれが理由で村を追い出された挙句、若い男は鉱山に出稼ぎ、若い女達は全員女衒屋の世話になってしまった‼』
『噂じゃあ周辺の土地を奪って何かの実験を行うらしい。何の実験か分からないが、主導しているのは王様だという噂じゃ』
『村を出たら俺達はどうやって暮らせば良いんだ!!?? 俺達は農家をして生計を建てているのにっ!』
『隣村で泊っている女衒屋に頼んで用立てるしか……でも身売り出来る子はドロワーズさんとこのお姉ちゃんしかいないぞ』
『あの子は村長とこの息子との結婚が決まっているじゃないか……そんな子に身売りは酷過ぎる』
『だとしても各家々で売れそうな物を売っても到底二万五千ルーベルを用意出来ない』
そんな絶望しきった顔の大人達を見て、アンジェはまるで雷に打たれた様な衝撃を受けた。
そしてその時に前世の記憶を思い出したと言う訳だ。
アンジェは偶々隣村に泊っている女衒屋を見た事があるが、その男蛇目は偶々二万五千ルーベルを持っている事を聞いていた。
その足で態々隣村まで走り、自分から見受けの話を持ち掛けたのだ。
あまりにも幼過ぎるアンジェに蛇目も最初は取り合わなかったが、アンジェの真剣な表情と『オラぁ子供だから色々と立派な娼婦になって売れっ子になるだぁ』と宣言した事に気に入り、アンジェを二万五千ルーベルで買い取ったのだ。
勿論、家族や村の人達はアンジェの身請けに大反対したのだが、だからと言って良い案があると言われたら黙るしかなく、泣く泣くアンジェを売るするしかなかった。
シャーロットはシャレーン王国の隣国にあるスラム街で産まれた。
両親は物心つく頃にはおらず、幼かった頃はスラムの子供達とつるんで過ごしていたが、段々とシャーロットが美しくなるにつれて他の女達が嫉妬して、シャーロットを追い出した。
追い出されて一人になった時に質の悪い大人の男達に囲まれて、酷い事をされそうになったが、他の体格の良い男の子達から簡単な護身術を習っていた事と偶々落ちていたビール瓶を使って大の男の大人達五人を地面に血だらけにして倒した。
その時に前世を思い出したのだが、シャーロットは結構イケイケな不良だった前世を思い出した。
そこでシャーロットは『こんなスラム街で一生を過ごす位なら、外に出て一発逆転を狙おう』とスラム街を出る事を決意。
偶然にもアンジェをヨシワラに連れて行く最中だった顔見知りの蛇目と出会い、自らを売り込んで身請けする事になったのだった。
因みにシャーロットを追い出した女の子達の報復は、彼女達が憧れていたリーダーの男の子にその事を密告して嫌われた事でチャラにした。(シャーロットの様に追い出されないだけマシだろう)
居合わせたアンジェとシャーロットはヨシワラまで道中に、互いが転生者でしかも|同じ小説が好きだった事が発覚して大いに盛り上がった。
そしてアンジェの産まれた国が自分達が好きな小説の舞台となっている国だと分かり、自分達は大好きな小説の世界に転生した事を一度は喜んだが、直ぐに落ち込んだ。
「もうシャレーン王国から離れちゃったし、年代から見て小説のストーリーから三年後の世界にみたいだしねぇ。もう原作終わっちゃっているわ」
「仕方がねぇです。オラ達は自らの意思で娼婦になる事に同意したんですから。……でも推しに会いたかったなぁ」
「因みにアンジェちゃんの推しは」
「フローレンお姉様」
「私もよ!」
二人は一度は落ち込んだ気持ちを互いの推しキャラの話題で何とか忘れる事が出来た。そしてその推しキャラと会う事がないだろうと先程よりもかなり落ち込み、色々と勘違いをした蛇目に慰められたのであった。
連れて来られたヨシワラと言う国は、アンジェ達が今まで住んでいた村や街よりもかなり発展していたヨシワラに二人は驚いていた。
住んでいた人達も皆活気があって明るい顔の人達ばかりだ。売っている商品も見た事がない物や明らかに新鮮な食材ばかりで此処がどれだけ豊かな事が幼い二人でも理解が出来た。荷馬車はそのまま真っ直ぐに進み、お城の様に大きくはないが、それでも二人が今世では見た事がない立派な屋敷に着いた。
『軽井沢の別荘みたい……』
『いや、軽井沢の別荘よりも金が掛かっているでしょ。家具もシンプルな奴だけど明らかにサラリーマンの年収位はありそう……』
屋敷の中は豪華絢爛ではなくシンプルながらセンスのある高級そうな家具を壊さない様に身体を縮ませて歩く二人。
蛇目に連れられた部屋の扉の前にキッチリと髪を纏めた眼鏡を掛けた所謂有能な秘書さん風の綺麗な女の人が待っていた。
「よぉアルカード」
「後ろの子達が今回の子ね……道中はどうだった?」
「やっぱりシャレーン王国近辺は荒れているな。破落戸共が国に入国しない様に騎士団員入国に関しては厳しくしているが、出国の方はかなりゆるい、と言うか明らかに見逃している」
「その様子だと周辺諸国もシャレーン王国の難民が増え始めている様ね。……兎も角、フローレンス様がお部屋でお待ちです」
『《フローレンス様》?』
『フローレンお姉様と名前が似ている人なのね』
彼女達がコソコソと話している最中に扉が開いた。扉の先には……
二人が会いたくて堪らなかった、フローレン・メイリス・シフォンズが眼鏡を掛けて妖艶を隠しきれない優しい微笑でアンジェとシャーロットを迎え入れてくれた。