四
僕は寝坊した。気付いたのは美守が僕を迎えに来たからだった。美守は僕が起きたのを確認すると準備があるとかで先に学校に行った。僕が出る競技は午後の玉入れと徒競走とリレーだから午前中はやる事が無いんだけど、別に午後に行けばいいって訳じゃないよな。僕は慌てて準備した。学校が近くて良かった。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
お母さんがお弁当の準備をしながら元気よく送り出してくれた。今日はいい天気だ。
教室に着くと皆もう今から校庭に出ようという段階だった。健が僕を見て口に手を当てながら叫んだ。
「お! 余裕ですな社長!!」
皆が笑って、僕は頭を掻いた。先生も笑いながら僕に声をかけた。
「遅いぞー。緊張して眠れなかったのか? 何時に寝たんだ?」
「八時です」
「はえーよ! 寝過ぎだろ!」
「大物だ! 先生こいつ大物ですよ!」
聡が僕を指差して叫んで笑いが巻き起こると、ハチマキを締めた美守が立ち上がって叫んだ。
「よし! 出陣じゃ! 行くぞ皆の衆!」
「おー!」
美守が入り口に立っている僕の所まで歩いて来て両肩をガシッと掴んで言った。
「初陣でござるぞ殿!」
「お、おー!」
「そいつ午後まで出番無いけどな!」
皆が走って出て行き、僕達も続いた。
運動会は滞りなく進んだ。僕は最初の入場以外は午前中出番が無かったので、他の選手に麦茶を配ったりしながらテントで何本も木の板が組み合わさったイカダみたいな椅子に座って皆を応援した。ちょっと退屈になってこの板は何ていう名前なんだろう? とか考えた。
「あ、美守だ」
美守が障害物競走のスタート位置についた。健が僕の横に来て座った。
「お、美守の出番か」
「うん」
パンという音がしてスタートした。美守は一緒に練習したフォームで走って、すごく速かった。ハードルもガンガン越えて、平均台っていうのかな、あれもスイスイ渡り、網の下をまるで兵隊みたいに力強くがっしがっしと進み、再び立ち上がって軽快に走るとあっさり一着でゴールした。僕達の後ろにいたクラスの女の子達がきゃーきゃー騒いだ。美守は一着の旗を持ってこっちに向かってVサインをした。美守のハチマキが風で横にはためいてかっこよかった。
お昼になった。僕は保護者のテントの所に行って、お父さんとお母さんが座っている所を見つけて側まで行った。二人は美守のお父さんとお母さんの隣に座っていた。
「翔、あんた何よ午前中出番が無いなら先に言いなさいよ」
「ごめん忘れてた」
お父さんは美守のお父さんと一緒にビールを飲んでお弁当を食べていた。
「美守ちゃん凄かったなー。ぶっちぎりだったもんな」
「いやはやお転婆で。お恥ずかしい限りです」
「見事なもんですよ。あ、これどうです? 家内が作った唐揚げ」
「おっ、美味そうですな。どれお一つ」
お父さん達が盛り上がってる所に美守がやって来た。
「おっ美守! 凄かったぞ!」
「ふっふっふ。そうでしょう。お腹空いた」
「はいはい」
美守のお母さんはパンを美守に渡し、僕にもクロワッサンを一つ取ってくれた。パリッとしたクロワッサンを一口食べるといい匂いがしてすごく美味しい。
「美味しい」
「リレー頑張ってね翔君」
「うん」
健がフライドチキンを咥えながら走って他の友達と遊んでいるのが見えた。テントでのんびりしていられないらしい。僕も遊びに行こうと思って立ち上がり、皆の所に言ってゲームの話をした。
午後の玉入れが始まった。はっきり言って玉入れについてはどうしていいか分からない。僕は適当に投げた。遠近感て奴がよく分からなくて、投げた玉はちっとも入らなかった。健がふざけて僕に向かって投げたのに気付き、僕もバレないようにこっそり投げ返した。僕の緊張を解すためにやった事だと分かってて僕は嬉しかった。
すっかり忘れていたけど徒競走もあったんだった。僕は他の人達と一緒に端のゲートから小走りで進んで校庭の真ん中まで来ると並んで座り、自分の番を待った。僕の後ろは聡で、二人でゲームの話をしながら出番を待った。順番にレースが始まって、どんどん列が消化されて気が付けば僕の前の人達の列がスタートして、あっという間に僕の番になった。工場のひよこみたいだ。僕はリレーの為にも力は残しておきたかった。軽く走ろう。スタート位置に並ぶと僕は立ったまま構えた。スタートの位置に立っている女の先生が銃を空に向けると、片耳を押さえて叫んだ。
「よーい!」
パンと音がして、僕は地面を蹴って走り出した。体が軽い。今日は体調が良いかもしれない。でも僕は六割くらいの力で走った。前だけを見て走ってゴールした。僕は二着だった。あんなに足が遅かった僕が軽く流して二着でゴールするなんて。一着は一組の男の子だったけど僕はそんな事は気にならずに興奮していた。
僕は息を長く吐いてテントに戻ると健が嬉しそうだった。
「調子良さそうだな翔」
「うん。二着だったけど」
「何言ってんだよ。前なんかビリとかさ、下から数えた方が速かったじゃんか。なあ?」
クラスの女の子達も頷いた。
「うんびっくり。翔君、足速くなったね」
「あはは……」
「こいつ毎日練習してたからな」
「頑張ってね翔君」
「うん」
皆に褒められて僕は嬉しかった。足が速いって気持ちがいい。と言ってもそんなに速い訳じゃないけど。でも僕の中では凄く速くなったから、自分が少し成長したみたいでそれが嬉しかった。
プログラムが進み、いよいよリレーを残すのみとなった。僕と健は立ち上がった。聡と大悟も麦茶を飲んで僕達に近付いて来た。
「よーし、行こうぜ!」
「うん」
皆のハチマキがそよ風ではためいてアニメのかっこいいワンシーンみたいだ。何だかテンションが上がった。
「翔!」
振り返ると女の子達がテントの前列に綺麗に並んで座り、男の子達がその後ろに並んで立っていた。クラスの集合写真を撮る時みたいに綺麗にならんでいる。美守が僕達の所に歩いて来た。
「皆で応援するから! 思いっきりやって来て!」
「うん」
三年生のリレーが終わった。次は僕達の番だ。ゲートに並んでいる他の組の人達は別にそこまで真剣じゃなかったけど、もしかしたら僕の組の皆もそこまでじゃなかったかもしれないけど、僕はこんなの初めてだから真剣だった。
僕は校庭に入って来ると、聡と健とは途中で別れ、二番目に走る大悟と一緒に反対側に来た。大悟と他の組の第ニ走者が並んだ。反対側の聡達もスタート位置に並んだのが見えた。五組いるから五人でリレーする。僕は手に少し汗をかいた。
「よーい!」
パンと音がして、第一走者が一斉に走り出した。
「聡ーッ!」
皆の応援がテントから聞こえて来た。聡は凄い速くて、先頭を走ってコーナーを曲がってくる。聡が直線を走って来て、大悟も様子を見ながら走り出した。
「よっ!」
聡が大悟にバトンを渡すと、大悟は一気に加速した。大悟を呼ぶ応援が聞こえたけど三組の子が第ニ走者にバトンを渡すと、物凄い速さでコーナーの大悟に追い付いて、大悟への応援がどよめきでかき消された。でも三組の子と大悟が近すぎて、コーナーの途中で少し接触してしまった。
「危ない!」
二人共バランスを崩してバタバタと減速してしまった。転びはしなかったけど、後ろから来た一組と四組、五組の子に抜かれてしまった。僕はスタート位置に入って、リレーの行く末を見ながら深呼吸した。集中しろ。今四位だから、内側から四番目に移動した。
一組、四組、五組の第三走者がスタートしてからバトンが健に渡った。健は僕のクラスで一番速い。力強く加速して前を追った。
「ケーン! ケーン! ケーン!」
健は必死の声援に応えるかのように猛烈なスピードで走って、五組の子を抜き、コーナーで四組の子も抜いて直線に入って来た。僕は内側に移動した。一組のアンカーが少し笑いながらバトンを受け取ろうと走り出した。僕はそれを見てちょっとイラッとした。直線で健と目が合った。
ここだ。僕はバトンを受け取ろうと後ろに手を出しながら走り出した。来い。来い!
「行けえ!」
健がバトンをバシッと僕の手に当てた。僕はそのバトンを握るとつま先を蹴って加速し始めた。
「翔ー!!」
美守の声が聞こえた。美守に練習の成果を見せてやる! 僕は全力で足を回転させた。コーナーで一組の子との距離が詰まっていく。どよめきと応援が聞こえる。もっと速く。僕はこんなに速く走った事は無い。でもまだ行ける。コーナーを抜けて最後の直線に入った時一組の子と並んだ。もっと! もっと!! 大悟が見えた。大悟が叫んでいる。
「行け! 行けー!!」
「翔ー!!」
僕と一組の子は最後の直線を必死に走った。隣で一組の子の息を吐く音がする。僕も走って、そしてゴールを全速力で走り抜けた。減速して、息が苦しくて僕は膝に両手を突いた。肩で息をしてる時に僕の足に白いゴールテープが巻き付いているのに気付いた。僕が勝ったんだ。
「や……やった」
テントの方からワーッと歓声が聞こえて来た。肩で息をしながらテントを見ると、美守は女の子達と抱き合って笑っていた。
小学校のリレーではかなり盛り上がった方だと思う。とはいえ五年生と六年生の分のリレーもあるので僕達はさっさと退場した。
美守が僕の背中をバシッと叩いた。
「いてっ」
「かっこよかったぞ!」
「へへっ」
健も喜んでくれた。
「最高だったぜ」
「ありがとう」
その時テントの後ろで大悟が三組の子と話してるのが見えた。三組の子が謝っていた。
「ごめん。途中でぶつかっちゃって」
「気にすんな。怪我してないか?」
「大丈夫」
大悟が僕に気付いてVサインした。僕もVサインを返し、健も美守も聡もVサインをして笑った。こんなに必死で走る事はもう無いかもしれない。
こうして僕のリレーは大成功に終わった。青空がすごく気持ち良かったのを覚えてる。




