表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

 僕は中学生になった。と言っても中学校は小学校のすぐ近くで信号を一個向こうに行っただけだ。それでも制服を着て違う校舎に行くと気分はだいぶ違う。学校に行こうと思って黒い学生服を着て美守を呼ぶと、美守は鼻息を荒くして僕を見ていた。犬みたい。

 美守は中学でもクラスも同じだし部活も一緒で、結局登校も一緒だ。美守はにこにこしてた。僕も新しいクラスが皆知らない人だと困るから嬉しかった。たまに夫婦とか言われて冷やかされる事もあるけど仕方ない。今さら話さなかったり朝練も同じ時間なのに別々に登校するのもそれはそれで変だし、僕は気にしない事にした。ていうか健も聡も同じクラスなんだから僕達だけ夫婦とか言われても困る。

 中学校では一応何か部活に入らないといけないから僕はソフトテニス部に入った。本当はバスケ部に入りたかったけど、うちには女子バスケ部しか無かった。美守もテニス部に入り、健と聡は陸上部に入った。大悟は野球部に入って坊主頭になり、皆は似合わねーって言って笑ったけど大悟は楽でいいやって言って気にしなかった。一回坊主になると伸ばすのが逆に面倒になるとか言ってた。


 一年は球拾いっていうのがだいたいお決まりの展開だけどここはそうじゃなかった。もちろん球拾いもしたけど部員数が少ないから、素振りして少しボールをラケットの上でポンポンと連続で打てるようになったら、コートに入ってすぐ打たせてもらえた。一学年に十人くらいずつしかいないから、割とすぐ先輩達と一緒にコートで練習できるようになった。

 最初は部室にあるラケットを借りてたけど、お母さんに自分のラケットを買ってもらった。美守の両親は仕事で出られないから一緒に行ってくれと頼まれて美守も連れて行った。スポーツ用品店に行ったら、面のすぐ下に穴が開いてるのと開いてないのがあったけど、穴にボールがはまったらどうしようとか思いながら僕は穴が開いてない方を選んだ。

「それ硬式用じゃない?」

「あれ? ほんとだ」

 美守がいなかったら危うく硬式用のラケットを買う所だった。

 美守は穴が開いている奴を選んだ。

「なんでそっち?」

「え? だって前衛やるから」

「前衛だと穴が開いてる奴なの?」

「分かんないけど先輩がそう言ってた」

「ふーん」

 結局理由は分からない。

 テニスは面白い。テレビでたまにやってるテニスの試合は一人で試合している映像が多いけど、ソフトテニスはダブルスしか無いらしかった。右に打って相手を動かしてる間に空いた場所を探す。そして左に打つ。フェイントで左じゃなくてまた右に打ったり前後に揺さぶったり。そういうのが面白くて僕は後衛を選んだ。たまに前衛の先輩と組んで試合みたいな形式で練習する事もあった。

 サーブは二回打てるけど、一回目の上から打つサーブは僕はちっとも入らなくて、僕はさっさと諦めて一回目から下で打つ事にした。それにぶつくさ言う先輩もいたけど、一回目のサーブをわざわざ失敗する方がもったいない。二回目を失敗したらそれだけで相手の点になってしまう。僕は下から打つサーブだって右に回転をかけたり左にかけたりして相手を惑わせれば、中学生のレベルなら十分相手のリターンの威力は削れる事に気付き、やがて僕の友達も下からのカットサーブをやり出して、女子テニス部も巻き込んで一時期回転をどれだけかけられるかみたいな遊びも流行ったりした。

 三年生は今年の夏で最後になるけど、そんなに真剣にやってる部活じゃなかったから部の雰囲気はとても良くて、一ヶ月くらいですっかりみんなこの部に馴染んだ。この部に入って良かったと思ってる。中学生になって勉強が少し難しくなり、バタバタしているうちに時間は過ぎて行く。

 六月に試合があって、個人戦や団体戦含めて三年生達は四回戦くらいまでで敗退して、それで引退になった。三年生達は引退した後もたまに遊びに来るけど、基本的には一年と二年だけになって夏休みを迎えた。


「翔」

 僕が椅子に座ってゴムボールに空気を入れてる時、ふと呼ばれて顔を上げると美守が僕を覗き込んでいた。日射しで美守の顔が少し暗くなっている。

「なんだ美守か」

「なんだとは失礼な」

 美守もセーラー服を着るようになった。夏服の白いセーラー服だ。小学校の時は僕と似たような服装をしてた日も多かったから、いかにも女の子ですみたいなセーラー服の美守を見ると、ああ美守って女の子なんだって実感するようになって僕は少し話すのが恥ずかしくなった。

 いや、ちょっと違うか。美守とっていうよりセーラー服着た女の子と話す事にドキドキするんだ。美守は別に恋愛の対象じゃない。かわいいとは思うけど、いつもジャージ着て一緒にテニスの練習をしてるし、日焼けしてテレビの女優さんみたいに白くないし、家に来て一緒に勉強する時はセーラー服じゃないから特別意識はしてなかった。

「今日はジャージじゃないの?」

「ん。体調が良くないので休みです」

「そうですか」

「うむ」

 そう言うと美守は隣に座った。コートでボールを打つポコンポコンという音が不規則に聞こえて来る。

「どんぐらい空気入れればいいかよく分かんないよねこれ」

「そう……だなあ」

 美守は僕が持ってたゴムボールを取り上げると、もきもき握りながらカゴに放り投げた。美守の髪は中学生になっても短い。ショートカットを貫き通すようだ。美守は机にある空気入れを取り、座ったままゴムボールを取ろうと屈んだ。髪の毛の襟足がサラッと下に流れて美守のうなじが見えた。いかん。何見てるんだ僕は。美守は起き上がると、僕を見ながらゴムボールをギュッと握った。ゴムボールが握った美守の親指と人差し指の間から押し出されてぷくっと膨れ上がった。

「もちっ!」

「やるやる」

 僕達は笑ってゴムボールに空気を入れ続けた。はっきり言って加減は適当だった。空気を入れ過ぎたり足りなかったり。でも美守との距離はいつも同じだ。

「み、美守ちゃん」

 不意にか細い声がして、顔を上げるとフェンスの向こうから女の子がこちらを覗いていた。同じクラスのえっと、白石早紀(しらいしさき)ちゃんだ。白石さんは近くに他の部員がいないのを見るとフェンスを越えてコソコソと入って来た。

「おはよ早紀。どうしたの?」

「えっと。浦山君を呼びに来たんだけど」

「え? 僕?」

 美守は驚いた。

「もしかして私、お邪魔かしら?」

「え? お邪魔って?」

「ううん、そうじゃなくて、その〜」

「うん」

「夏期講習、浦山君対象だから呼んで来いって」

「あ!」

 そうだった。期末試験で五十点以下の科目がある人は夏期講習を一週間受けなきゃいけないんだった。僕は数学と社会が五十点以下だった。

「ごめん忘れてた!」

 美守がボールもちを作ってマイク代わりにしてニュースの記者の人みたいに僕に向けた。

「のんびりテニスしてる場合じゃないですよね!?」

「そりゃそうだ」

 僕は立ち上がった。

「じゃあ後は私が空気やっときますんでごゆっくり」

「悪い」

「えっと、場所は一組の教室だよ」

「分かった」

 美守は首を傾げた。

「なんで早紀が呼びに来たの?」

「え? あ、うちのクラス……社会は私と浦山君だけだから」

「あ、そうなの」

 白石さんは優等生だと思ってた。

「頑張ってね二人共」

「うん」

 僕達は校舎に向かって歩き出した。白石さんとは話した事が無い。髪の毛が長くて、体が細くて、美守とは正反対の女の子だ。話す事が無くて気になった事を口にした。

「美守は何が対象なんだろ」

 白石さんはポカンとした。

「美守ちゃんは無いよ」

「一個も?」

 白石さんはクスクス笑った。

「美守ちゃんが学年トップだよ」

「ええ!? 嘘!?」

 白石さんはクスクス笑った。

「いつも一緒なのに知らなかったの?」

「あ、うん……」

 僕は絶句した。美守って頭いいんだ。僕はそんな事も知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ