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星を旅するある兄弟の話  作者: ポン酢
ラブレターズ
3/13

形なき手紙

はじめそれを見つけた時、私は「んん?」となった。

よくわからないが妙に気になったのだ。


ノアが修復し、船で閲覧可能になった地球から送られてきた定期データの中から、個人趣味として登録しておいた地球の一般Webデータの塊。

休憩ついでにノアがキャンペーンと言っていたそれらを覗き見ていた時のことだ。


どう気になったかといえば、何かを思い起こさせた。

かつて自分が紡いだ荒削りな無数の言葉。

じっとそれを見つめて無意識に顎の辺りを押さえていた。

いやだが……それはないだろう。

もしそれを気にしたとしたら、私はとんだおこがましい勘違い野郎ではなかろうか?

厚かましいにも程がある。

どうも来週にはコールドスリープに入らねばならないタイミング的に、憂き目を感じて情緒的になっているようだ。

それにと、つんっと画面を弾いた。


「俺の話にそんな熱烈なファンはいないっての。」


画面に映し出されている1つの物語。

その話の作者は、ある個人が無料の投稿サイトに上げていた物語に惚れ込んでしまった。

しかし投稿サイトにはそれこそこの宇宙の星に等しい数の物語が投稿され、そしてさらに無数の物語が日々投稿されていく。

そして人気のない作品は埋もれてしまう。

ブックマークもしていたが作者が非公開にしたのか削除したのか、いつの間にかなくなっていた。

それからその人は探して探して探しまくったらしい。

けれどそれは、数え切れない銀河を幾つも抱え込んだ膨大な宇宙の中から、たった1つの星を探す事に等しい。

太陽の様な恒星ならまだ探せる可能性もあろう。

その周りを回る惑星なら、奇跡的に見つけられるかもしれない。

惑星にとりつく衛星なると、限りなく不可能に近い。

それ以外の天体となると、ほぼ間違いなく見つけ出すのは不可能だろう。


しかしその作者は諦めなかった。


だから話を書いて上げたのだそうだ。

どこかで原作の作者が気づいてくれる事を信じて……。


その作者の書いた話は、かつて私が書いた話にどこか似ていた。

似ているというか、主人公と宿敵の立場を変えた様な内容に私には思えた。

私が主人公から見た話を書いたとすれば、この作者は宿敵側から見た話を書いている。


「……いや、だがな?うん……。」


多分、思い違いだろう。

何しろ私がそれを書いた時、そして上げていた時、特に何の反応もなかった。

話だって、誰だって思いつく様な内容だ。

似たような話は五万とある。

だからその似たような話のどれかをこの作者は探しているのだろう。

第一、私の書いていた話の対として書いたとしたならば、あまりにも作風の色が違う。

私の書いた話はかなり荒削りの乱暴な話だった。

この作者の話の優しく柔らかいそれらとは大きく異なっている。


「……………………。」


だから違うとわかっている。

わかっているのにどこかで何が引っかかる。

何故、私はこの人の話にこんなにも引っかかりを感じるのだろう?

自分でもよくわからない感覚に困惑した。


そこにバタンと人が入ってくる。

疲れきったようにだらりと体を動かし、その人は作業スーツのアンダーウェアを面倒そうに脱いでいく。

それを見ながら、私はタブレットの電源を落とした。


「お前……。また例の地球の一般WEB見てたのか?好きだな。」


「うっせ、黙ってろ。クソ兄貴。」


「もう、俺らの事なんか覚えてる奴はいないだろうってのに。」


「……だな。」


そうだ。

私達を覚えている人など、もういない。


ああ、だからだ。

私は急にその話が妙に引っかかった理由がわかった。


この話に自分の話との僅かな類似点を見出して、自分と地球にまだ繋がりがあるのだと思いたかったのだ。

だから違うと理解しながらも、そうなのではないかなどとありえない事を考えたのだ。


ぽすんとソファー兼ベッドに寝転んだ。

もう私達を覚えている人はあまりいないだろう。

正確には「地球にいた時の私達を」だけれども。


そんな自分を皮肉げに笑う。

平気だと思っていたけれど、予想に反して無意識な郷愁が自分にはあるのだと知った。

どこかそんな思いに飲み込まれそうになる。


だが……。



「今日の飯、何?」



そんなノスタルジックに浸る暇はこの船にはない。

兄の発した哀愁もクソもない言葉に私は一瞬無言になり、諦めたように顔を上げた。


「何もクソも……。1週間後にはコールドスリープに入んだから、いつも通りに決まってんだろ?!」


本当にこの男には情緒がない。

そしてそんな空気を読まないマイペースさに、何度も救われてきた。

私の言葉に何故か兄は大袈裟に驚いている。


「えぇ?!もうそんな時期かよ?!あ~!!またあの変なもん食うのかよ……。」


芝居がかった仕草をした兄は、げっそりしたようにその場にしゃがみこんだ。


全く……。

スケジュール通りに動いているのだし、コールドスリープだってもう何度も行っているのに、何故、今はじめて聞きましたとばかりにショックを受けて落ち込めるんだか……。


私はそれを無視して再度タブレットの電源を入れる。

生産した食料の保存スケジュールを確認する為だ。


「……地球をたって、どれぐらいになるっけ?」


ふと、兄にしては珍しい事を聞かれた。

そんな事を気にするタイプではない。

ましてやこんな何かを含んだように聞いてくるヤツでもない。


ちらりと顔を見やる。

そしてとこかでそれを理解し、素知らぬ振りで答えた。


「……俺ら的には数年もないだろ。」


「まぁ……な……。」


兄が何を聞いたのかわかっていて、私はあえてそれに答えなかった。

それを考えだしたら終わりだからだ。


「あんたがそんな傷心なのは珍しいな?どうした、兄ちゃん??」


随分と珍しい事もあるものだ。

唐突に意地の悪い悪戯心が芽生え、わざとそんな言い方をしてみた。

兄は案の定、わかりやすくムッと顔を顰めた。


「兄ちゃんとか言うな!気色悪い!!」


「へいへい。」


単純な兄は、絵に描いたようにストレートな反応をして腹を立てていた。

その事が妙な安心感を生む。

苛立つ兄に適当に返事をして私は体を起こした。


この無限の果てを目指す旅の相棒が兄だというのが、最悪であり最良だった。


そしてタブレットの画面を切り替える。

心に引っかかったその物語のトップページをもう一度だけ見つめた。

今更地球に後ろ髪を引かれているつもりはなかったが、心のどこかで無意識にその繋がりを求めていたに過ぎないのだろう。

そう結論づけて、私は画面を閉じた。

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