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星を旅するある兄弟の話  作者: ポン酢
ラブレターズ
6/13

寄り添う面影

夜番の仮眠から抜け出して、コックピットに出た。

明かりをつけずにそこに立ち外を眺める。


もうコールドスリープへの準備作業が進み、船内には活動状態の動植物は兄と私しかいないので夜番をする必要はないのだが、なんとなく起きているうちは兄も私も夜番は行っていた。


子供の頃、地球で見上げた夜空。

そこにはたくさんの星が夜闇に浮かんでいた。


「まさかそれをゼロ距離から見る事になるなんて、あの頃は考えても見なかったな……。」


大型の窓から見える宇宙。

地球を飛び出してしまえば、視界に飛び込んでくるのは、恒星ではなく光らぬ無数の星々。

そして星になりそこねたモノたち。

暗い宇宙空間を漂う彼らは、いつも無言で彼方の辺境惑星から来た田舎者を冷めた目で一瞥していた。


この船はどこに行くのだろう?

どこまで行くのだろう?


コックピットでは自動測定器が様々な事を記録観察しており、微かな機械音が常にしている。

目を閉じれば、それはどこか森の中の音に似ていた。

木々の葉が風に揺れて囁くその音。


『……おやすみになられるのでしたら、ベッドないし仮眠室の方がよろしいかと。ドクター。』


姿なき声が控えめにそう告げる。

私は薄く瞼を開き、微笑んだ。


「寝てないよ、ノア。」


『その様ですね。』


くすっと笑うようにノアは答えた。

AIなのに受け答えが本当に人間のそれだ。

それは当時の最新技術の結晶だからでもあるし、プロジェクトチームの知識と情熱と努力の賜物でもあるし、AIとして日々学習している成果でもある。


だが、もう一つ理由がある事を私は知っている。


「……離れても面影だけでも側にいたい、か……。」


ノアを最終調整した人の事を思う。

それをいじらしいと思うか執着と思うかは人によって違うだろう。


「……と言うか、言葉づかいが違うとはいえ、ここまで似てたら普通気づくもんだけどな。」


『ふふっ。おそらくブレインマザーなら「そんなところが愛おしい」と仰ると思われます。』


「変わってるよな、義姉さん。あんな猪突猛進な馬鹿のどこが良かったんだろ?」


『そうですね……データからの解析結果では、「君には理解不能な部分が魅力的」と80%の確率で言われたかと思います。』


「なるほど。確かに義姉さんが言いそうだ。」


ノアの答えに思わず笑う。

確かにあの人ならそう言っただろうとリアルに想像できた。


ノアのブレインマザーは兄の妻である義姉さんだ。


長期間にわたる宇宙空間での生活で少しでも精神が安定するよう、搭載AIは人対人と同等レベルまでの対応を可能にする為、プロジェクト関係者全員がプロジェクトが始まったその日から毎日の生活を24時間データをとり、それを集計記録としてパターン解析した。

その他にもテレビからのデータや過去の実験データ等も取り込み、人対人で話した時にどの様に反応するかという膨大な元データを作り上げた。

そしてそれに倫理概念や精神心理学の知識を加え、さらそれを研ぎ澄ませていく。

その中で搭乗者である私と兄の嗜好に配慮するパターンを加え、ノアのブレインの原型を作った。

原型から私と兄の身近な数人の言動パターンを優勢に設定し、その他のデータは劣勢に設定した。

そして最終的に「ノアの言動パターン」を一人の人物の言動パターンが最優勢になる様に調節した。


それがブレインマザー。

つまり義姉さんだ。


単に元のデータの中で最優勢になる様に調整された訳じゃない。

そうなるからには他人の倍以上の詳細データ、危機的状況下や特殊環境でのデータなど、過酷とも言える条件を満たす必要があった。

それを義姉さんは体内に命を宿した状態でこなしたのだ。


もちろんブレインマザーが義姉さんである事に気づいていない兄はその事を知らない。


私はそうなる可能性を考え、そうしないようにと釘を差しておいた。

義姉さんとお腹の子に何かあったのでは本末転倒なのだからと。

しかし兄と私が閉鎖環境長期訓練中に義姉はそれをこなしてしまった。

ノアのテスト稼動時に私はブレインマザーが義姉さんである事に気づき、問い詰めた。


そうしたらどうなったと思う?


義姉はムッと私を睨んだ。

そして言ったのだ。


『君にはわかんないかもしれないけど、これは絶対に譲れない。私は一緒に行けないのだから、せめて面影だけでも彼の側にいたいの。わかる?私の気持ち?』


常に聡明だった義姉が妬ましそうに私を睨む。


ああ、そういう事か……。

私はそれを理解し、そして理解できなかった。


義姉さんは私に嫉妬していたのだ。

これから兄と星を旅する私に義姉さんは嫉妬していたのだ。


だがそこで、


「いや、俺、別に好きで兄貴と一緒に船に乗る訳じゃねぇし。」


とは言えなかった。


正直、ちょっと面食らった。

兄と義姉さんとそして産まれてくる子供の為に船に乗る事にした私に、まさか義姉さんがこんなにも嫉妬心を持っているなどとは考えた事もなかったからだ。


義姉さんは聡明な人だ。

私が何故、船に乗ると申し出たのか理解していた。

それが正式に決まった時、「ごめんね、ごめんね……」と涙を流していた義姉さんの気持ちに嘘はなかった。


だがそれを理解していても、超えてくるものがあったのだ。


ツンッと私を睨んだ後、義姉さんは直ぐに申し訳なさそうに俯いた。

小さく「ごめん……」と呟いて、ぎゅっと服の裾を握り締める。


ああ、女の人なんだな……。


何故かそんな事を漠然と思った。

女の人という言い方はあまり良くないかもしれない。

だがそこに、自分の中にはない、複雑で、それでいて燃えるような真っ直ぐな想いを感じたのだ。


乙女心、もしくは恋心というものだ。


兄を単純バカとよく言っていたが、私自身も単純な男だったのだとその時気づいた。

義姉の複雑で燃えるような想いを目の当たりにし、自分も単純な思考の生き物に過ぎないのだと思った。


「寄せる想いの波間を気づきもしないで、そこを笑顔で全力疾走を続ける脳筋バカよりはマシだと信じたいけどさ……。それでも俺はあの時あの瞬間まで、義姉さんが抱えていた複雑で理屈では説明できない真っ直ぐでそれでいてマグマみたいに奥底をどろりと蠢く燃えるような感情に気付なかったんだ。気づいた後も本当の意味でそれを理解できていたかって聞かれると、できてないだろうなとしか言いようがない。」


むしろ良い事をしたんだと無意識に鼻にかけていたと思う。

全く傲慢な人間だった。


だから私はそれに気づいてサイトに上げていた全ての話を消去した。

出発が近づいていたので直ぐにそれをする事ができず、それをしたのは結局、地球を旅立って最初のコールドスリープを終えて目覚めた時だった。

遠く離れた宇宙から送った指示がきちんと届くのか、時差を経てそれがきちんとそれが行われるのか気になったが、次のコールドスリープから目覚めて確認した所、時差を越えて届いた情報では上手くいったようだった。


『……書かれないのですか?ドクター?』


「え??」


『お話。』


ノアに言われた言葉が瞬時に理解できなかった。

言葉に詰まったが、姿のないAIの表情を読み解く事はできない。


「……ノア?」


『書かれないのですか?』


「……どうしてだ?」


『……………………。』


ノアはそれ以上、何も言わなかった。

そのAIとは思えない反応に私は戸惑う。


それはあの日、自分を睨んだ義姉の恋心を垣間見た瞬間を思い起こさせ、私を動けなくさせた。

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