表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編小説集  作者: 加工豚(かこうとん)
5/6

第5話 釣りバカ仕事人


タイトルはこのお話の主人公のモデルになった本人のアイデアです。



ねっとりと甘い、噛み締めると豊かな動物性由来の蛋白質(たんぱくしつ)糖鎖(とうさ)とが結び付いた罪深い味が拡がるぬ。この季節の魚は矢張(やは)り、(ぶり)と行きたいとこだがぬ、生憎と、ボクの腕前(うでまえ)(いた)らずに、ハマチしか釣れなかったのだぬ。今夜はボクが釣った釣果(ちょうか)だけで、家族に料理を振る舞う。ボクは料理も出来る釣り師なんだぬ!


ハマチの(さば)いた中落(なかお)ち的な、骨に(わず)かに残っている身をスプーンで()き出して(つま)み食いするぬ。うん、美味い。


…ハッ!何か気配を感じる。振り向くと、目敏(めざと)い『彼女』の子供達が三匹、こちらに目をこぉ、パァーっと輝かせて黒目まん丸の、期待オーラ全開で見上げておるぬ。


……むぅ、しかたがないぬ。

ちょっとだけお前たちにもやるぬ。『彼女』との、それも約束の内だぬ。それ食べたら新しいキミタチの親である「めかぶ」んとこに大人しく戻るのだぬ。


ボクは1ヶ月前に、不思議な体験をしたぬ。『彼女』と出会い、そして、その体験を思い出して見るぬ………





……

………


今日も鰤を狙ってハマチしか釣れないぬ。むぅ…だが、しかし、この場所は当たりが良いぬ。うっかりポイントを変えてボーズだなんて、笑えないぬ。またチャットの仲間のCopperとオショに、指差(ゆびさ)し冷やかされるのも面白くは無いぬ。ボクは確か、そんな気持ちで釣りをやっていたぬ。


段々と空が明るくなってきた頃合いに、何だか小さく、子ぬこの鳴き声が(ひび)き始めたぬ。どうも複数匹居るらしくて、何だかそのぬこ達の鳴き声が(やかま)しいぬ。釣果(ちょうか)も、(ぶり)は釣れないにしろ、ハマチがガツガツと当たりまくり、ここ最近は冷凍庫に余裕が無くなり始めているし、これ以上欲を出せば食い切れなくなって、食べ物を無駄にしてしまうのかも知れないぬ。それは駄目な事であるから、今日はそろそろ帰るとするぬ。


埠頭(ふとう)の先端から、港へと差し掛かるコンクリートの岸壁(がんぺき)づたいに歩いていると、岸壁の()ぐ下の岩場(いわば)に、ぬこの亡骸が転がっていたぬ。良く見てみると、乳がプクッと膨らんでいて、どうやらこのぬこは母親だったらしいぬ。野良のぬこだったから、毛の(つや)だけで年齢を推察する事は難しいぬだけれども、痩せぎすにしてはやや(つや)が勝っているそのぬこは、もしかしたらば若いママぬこだったのかも知れないぬ。


ボクは岸壁(がんぺき)から岩場(いわば)へと移動して、軍手をはめてそのぬこの遺体を、少し歩いた場所にある、岩場から砂浜に差し掛かるその砂浜に、穴を掘って入れてやった。埋める前に、三途(さんず)の川の(わた)(ちん)にと、百円玉を三枚、投げ落として、そうしてから砂を(かぶ)せたぬ。ぬこちゃん、安らかにぬ、とボクは手を合わせてからその場を去って帰宅したんだぬ。




……


次の週も同じ場所で真夜中に、釣りをしていたんだぬ。今日はなんと、待望の(ぶり)がとうとう釣れたぬ。むぅ…今まで散々と釣り上げたハマチが、どう考えても余ってしまうぬ…ボクがそう悩んでいるタイミングで…



「あの…もし宜しければ、そのハマチを別けて頂けませんか?」



(とし)(ころ)は、二十歳(はたち)間もなくうら若い、何だか訳ありの女性がボクの前に現れたぬ。む、い、いつの間に現れたのかぬ???


まぁでも、こんな可愛い女の子に、ボクが手に持て余しかね始めた、そんな余ったハマチを食べて貰うならば、それはきっとハマチ達にも幸いな事に違いないぬ、なにしろ、ボクみたいなおっさんではなくて、妙齢(みょうれい)幸薄(さちうす)そうなこんな女性に食べて貰えるのだからぬ。



(ぶり)が釣れて、ハマチも四匹釣れたぬ、余って困っているから、二匹あげるぬ。」



ボクがハマチを二匹差し出すと、女性は静かに頭を下げて、ボクが差し出したハマチを持った両手に一瞬だけ、ヒヤッと冷たい手がボクに触れた瞬間に、ボクは何だかこの女性がこの世ならざる者で、それに触れたからこの様な拒否反応が出たのかぬ?と思っていたぬ。空が明るくなり始める少し前にやって来た彼女は、ボクが帰り支度をしている間に、姿を消していたぬ。


空が少しだけ明るくなった頃、先週も聞いた子ぬこっぽい鳴き声が、母ぬこに甘えるみたいな声を出して鳴いていたぬ。ハマチを別けて上げた不思議な彼女が居た場所を何気無く見たら、100円玉が落ちていたぬ。ラッキー!100円とは言えども、お金はお金だぬ。お金は天下の回りもの。有り難く貰って置くぬ。




……


更に次の週も、ボクは同じ場所にて、真夜中の釣りをしていたぬ。また、釣果も大漁で、さて、余らせたハマチを誰か友人に分けるかぬ?そんな胸算用(むなざんよう)をしていたタイミングで、先週のあの女性がいつの間にやらやって来たみたいだぬ!



「宜しかったらそのハマチを…」


「ちょうど良かったぬ、また余っていたんだぬ。逆に助かっているぬ!」



ボクがまた、二匹のハマチを差し出して、ヒヤッとした手がそれを受け取り、ボクがちょっと意識を釣りに戻した頃にはまたその女性は居なくなっていたぬ。空が明るくなりつつある頃合いに、また、子ぬこが母ぬこに甘えるみたいな声が聞こえてきて、ハマチを渡した彼女が居た場所を見てみると、また、100円玉が一枚、残っていたのだぬ。ラッキーは続く。ボクは釣果と、そのささやかな幸運を嬉しく思って再び100円玉を財布にいれて帰宅したぬ。




……


いつものチャット部屋に参加して釣りの釣果(ちょうか)を写メに写して画像サイトに貼り付けて見せて、チャット仲間たちに釣りの帰りにぬこを埋葬した話とその不思議な女の子の話をしたんだぬ。


オショはボクの釣り上げた(ぶり)の写メを見て、鰤の洋風アレンジのレシピやそれを作る時の注意点を事細かく教えてくれたぬ。流石は洋食屋だぬ。


そして、Copperの方は…どうもボクが話した不思議な女性に関して何か気が付いたみたいなんだぬ。Copperは変な知識の(かたよ)りがあって、時々、何か(ひら)くのか、矢鱈(やたら)長文(ちょうぶん)を打ってくる何か変な奴だぬ。



Copper◆昔の日本の怪談に確かそんなんあったぞな。 2021年0210日01:48分


Copper◆真夜中に飴屋が閉店しようとするタイミングで、「飴を売って下さい」と、か細い声で飴を買いに来る女の話だよな。 2021年0210日01:51分


Copper◆確か、大体の話の筋はこうだよ…女は身重(みおも)のままで死んでしまって、土葬され、そこで赤ちゃんが生まれて、幽霊になった彼女は何とか赤ちゃんを育てようとして、三途の川の渡し賃を使って飴屋で買った飴を母乳代わりにして、何とか赤ちゃんを育てていたんだよな。 2021年0210日01:53分


Copper◆子猫が母猫に甘えるみたいな鳴き声をあげるタイミングで、その辺を探してみたら会えるよ、多分、彼女にな。でも、彼女に会うならさ、三途の川の渡し賃は返してやりなよ(笑)じゃないといつまでも成仏できんよ、判ってんだろ?それ、お前が埋葬した母猫がお前さん頼って来てんだよ、三途の川の渡し賃を成仏に使わないで、子猫を案じてんだよ、察してやれよ。 2021年0210日01:55分



むぅ…彼女が何をしたいのか、週末には判るのかもぬ。




……


また(ぶり)が釣れたぬ!最近、釣果が快調だぬ。そしてまた、(ぶり)を釣る前に釣り上げた沢山のハマチに困っていたタイミングだぬ。空が明るくなる少し前のタイミングで、彼女が現れたんだぬ。だからボクは余っていたハマチを手渡しながら、彼女が消える前に思い切ってこう、(たず)ねてみたのだぬ。



「三途の川の渡し賃に、とボクがキミと一緒に埋めた300円、全部使い果たしてはキミ、これからどうやって成仏するぬ?キミはボクに何をして欲しいぬ?」


「!!」



逡巡した気配を見せた彼女は、やがて、口を開いた。



「付いてきて貰えませんか?」



ボクは彼女の後について歩いた。

矢張り、Copperのあの話が正解だったのか、空が明るくなり始めたタイミングで子ぬこが母ぬこに甘える声がした方向へと彼女は歩いて、やがて元気そうな三匹の子ぬこ達が彼女に駆け寄って(まと)わりつきながらボクにはやや警戒するみたいな顔をしていた。



「この子達を…頼めませんか?」



彼女が最期の100円玉をボクに差し出すのを、ボクは彼女の冷たい手を握り締めて彼女にその100円玉を握りしめらせたままにさせて、答えたんだぬ。



「家族と相談して、何とかするから、キミはもう川を渡ると良いぬ。」



そうして、ボクは普段は釣りに調理道具を持ち歩かないのだけれども、釣りをしている間は、とてもそんな余裕も無いのだけれども、ボクはそんな普段のボクのやりたかに背馳(はいち)して、今回だけは、Copperの話を聞いて思い付いた事があって、包丁とまな板と醤油と山葵を今回の釣りにだけは持って行って、事前に彼女の為に、と、準備をしていた、最初に釣り上げたハマチをおろした刺身を彼女に差し出した。



「キミの願いを聞く代わりに、ボクの願いも聞いて欲しい。あの世に行く前に、キミが、腹一杯になって、仕合(しあ)わせな顔をするのを、ボクは見てみたいぬ。ボクはボクが釣り上げた魚を、ボク自身が調理して、そんで誰かがそれを食べて仕合わせな顔をしているのを見る事が、何よりも好きなんだぬ。多分、キミは野生の世界で生きて、本当に腹を満たされた事が無いのかも知れない、だから、そんなキミがお腹一杯に食べられたその時の顔は、きっとそれを見ているボクも仕合わせになる顔に違いないのだからぬ。さ、食べるぬ!」


「……美味しい。」



彼女のその笑顔を、ボクはボクが生きている限りは記憶に留めて置こうと思ったんだぬ。そうやってハマチの刺身を食べ切ってから、彼女は消えたぬ。その頃には、とうした訳だか、ボクを警戒していた三匹のぬこ達はボクの足にすり寄ったり、彼女から手渡されたハマチにかぶりついたりしていたんだぬ。満腹になった三匹の子ぬこを、ボクが釣った魚をしまうクーラーボックスの上に乗せると、子ぬこ達は一切暴れたり逃げたりせずに、だからボクは子ぬこ達をそのまま車に乗せて帰宅したのだぬ。






……

………


当初は、帰宅して、家族に事情を話して一時的に保護するつもりだった子ぬこ達は、我が家のラブラドールレトリバーの「めかぶ」との仲が心配ではあったのだが、めかぶは存外(ぞんがい)彼等(かれら)を気に入ったらしく、また、子ぬこの方もめかぶが気に入ったみたいで、仲が(むつ)まじく、家族とも相談した上でウチの家族に加わる事に決まったぬ。めかぶは利口な犬で、ボクと家族が三匹のぬこ達について、相談しているその様子を、ずっと見詰めていたぬ。そして、そのぬこ達を家族として迎える風に話が決まった時にめかぶを何気無(なにげな)く見ていたらば、アイツ何と、人間の言葉を理解している風に、穏やかに尻尾を振っていたぬ。めかぶは三匹のぬこ達を気に入っていたみたいだったから、きっと嬉しかったのだとボクは思った。


そうして、最近はめかぶだけではなくて、三匹のぬこ達もボクが寝ている布団に乗ってきて重いし暑苦しいのには、ボクは少し困っているぬ。時々、暑さに耐えかねて目覚めてしまい、ボクは真夜中にチャットに行ったりしているのだぬ。





Copper◆しじぃは寝るのも早いが起きんのも早いなwww 2021年0214日03:56分





むぅ…Copperは口が悪いぬ!





布団に戻り、少し意地悪のつもりで、そんなめかぶやぬこ達に向かって、布団の中で屁をこいてやったら、めかぶはボクを二度見(にどみ)してきて、ぬこ達はボクのケツに向かって、容赦の無いぬこパンチを繰り出して来たのだぬ。


割りと、割りと本気で痛かったのだぬ。

さて、来週は何処へ釣りに行こうかぬ…



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ