六
白石さんと一緒に一組の教室に着いたら他のクラスの人達もいてガヤガヤしていた。でも教壇には先生がいる。え? どういう状況? 先生は僕達に気付いた。
「あ、来た来た。忘れてたのか? お前らもはやく座ってプリントやれよー」
「はい」
僕達は左の一番後ろの席だった。僕達より前の席は皆一組なのか? 一組はどんだけ社会できないんだろうとか思った。いや僕もだけど。白石さんは僕の右隣に座った。クーラーが涼しい。
シャーペンを出してプリントを見るとひたすら問題を解くだけの物だった。先生は教壇に座って前の席の生徒と話し始めた。若くてフランクで人気のある先生なんだよな。今日は授業はしないのか。他の人も好き勝手話しながらプリントを解いている。
「教科書無いと分かんないねこれ」
「あ、うん」
白石さんは教科書を僕達の机の間に置いてくれた。
「使っていいよ」
「ありがと」
そう言って僕は教科書をめくって一問目の偉人を見つけ、プリントに答えを書いた。書いている間に白石さんはページをめくり二問目の偉人を探していた。僕は二問目は分かったけど三問目の出来事が起きた年月が分からなかったので白石さんが二問目の答えを探すのを待った。白石さんの白くて細い指がページをめくる。白石さんが目的のページを見つけて動きを止めると、僕が待っている事に気付いて顔を上げた。僕達は目が合うとおかしくなってクスクス笑った。
「待ってたの?」
「もう一緒に解こうか」
「うん」
僕達は答えが二人とも分からなかったら白石さんがページをめくって答えを見つけるというスタイルを築いた。慣れてくると二人で話しながらこなせるようになった。そもそも周りは解かずに遊んでいる人もいるみたいだったけど、この状態じゃ別にやる事も無いし、二人で話しながら僕らは時間いっぱいプリントを解いていった。
「白石さんて何部なの?」
「卓球部」
「あ、そうなんだ。なんで?」
「ボール当たっても痛くないかなって」
「なんでぶつかる前提で部活考えたんだろ」
「え、だって当たったら痛いし」
「ああ……うんそうだね」
「でもテニスでも良かったかも。痛くないでしょ?」
「そもそもそんなに当たらないなあ」
「あ、そっか。広いしね」
「広い……ね」
「うん」
「あ、これ確かワシントンだよ」
「はい」
白石さんがカリカリと答えを書き込む。白石さんのシャーペンのノック部分に猿が付いていた。
「そういうのどこに売ってるの?」
「これ?」
「うん」
「駅前の文房具店。かわいいのが並んでる所があって」
白石さんが教科書を見ながら長い髪を左手でそっと掻き上げて耳にかけた。
「へえ」
駅は僕の家からは割と遠い。わざわざ文房具を買いにあそこまでは行かないな。
「あった。法隆寺」
「法隆寺ね」
僕は法隆寺と書いた。「隆」が分からなくて教科書を覗いたら、白石さんも同じタイミングで覗き込んだから顔が凄い近くなってしまって、僕は自分の顔が赤くなってないか心配になった。白石さんの髪の毛からいい匂いがした。
「男の子はどこで文房具買うの?」
「え? どこでも良くない? 気にしないけど」
「そういうものなの?」
「そういうものです」
「ふーん。変なの」
「変じゃないよ別に」
二人でクスクス笑った。
社会の夏期講習は一時間が三日間ある。その間僕は白石さんと話しながら問題を解いた。解いた問題はさっぱり頭に入らなかったけど美守以外の女の子とこんなに長い時間話すのは初めてだ。美守は僕以外の男の子とこんな風に話したりするのかな。
午前中の残りは部活に戻って、午後は昼寝したら美守が家に来て僕の漫画を読み始めたから僕はゲームしてた。二日目も同じように過ごした。漫画とゲームは反対だったけど。美守にどうだった? て聞かれたけど美守以外の女の子と仲良くしてたなんて恥ずかしくて言えなくて、僕は別にただプリント解いただけって答えた。
三日目のもうすぐ終わるって時だった。
「ねえ浦山君」
「ん?」
白石さんは僕が聞き取れるギリギリの声で言った。
「えっと……番号交換しない?」
「あ……うん、いいよ」
僕は白石さんと連絡先を交換した。
「その……浦山君話しやすいから、さ」
「あ、うん。僕も思った」
「美守ちゃんに怒られちゃうかな」
「え? なんで」
「その……付き合ってるんでしょ?」
「え……いや、付き合って、ない……けど」
「あ……そうなんだ」
「そう……だよ」
僕は次に何て言っていいか分からなくなって何も言えなかった。白石さんも急に下を向いて何も言わなくなった。何か言わなきゃって思った。
「あ、えっと」
「うん」
白石さんが僕を見た。何を言おうとしたんだっけ? その時チャイムが鳴って僕達はビクッとなった。先生が頬杖を突いたまま言った。
「はい今日で終わりね〜。お疲れさん!」
他の皆がバタバタと立ち上がった。
「あ、僕達も行こっか」
「あ……うん」
僕は立ち上がった。何だか恥ずかしくて白石さんの顔が見れなくなったのでそのまま教室を出た。白石さんもついて来る。
廊下に出ると壁に美守が寄りかかっていた。
「美守」
美守は僕に気付くと壁から離れて僕に敬礼した。
「お勤めご苦労様でした」
「あ、うん」
僕はなぜか美守の登場に安心した。白石さんが美守に気付いた。
「あ、美守ちゃん」
「早紀! ごめんねうちの翔がご迷惑をおかけしまして」
「う、ううんそんな」
「別に迷惑なんか掛け……」
僕は反論しようとしたけど、白石さんが持ってる教科書を見て三日間ずっと借りっぱなしだったのを思い出した。
「掛けてた。ごめん」
「ううん、大丈夫……です」
白石さんは僕を見た後下を向いた。僕もさっきの会話を思い出して何だか恥ずかしくなって、白石さんの前でポリポリと顔を掻いた。目のやり場が無くて横を向いたら突然美守がひょこっと覗いて来た。美守が満面の笑みを浮かべている。
「な、何だよ」
「ご提案があります大将!」
「な、何?」
「せっかくなんでこの夏の間に私が勉強を教えてあげよう!」
「ええ〜……」
せっかく夏期講習が終わったのに。
「早紀も入れてさ。三人で勉強しよ?」
白石さんは驚いて顔を上げた。
「私も?」
「うん。せっかく仲良くなったんだからさ! 翔の家に呼んで皆で勉強したいの」
「僕の家に? 美守んちじゃないの?」
「まだ私の部屋に翔を入れるのは早いです」
「何だよそれ」
白石さんと僕の家で勉強? 白石さんと目が合った。白石さんは顔が赤くなって僕から目を逸らしながら言った。
「いいよ」
「決まり! じゃあグループトークに招待して……」
二人は僕を置いて勝手に話を進めていった。明日から家に二人が来る事になった。お母さんに何て説明したらいいんだろうか?
「じゃあ、私卓球部に行かないといけないから」
「うん」
「じゃあね」
「バイバイ」
白石さんは僕にも手を振った。
「じゃあね」
「あっうん」
白石さんがいなくなると美守は僕を見て笑顔で言った。
「どう?」
「何が?」
「かわいいよね、早紀」
僕は自分の顔が熱くなったのが分かったので、窓から外を見てテニスコートが気になっているふりをした。




