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星を旅するある兄弟の話  作者: ポン酢
ラブレターズ
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天狼の涙

彼は船のマスターシステムのサブウィンドウを開き、そのまましばらく何もしなかった。


6日後にはコールドスリープに入る。

その前に返事をしなければ、彼女がそれを読む事が出来なくなってしまうかもしれない。

光の速さでも恐ろしい時差があるのだ。

1日でも早く書いた方が、彼女が読んでくれる可能性が大きくなる。


だが、彼の手は止まったまま動かない。


こんな時、弟の才能が恨めしい。

あいつなら悩みながらも相手の心に残る文章が書けるだろうと思う。

なのに自分には何を書いていいのかわからない。

良くも悪くも率直な自分は、勢いのまま書くとその気はなくとも相手を傷つける言葉を書いてしまいかねない。

それが怖いのだ。


最後になるかもしれない手紙。


側に居れなくとも、せめて心だけは笑い合って寄り添っていたいから。


『…………キャップ。』


控えめな声が響く。

それに顔を上げ、苦笑いする。


『差し出がましいようですが、何かお手伝いが必要でしたらお呼び下さい……。』


全く。

人工知能とやらは本当に頭が良い。

どこの誰が「ノア」をプログラミングしたのだろう?


彼はそんな事を思た。

確かスティーブとサリナがメイン開発担当だったが、チーム全体で意見を出し合っていたし、なんだかんだ色々な人が関わっていたと思う。


「ありがとう、ノア。でも、こればっかりは、自分でやらないと意味がないんだよ。そのままスリープしていてくれ。」


ノアは返事をしなかった。

言われた通り、何も見なかった事としてスリープ状態になってくれたのだろう。

本当にできたAIだ。


ふぅ……とため息を吐き、目を閉じる。

宇宙の中はほぼ真空で無音だ。

だからそこに放たれると、普段は聞こえもしない自分の呼吸音、脈音、心音、筋肉の動く音、骨の軋み、ありとあらゆる音が聞こえてくる。


「……静かすぎると、かえってうるさいんだよ。本当。」


弟と二人だけのこの船での生活は、静かなようで実はなんだかんだで騒がしい。

(弟に言わせると自分がうるさくしているらしいが)

だからこうして活動時間を終えると、急にツン……ッと無音が訪れる。

弟の繁殖させていた食用家畜も殆ど処理が終わってしまったから、音を立てるものが何もないのだ。


画面を切り替え、それを見つめる。

映し出される映像に触れる事はできない事が、まるで二人の今を表しているような気がした。


普段は底抜けに明るい彼の顔に陰が落ちる。


彼女はもう、写真を送ってくれなくなった。

その意味を彼は理解していた。


綺麗な自分だけを覚えていて欲しい。


いつだかそんなメッセージがあった。

だから彼女は写真を送ってくれないのだろう。

彼女の心に寄り添うなら、どんなにしわくちゃになっても君は綺麗だなどと言うべきじゃない。


画面を切り替え、画像ファイルを開く。


そこにははじめのうちはお互いのビデオレターなどもあった。

しかし地球との距離ができると破損も多くなる事から、データ送信の負荷を減らす為に文字データと数枚の静止画像のみに限定された。

その中。

彼女の写真が減り、代わりに増えた息子の写真。

そんな息子の中に自分と彼女の両方の面影を見た。


この旅は、はじめ彼女と行く事になっていた。


初めてプロジェクトメンバーとして顔を合わせた時、柄にもなく雷が落ちた。

固まった彼を弟が怪訝そうに見ていた。


たくさん話し、たくさん言い合い、やがて……。


互い恋に落ちた。

この船の搭乗者にお互いが決まった時、彼はこの船に人生のすべてがある気がした。


だが……。


彼女の妊娠が発覚する。

お互い気をつけているつもりだったのに、浮かれていて隙があったのかもしれない。


喜びと絶望が一緒に訪れた。

そんな感じだった。


その時に弟が言ったのだ。


「もし、辛くないなら義姉さんは地球に残って子供を産めよ。船には俺が乗る。」


散々悩み、話し合い、そして今がある。


「たとえ地獄の果てを探す旅でも、君と二人なら何も怖くない……。俺達、同じ気持ちだった……。でも、子供ができたとわかった時、俺には最果ての彼方に君と息子を連れて行くなんて事は考えられなかった……。」


それは君も同じだった。

そして君は言った。


あなたの帰りを私は待てないだろう。

でも、代わりにあなたの子孫が待っているから……。

あなたの血をこの地球上に絶やさず守るから……。


それでいいと思った。

でも、それでもやはり一人、人工的に作られた永遠の中に残される事は想像以上に辛かった。


「…………光の速度から計算して……多分、君に贈る言葉はこれが最後になる……。」


そう思うとどうしても言葉が出ない。

最愛の人に何を語れば良いのか、どうしてもわからない。


そこで彼は、先に息子に当てたメッセージをも書く事にした。

何故か簡素な息子からのメッセージに目を通して苦笑した後、素早く入力操作をしていく。


『メッセージありがとう。これが届く頃は同い年かもっと年上になっているだろうな。わかっていたことだけど何かびっくりしている。次の事を考えると下手をしたらお前に孫がいるかもしれないと思うと、妙な気分になるよ。………………』


書きながら、会う事もなく息子はいずれいなくなってしまうのだと痛感する。

目頭が熱くなる。

でも、暗い事は書きたくなかった。

たとえ会えなくとも、明るい父親でありたいと思った。


書き終え、しばらく泣いた。

こんな顔は弟には見せられない。

自分と彼女と息子の為に、この船に乗ってくれた弟には……。


「……単に癪だからってのもあるけどな。」


鼻を啜って、顔を上げる。

そして彼女にメッセージを書いた。


不思議と今度はすらすらと言葉が出た。

出会った頃から今までの素直な気持ちをそのまま書いた。


それが正解なのか間違っているのかわからないけれど……。









「…………………………。」


「何だ?変な顔して??」


次の日、彼の顔を見た弟は、物凄く変な顔をした。

そして一人百面相で悩み抜いた後、はぁ……とため息をつく。


「……なんだよ??失礼な奴だな??」


マズそうにコールドスリープ前の食事を口に運びながらそう言う兄を弟は複雑な表情で眺める。


昨日の休眠時間帯、兄がメインシステム室に篭っていた事に弟は気づいていた。

それが何故なのかも……。


(滅茶苦茶、目が腫れてんのに気づいてないのか……バカ兄貴……。鏡ぐらい見ろっての……。)


そして軽く頭を掻き毟った。

タブレットを取り出し、メッセージ画面を開く。


『おい、北斗!なんで言わないんだよ!義姉さんが地球でコールドスリープに入ってバカ兄貴を待つって事!!サプライズとか言ってんじゃねぇよ!!クソ兄貴、隠れて滅茶苦茶泣いてんだけど?!俺、黙ってなきゃならねぇのかよ?!』


それを甥っ子に送ったところでその苦しみから解放されることはない。

何しろこの文句が届く頃には、すでにかなりの時間が経過しているからだ。


それでも優しい叔父は、メチャクチャ懐かれている逢った事のない甥に文句を言わずにはおれなかった。

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