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短編小説集  作者: 加工豚(かこうとん)
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第4話 さまよう きっき が あらわれた!▼





陰毛(いんもう)みたいに、いや、それを陰毛と断言は出来ない、果たしてどの部位の体毛(たいもう)であるのか、その正体は判らないが、良く部屋の(すみ)の風の吹き()まりに、(ほこり)と一緒に()まっていて、お互いが(ちぢ)らせ、螺旋(らせん)(えが)きながら(から)まり合うみたいな様相(ようそう)の、あんな姿と大変に似通(にかよ)った、鬱蒼(うっそう)とした蔓草(つるくさ)達が生えている山林(さんりん)奥深(おくふか)くを僕は今、歩いている。それらを()き分けて僕は探している。キッキの隠れ家だか巣穴(すあな)だか判らないがその場所を求めて彷徨(さまよ)(よう)だ。



……

………


今日も村に『キッキ』が出没した。


キッキとは、村に古くから伝わっている妖怪の事である。少しばかり世上一般(せじょういっぱん)()ける妖怪(それ)と違う特徴(とくちょう)としては、このキッキが明瞭(めいりょう)なる肉体を持って存在している事だろうか。(なお)隣村(となりむら)ではキッキは守護神だと信仰(しんこう)する一派(いっぱ)も居て、その村とこの村とでは、一つしかない川の水源(すいげん)の権利の奪い合い(など)もあり、何かと(いさか)いが絶えない。


結局、キッキが何なのか、それは(いま)だに(わか)らないのであるが、今日もキッキは突如(とつじょ)として村へと下りて来て、キッキが村を彷徨(さまよ)い歩くその(あいだ)は、村人達は家に隠れてじっとしている。何だか理由は良くは判らないのだが、()(かく)、この村ではキッキが出没すると、みんなそう言う風にして身を隠さなければならない的な、暗黙(あんもく)のルール『習わし』みたいなものがあるのだ。


そして、キッキが村を彷徨(さまよ)い歩く(かん)は、最近の欧米(おうべい)文化によってもたらされた横文字の何だか判らない、小洒落(こじゃれ)た感じの名前の食べ物は隠すようにと言われている。


キッキはそんな食べ物を視界に入れると、その何だか良くは判らない横文字のハイカラなセンスに対して、それはそれは物凄い怒りを表して、人間の精神を(むしば)むみたいな呪詛(じゅそ)雄叫(おたけ)びをあげるのだと言われているからだ。その様な性質を持っているから、キッキは純粋な日本古来から伝わっている古代(エンシェント)な…神様だか妖怪だかはさて置いて、そんな累代(るいだい)系譜(けいふ)を持った生き物なのかもしれない。


いや、ってゆーか、生き物なのかどうかも判っていない。一応(いちおう)は人間みたいな姿形(すがたかたち)をとってはいるものの、その生態(せいたい)(かん)しては一切不明なのだから。


この村は寒村(かんそん)であり、(ささ)やかな農作物だけを収入とした場合は、それは赤貧切歯(せきひんせっし)の生活を()いられねばならないのであろうが、幸いな事にして、村には副業(ふくぎょう)があり、それはあの、村を彷徨(さまよ)い歩く(ほう)のキッキではない、村の森の奥を()()けた深くに生息(せいそく)している、野生の『子キッキ』を捕まえる狩猟(しゅりょう)である。


『野生』の、と言ったが、村にやってきて彷徨(さまよ)い歩く(ほう)のタイプのキッキも、特に飼い慣らされている訳ではないのだ。にも関わらず、分別されて考えられており、あの、時々村に下りてきては無意味に彷徨(さまよ)い歩く方のキッキに関しては、村の誰もがそれを捕まえて獲物にする事は無いのである。それも謎の一つなのかもしれない。


兎に角、そうやって、獲物として捉えられた子キッキ達の肉はそれはそれは美味(びみ)であり、地域でとれる珍味として加工されて売り出されたり、塩漬けの肉としても需要が高い。その皮は()がされ(なめ)されて、装飾品の加工や防寒具へと姿を変えて行く。(けん)はこれも良質な弓の(つる)の材料とされている。子キッキの腱で作られた弓は性能が良く、時間を()て使い込んて行けばそれだけその時間と比例して熟成されて、持ち主に良く馴染んだ名弓(めいきゅう)となるらしく、この間も村の弓削師(ゆげし)の元に、小笠原弓術(おがさわらきゅうじゅつ)だか何だかの流派(りゅうは)の有名な人が、弓を求めにやって来たりしている。


村にとって、キッキはこの(よう)(とみ)をもたらしたり、また、彷徨(さまよ)い歩くキッキの(ほう)(かん)しては禁忌(タブー)(よう)(あつか)いを持っていたり、そんな複雑怪奇(ふくざつかいき)な存在であるのだ。


今まさにそうやって、キッキが村を彷徨(さまよ)い歩いており、家に(こも)ってじっとしている僕が退屈(たいくつ)片手間(かたてま)(なぐさ)みにこの(よう)述懐(じゅっかい)を頭の中でやっているタイミングで、この家のすぐ前を(くだん)のキッキが通過しようとしている。僕は気がついた。妹が昼飯に、と用意していたフォカッチャが、卓袱台(ちゃぶだい)の上に置かれたままである事を!


僕がそれに気が付いたタイミングは、(おそ)きに(しっ)した(よう)だ。目敏(めざと)いキッキがスンスンと鼻を鳴らして、素早くベランダの窓越(まどご)しから卓袱台(ちゃぶだい)に置かれたフォカッチャを注視(ちゅうし)していたのである、これは手遅れだ。…妹は卓袱台(ちゃぶだい)の下に必死に身を(かが)ませて目を(つむ)っていた。



『ナーニガッ、フォカッチャ ヨ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』



直接的(ちょくせつてき)脳髄(のうずい)鼓膜的(こまくてき)な部分に落雷の直撃が(とどろ)(わた)る様な…


ダークなアニメのサラリーマン風のやたらと唇がでかい登場人物が、笑みを浮かべたまま、指を此方(こちら)に差し向けて、


『ド───ン』


と叫ぶ時に、それを受けた側の人間が何だか物凄い衝撃を受けている描写があって、まさにあんな感じの衝撃が僕の身を包んだ。僕が気絶して、意識を戻した時には、妹は姿を消していて、村人の誰もが…僕の両親や親戚ですら、一切とその話題に関しては触れなかった。


「お前は()だ、距離が遠かった分、助かったのだ」


と、言われた。

以来、時々、消えてしまった妹と、この村に関する禁忌(タブー)、そしてキッキについて、心が空虚(くうきょ)になっている(さい)には、それについて、どうしても無意識に考えざるを得ないでいるのだ。


………

……



キッキの巣穴は、存外(ぞんがい)に簡単に見付かった。

森の中の、小高くなった部分に、何だか良くは判らないが体毛(たいもう)を連想させるみたいな(つる)が互いに密接(みっせつ)(から)み合った、その一ヶ所に穴が空いており、奥へと続いている様子(ようす)である。


辺りには、野生の子キッキ達がこれは…食い散らかしたものなのだろうか?プチっとやって鍋に入れるタイプのあの簡易(かんい)スープ、国の母って名前の柔らかいビスケット、餃子、ラーメン、冷凍の炒飯(チャーハン)…それ等の食品を包装(ほうそう)していたモノが、あちらこちらへと散乱しており、何だかゴミ屋敷の様相(ようそう)(てい)している。


キッキ猟師から聞いた通りに、こうしてキッキの巣を見つけ出す事が出来た。僕は僕が助けられなかった妹の事を思う。こうしてキッキの巣穴にやって来たのは、キッキと村の禁忌(きんき)に秘められている何か、それを調べる事で手懸(てが)かりが出ては()ないものか、(いま)だに成人には遠い僕の、それは自分なりの精一杯の罪滅ぼしなのかも知れなくて───



ガサガサッ!



巣穴から物音がする。

僕は息を詰めて隠れる。

巣穴から出てきた子キッキは、スンスンと鼻を鳴らすと此方(こちら)に視線を巡らせて近付いてきた。



ガサガサ…

ガサガサガサガサ…



僕は…どうすれば良い?

野生の子キッキ猟には然程(さほど)危険は無いと言われているが、銃の暴発に()り、年に少なくはない死亡事故が発生するものらしいとは聞いている。数年に一度は、死者も出ている。『危険が然程(さほど)には無いキッキ(りょう)』にて、何故、数年に一度の頻度(ひんど)で死亡事故まで起きているのだろうか…


こうやって生きている子キッキを眺めるのは、初めてなのかも知れない…子キッキはその(つぶ)らな(ひとみ)を真っ直ぐに此方(こちら)へと巡らせて迷い無く歩みを続けてから、もう、直ぐに僕の隠れている蔓草(つるくさ)の、つい間近にまで接近して、(かす)かに口を開いた。



「ンヌォヌィーツァ…」


シュザザザザ…

ブゥ─ン

ドチャ!




次の刹那(せつな)、今まで何処(どこ)に身を(ひそ)ませていたものなのか、(はかま)を着た巫女姿のうら若い女性が飛び出してきて、薙刀(なぎなた)でその子キッキの首を跳ねたのである!


子キッキの身体は、僕に向けて手を伸ばした(まま)、首を落とされたにも関わらず、数歩、更に僕に向かって歩みを続けてからドサッと倒れ込んだ。



「──危なかったな、もう少しで君はキッキに取り込まれる(ところ)であったのだぞ、少年。君は(いざな)われていたの。判る?」



気の強い(よう)な、しっかと目端(めはじ)のつり上がった(りん)とした気を(まと)っているその二十歳前後の女性は、この村でのキッキ関連の祭事(さいじ)を取り(おこな)っている神社で、裏喪音(りもね)の名と神職(しんしょく)()いている当代(とうだい)の巫女さんであった。



……

………


首を斬られてガサリと、胴体と生き別れになった子キッキの生首を白い布で包むと、当代の裏喪音(りもね)さんは首を包んだ布を薙刀に巻き付け、胴体は血抜きを手早く済ませて肩に担いで、僕も少し担ぐのを手伝って、そうやって神社へと向かって歩いていた。


僕は何だか、人から隠れてこの村の、キッキの禁忌(きんき)の謎を、幼いなりにも解こうとしていて、そして、良くは判らないが、裏喪音(りもね)さんが言うには危ない状態を救われていた事をうっすらと理解し、甲斐性(かいしょう)も成果も無いままにただただ、助けられたと言うその事実を前にして、無力と無知に何だか()たたまれなくなり、喋り始めた。



「助けて頂いてありがとう御座(ござ)います、裏喪音(りもね)さん、僕の行為が向こう見ずだと思っていますか?僕は…僕の妹が消えた、その謎を解きたかったんです…僕の妹は、どうなって仕舞(しま)ったのか、何故、村のみんなはキッキの事や、時々こうやって消えて行く人の事に(かん)して、口に(かんぬき)を下ろしてしまって沈黙(ちんもく)を続けているのか、僕は、それがどうしても知りたい。」


「………君は、あの時の。そうか、あの家の少年だったのだな。君にも、(いず)れは(わか)る時が来る、今、私に言える事は、それだけかな。」



中身を(ともな)わない、それは会話だったとは思う。何ら僕の抱いている気持ちに対しての、それは回答とは言えない返しであったから。けれども、その言葉に()って、僕は何がなしに、少しだけ心根(こころね)が晴れたみたいな気はしたんだ。


うちの村の狩場(かりば)から村へと戻るその獣道には四辻(よつつじ)みたいな交わった場所があり、僕達が使わない方の道は、仲の悪い隣村の連中が(もち)いている道だと聞いたことがあって、まさにそんな四辻(よつつじ)に近付いたところで…


ヒョッ!

「危ない!」


何処からともなく矢が飛んできて、裏喪音(りもね)さんが咄嗟(とっさ)に獲物と薙刀(なぎなた)とを放り投げてその矢を握り止めた。何て運動神経なのだろうか!?



「あ~ら、隣村の、裏喪音(りもね)の、相変わらずの手練(しゅれん)ですこと♪」


「貴様は…悼端地(いたんじ)……これはどう言うつもりか。」


「アハハっ!どう言うつもりか、って、それはアタシのセリフですよ、裏喪音(りもね)の、キッキ様の眷属(けんぞく)になっている子キッキを乱獲(らんかく)して生計を立てている、(いや)しい村の巫女風情(みこふぜい)がっ!」



(うわさ)には聞いたことがあって、今こうして、初めて目にしている。そう、川の水源(すいげん)の権利を巡り毎年の様に争っていて何かと仲の険悪(けんあく)隣村(となりむら)の人々の一派に、キッキの事を守護神の(よう)(あが)めて信仰している連中が居て、矢張(やは)り、彼等(かれら)も神社を持っており、神事(しんじ)役職(やくしょく)を持った巫女がいるのだと。そして、その神社の巫女の名前が確か…「いたんじ」と言う名前であって、巫女だから当然と女性。そんな彼女がどう言った理由なのか、不意討(ふいう)ちで突然と矢を射掛(いか)けて来て、どうやら彼女と一緒に身を潜めていたらしい、彼女の仲間が二人、サッと飛び出して来て、裏喪音(りもね)さんが咄嗟(とっさ)に放り出した薙刀(なぎなた)に付けていたキッキの生首と、投げ出された胴体を手にして彼女の元へと集まり此方(こちら)を振り返った。


今、目にしている彼女が恐らくはその悼端地(いたんじ)に間違いないのだと思う。裏喪音(りもね)さんと同じく、巫女の着物を着ており、目尻がトロンとして睫毛(まつげ)が長い。何だか大人の少し寒気がするみたいな、そんな色気を感じさせる女性だった。



()(ごと)をっ!その獲物は私のモノだぞ、悼端地(いたんじ)の。」


「あらあら、戯れ言はどちらですか。この子キッキ様はアタシ共が供養致(くよういた)します。裏喪音(りもね)の。」



僕達の村は寒村(かんそん)であり、細々と(いとな)む農業だけでは暮らしは苦しく、副業である、キッキ狩猟(しゅりょう)恩恵(おんけい)で豊かに暮らせている。仲の悪い隣の村は、そんなキッキ狩猟の恩恵を受けている僕達村人を軽蔑(けいべつ)している。良くある部落間の(いさか)いである。何だか今この場で、その縮図(ミニチュア)が展開され(よう)としている気配が立ち登り始めていた。


その戦いは当初は裏喪音(りもね)さんが激昂(げっこう)して苛烈(かれつ)な攻勢を行い、それを悼端地(いたんじ)がいなし、激戦を極めて、それでも三人組の悼端地(いたんじ)側に()(まさ)って、奪われた獲物である子キッキを守りながらじりじりと後退して堅守(けんじゅ)を解かない悼端地(いたんじ)側が逃げ切った形で終わった。これ以上はお互いの領域には立ち入れない境界みたいな場所があって、その(ライン)まで悼端地(いたんじ)側が首尾良(しゅびよ)く後退せしめたからだった。



「山の恵みを活かす事をやらぬ、相変わらず自然と語らずに、ただ頑迷(がんめい)(おそ)れる気持ちを解かずに無駄働(むだばたら)きをさせている莫迦(ばか)め。肉をわざわざと、腐敗させて埋葬してなんとするのか…」



裏喪音(りもね)さんが荒げた呼吸を落ち着かせると、ぼそり、と、そう呟いていた。目端の鋭い凛とした美人の裏喪音(りもね)さんの、更に未だに(やや)、激昂の残り香が(ただよ)う、そんな彼女に僕は何だか根拠の()(どころ)を知らぬ(あえそ)れを抱いた。まるでそれは自然の意識みたいに感じていた。



「────君には、話して置かなければならぬやも()れぬ。そして当然と君がそれを()りたがっている事も、私は理解しているが…それを今の君が聞いて、(はら)()えるには君の心根(こころね)の強さが試される。君はどうするか?」



目の前に生肉があれば、それに一心不乱(いっしんふらん)にかぶりついて、唇から生肉の血を垂らしつつ、それを官能的(かんのうてき)に舌なめずりするみたいな、そんな凄絶(せいぜつ)なる表情で僕を凝視(ぎょうし)してきた。まるで僕は獲物みたいだった。美しい鬼が、獲物である僕を見聞(けんぶん)するかの様な気配…そんな裏喪音(りもね)さんの気配に僕は逡巡(しゅんじゅん)し、本能的に(おそ)れて数歩後退してしまった。文字通りに、後ずさって仕舞(しま)っていたのである。腰に(しび)れた様な感覚があり、僕は気が付けば大地に尻餅(しりもち)をついてしまっていた。


裏喪音(りもね)さんは僕のそんな様相(ようそう)を視界に認めるとフッとその狂暴(きょうぼう)秋水(しゅうすい)(ごと)(やいば)(ひとみ)刃先(はさき)を、意識して緩ませてくれたので、僕は何とか耐える事が出来た。



無謀(むぼう)は勇気とは言わぬ。恥じる事は無い。君はキッキの探索で私に助け出され、(すで)にその過誤(かご)を犯したばかりで悔恨(かいこん)の思いだろう。体験から(まな)ばずにそれを再びとむざむざ繰り返す事はあるまいよ。」



裏喪音(りもね)さんは僕の決断に対して、そう判断している様子であったが、僕の決断(それ)は違っていたのである。今までモワモワと、(つか)もうとしても掴めずに、その(くせ)(まと)わり付いてくる湿気みたいに曖昧模糊(あいまいもこ)と、追えば逃げて、逃げたら(まと)ってくる不快。心内(こころうち)に育まれていたこの村に対しての、タブーに対しての、キッキに対しての、消えた妹に対しての…それ等の疑問に対しての回答の手掛かり。ようやくとそれが目の前にあるのかも知れなくて。僕はそれを、その正体をどうしても掴みたかったのだ。そう決めた時に、僕の中の何かが目覚めたのかも知れない。内面の海にさざめいていた波頭(なみがしら)が、今、埠頭(ふとう)に打ち付けて砕けた。埠頭(ふとう)に立っていた僕はその砕けた波飛沫(なみしぶき)を受けて微動だにしておらず、逆に波を見据(みす)えた。そんな内面を幻視(げんし)していた僕がふと浮き世に意識を掴み戻した時には、僕は僕の右手を裏喪音(りもね)さんの左腕に食い込ませており、今度は逆に裏喪音(りもね)さんの方が僕の生んだ鬼気(きき)にあてられて(おのの)いている。裏喪音(りもね)さんの(のど)小気味良(こきみよ)い感じに動くのが見えた。あれに牙を突き立ててやろうか、それは如何(いか)にも(うま)かろうさ。



嗚呼(ああ)、君も鬼に目覚めたか。よかろうさ、全て話そう。」



(かつ)て、この地に一人の人成らざるかの様な妖艶な女がやって来たと言う、それは一説には山に登ってきた人魚の化身だとか言われている。その女がやって来てから、山の恵みは豊かになり、彼女は次第に信仰を集めるようになったのではあるが、ある日、彼女の美しさに劣情を抑えかねた若い衆の一人の不心得者(ふこころえもの)が彼女に乱暴狼藉(らんぼうろうぜき)を働いた時に彼女は姿を消したのだと言う。不心得者の身内を(かば)い立てる一派と、彼を糾弾する一派へと村は分裂して行った。


やがて、姿を消したその女を見た、との噂が立つ。彼女は土に穴を掘り、そこに涙を流しながら無数の小粒の卵を産卵しており、その姿形(すがたかたち)はすっかりと化け物の様になってしまい、かすかに彼女が身を(くら)ます前に身に(まと)っていた着物の名残で、何とか判別が付いたそうだ。


彼女が産んだ(おびただ)しい数の卵は、小高い巣穴となったその場所で、一斉に孵化(ふか)する訳ではなくて、少しずつ少しずつ、毎年数十個ずつ孵化を繰り返し、それが実は、子キッキの正体である。彼女がやって来てから山の恵みが増えた不思議な力の謎は、彼女の胎内にその力の源があったらしく、彼女が身籠(みごも)り産卵してからは、山の恵みは彼女がやって来る前の状態となり、代わりに子キッキ達の狩猟が村の恵みとなって行く。


化け物となった彼女は、何らかの神であった事には間違いなく、人間と交わった事で地上に引き()り降ろされてしまったのだと言う。彼女はだから、彼女に乱暴狼藉(らんぼうろうぜき)を働いたあの若い衆を(うら)めしく思い、探し求めて、何度も何度も、昔から現在に至るまで、ああやって今は二つに別れてしまっている両方の村を彷徨(さまよ)い歩いているのだ。つまり、あの村にやって来ているキッキは、あれはその元々は神様だったその女本体であると言う言い伝えである。


彼女に乱暴狼藉(らんぼうろうぜき)を働いた若い(しゅう)の犯人を(かば)い立てた一派は、子キッキを狩猟して豊かになろうと考えて、それを実行して豊かになった村であり、つまりは僕達と裏喪音(りもね)さんの村の(がわ)であり、反対に若い衆を糾弾(きゅうだん)していた村が、あの先程の、悼端地(いたんじ)達の村だと言うことだ。



「それだけではないでしょ~♪裏喪音(りもね)の。あなた…肝心な話をまだ隠そうとしているじゃないのかしら。──そこの、アータぁ~。ねぇ、貴方は聞きたいのでしょう?あなたの、消えてしまった妹の、消えてしまった村人達のその後をさぁ。」


悼端地(いたんじ)っ!君っ、聞いてはならんぞ、この女の…」



いつの間にか後ろから三人、あの悼端地(いたんじ)一派がやって来ており、瞬く間に裏喪音(りもね)さんを羽交(はが)()めにしてしまった。そうだ、この辺りは隣村の領域に近く、()()はあちら側にあったのである。奪った子キッキを置いてきてから立ち戻って来たのだろうか。悼端地(いたんじ)は二人の部下の持っていた紐で素早く裏喪音(りもね)さんの手足を縛り、猿轡(さるぐつわ)()めようとしている。



「君達の村はねぇ、(たた)られているのよ。神様を手籠(てご)めにして、その神様が生み出した子供達の肉を()らい、身に(まと)い、武器にして豊かになってきた、その、(むく)いなの。裏喪音(りもね)の、の話に出てきた、彼女を手籠めにした村の若い男はね、進歩的(しんぽてき)で、文明的で、聡明(そうめい)であったけれども、その分、それに比例(ひれい)した強欲さを持っていたから、彼女を犯し、それだけでは()()らずに、その彼女が産み出した子供達の血肉をも()らう事をよしとして、そうやってその男の血肉を受け継いだ君達の、その気配を、彼女は決して(ゆる)さない。だからね、新し物好きだったその彼の習性、気配を敏感に(さっ)してね、新しい見慣れない食べ物の近くにいる人間に、(たた)るのよぅ、彼女は、キッキ様は。」



背中にゾクリとする、冷えた刃物で背骨を()でられているみたいな、そんな冷ややかな心地(ここち)声音(こわね)で、悼端地(いたんじ)は話を続ける…



「ねぇ、アータ、貴女の妹、あたしがね、供養してあげるからさ、忘れちまいなさいなぁー。」



核心(かくしん)(じく)に近付いている気分だ。

嫌な音色を(かな)で続けて背筋に無数の背虫(せむし)()うみたいな、そんなviolin(ヴィオロン)の複数の不協和音…背筋に広がる怖気(おぞけ)。この悼端地(いたんじ)と言う女は、その核心に触れた結果、僕が受けるであろう、衝撃力(ショック)、その暴力的な結果の果てを、己の悪意の意識(それ)と重ねて、(たかぶ)っているみたいだ。彼女の吐く息が甘く、そして(みにく)(にお)(よう)だ…顔が近づいて来る。30cmの距離…トロンと()れた官能的(かんのうてき)(まなこ)は、その(うれ)れた乳房(ちぶさ)を連想させる優美(ゆうび)曲線(カーブ)を想像してしまう。(いま)だ僕には体験が無い、『目合(まぐわい)ひ』の肉の(よろこ)びに酔っていて、はやる男を受け流しつつ、入り口付近で()らしているみたいな…


悼端地(いたんじ)が一気に間合いを詰めて、人差し指で僕の唇の形を指で遊ぶみたいになぞり、僕の耳に(ぬめ)る舌先を差し込んでグゥルグゥルと蛇の舌がなぞるみたいな(よこしま)渦巻(うずま)きを描いてから───



裏喪音(りもね)のが、見事に首を討ち取った、あんたの妹さぁ。」



瞬間に沸騰(ふっとう)する脳の神経細胞が、酸素を吸いすぎた時みたいに、僕が今現在在(いまげんざいあ)るこの世界が、果たして夢か現実かの境界(きょうがい)曖昧(あいまい)にさせる。呪術師(シャーマン)旅立(トリップ)ちみたいに。その中で、先程の子キッキの鳴き声が海馬(かいば)の中から反芻(はんすう)して響いてくる…



ンヌォヌィーツァ… ンオォヌィーツァ… 

ンオォニィーツァ… ンオォニィーチャ…

オォニィーチャ…  オニーチャ……

おにいちゃ…    おにいちゃん…



「おにいちゃん。」



ぐっ、がっ…がぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあぁあぁあぁ!!!



激情(げきじょう)(とら)われた僕に、彼女は、悼端地(いたんじ)は、さらに(たた)()けて(よろ)んでいる気配で言葉を続けた。その言葉を僕は良く覚えていないが、悪い夢の中で、僕があの子キッキみたいに、映画の中のゾンビみたいに彷徨(さまよい)い歩いており、その化け物の如き鈍ってしまった思考の中で幻視(げんし)現実(げんじつ)狭間(はざま)の世界へと誘われて行くみたいな心地(ここち)で何だかそんな彼女の続ける言葉を、まるで(おのれ)とは無関係な距離から、一切の感情を(ともな)わないで聞くとも無しに流して聞いているみたいな感じだ。



「キッキ様はね、我が子を、子キッキ達を()らうあなた方村人に、(おのれ)(いた)みをそのままにしてあなた方にね、返したかったの。(わか)る?あなたの妹はね、子キッキになってしまったのよ。子キッキと生まれ変わって野生に放たれながらも、(わず)かばかりの記憶を残していてね、それで、生前(せいぜん)の知り合い達が近寄(ちかよ)ればね、気配を感じ取って近付いて来てね、そうやってから…()むの。判る?あなた方の村のキッキ猟師達(りょうしたち)に事故が多い、その本当の理由はね、そんな、子キッキにされてしまった元村人だった彼等に話し掛けられてしまってね、躊躇(ちゅうちょ)して撃てなくて、()まれてしまったその猟師達も子キッキになってしまうからなの。子キッキ猟でね、猟師に死人が出た時に、必ず大猟になるのはね、その亡くなった猟師の葬式に遺体が一切無い理由はね、つまりはそう言う事なのぉー。ねぇー、判るぅー?あなた達はね、あなた達の仲間だった消えた村人をね、食べたり、加工品にして出荷したりしているのぉー。アハハハハー。んねぇ~、判ったぁ~。君ぃ~、理解しているのぉ~?」



村の、消えた妹の、消えた村人の、キッキの禁忌(きんき)

全てが繋がって僕は…



……

………



あの日の、あの後、悼端地(いたんじ)裏喪音(りもね)さんの拘束をあっさりと解いた。彼女等(かのじょら)一派達(いっぱたち)は、はじめからどうやら、僕と裏喪音(りもね)さんの行動を尾行(びこう)していたらしい。その目的は恐らくは、「僕に全ての村の真実」を話す為に。裏喪音(りもね)さんは矢張(やは)り、村の側の人間であり、意識するでもない部分で、殊更、己の住む村の事を悪く伝えずに、核心の消えた妹については明らかにはしなかったろう。その意味では僕は悼端地(いたんじ)達には感謝せねばならないのかもしれない。実は僕はあの後に、半ば『子キッキ化』し掛かっていたのだと言う。子キッキみたいに虚ろな目をして彷徨い歩くのを、何とか裏喪音(りもね)さんと悼端地(いたんじ)達が縛って運び行き、両方の村のちょうど境界に存在している対立するそれぞれの村にある神社の『本殿』にあたる、今の時代の村人達には殆ど知られてはいない場所へと連れて行かれた。


そこがまさに、あの、村を彷徨(さまよ)い歩いている方のキッキ、つまりはこの村の真実の核心である、 神様/妖怪 の本キッキの 巣/本殿 であるらしい。本キッキの意識は、今ではすっかり二分しており、村を彷徨(さまよ)い歩いている時には、(かつ)(おのれ)乱暴狼藉(らんぼうろうぜき)を働いた若い衆の末裔達(まつえいたち)に対しての(うら)みで(たた)る存在と化しており、一方でこの 本殿/巣 に居る間は、神事を取り扱う存在として勤めているのだと言う。『半子(はんこ)キッキ化』していた僕は本キッキと対面され、本キッキはその僕の様子を見て、(おのれ)のあばら骨付近の肉を(みずか)短刀(たんとう)()って切り出してから、それを棒に刺して塩を振って(いろり)の前の灰に刺して(あぶ)り、僕を延々と抱き締めたのだと言う。そうして、己の肉が焼けて辺りに甘ったるい芳香(ほうこう)が立ち込めたタイミングで、本キッキはその(あぶ)った稍生焼(ややなまや)けの、(おのれ)の肉片を口に含んで咀嚼(そしゃく)してから、僕に口移(くちうつ)しで分け与えたのだと言う。


考えて見たらば、あの後の僕は鈍った ゾンビ/子キッキ みたいな思考の中、頭の中に浮かぶ廃墟(はいきょ)みたいな場所を(むなし)しい気分ですっかりと満たされて徘徊(はいかい)していて、そこに何だか慈愛(じあい)に満ちた女がやって来て、僕は彼女に抱き締められて、そうされていると、あの悼端地(いたんじ)が語った残酷(ざんこく)なる真実のダメージが和らいで行くみたいな心持ちで、黙って彼女に身を任せていた。(やが)てその彼女が服の前をはだけて、豊かな乳房を僕の顔の前に「含みなさい」と言わんばかりにしている様子に、僕は何の疑問も抱かずに自然とそれを口に含んでいた。口内(こうない)にネットリとした甘く豊かで動物的な蛋白質(たんぱくしつ)糖鎖(とうさ)の結合物を感じさせるその体液(たいえき)の味覚は、何だか何時かに味わった村の宴会(えんかい)の時の子キッキの串焼(くしや)きみたいな美味だったのだと思いながら…


本キッキから肉の口移しを受けた後、僕は意識を完全に失って眠りについていたのだと、意識を取り戻した時に僕の前に居た二人、悼端地(いたんじ)裏喪音(りもね)さんから聞いた話である。



………

……



「村を、出たいんだ……」



意識を取り戻した(のち)に、目の前に居てずっと僕の意識が戻るのを待っていた様子(ようす)であった悼端地(いたんじ)裏喪音(りもね)さんから、半子(はんこ)キッキ状態から回復した経緯(けいい)を聞いた後に、僕は二人に向かってポツリと、そう話した。



「君がそう決断するのであれば…悼端地(いたんじ)の、頼めるか?」


「はぁ~い、裏喪音(りもね)ちゃんの、委細承知(いさいしょうち)しましたよ~♪アタシの仲間達の(つて)でさ、そう言う、(わけ)ありの子達の街の暮らしへの斡旋(あっせん)をしてんのよ、アタシ♪」



そう(うそぶ)いて、悼端地(いたんじ)は僕にウィンクしてきたのだ。何の事は無い、もしかして最初からこの悼端地(いたんじ)さんと裏喪音(りもね)さんは、僕のこの一連の動きに対して、共謀(きょうぼう)して(こと)に当たり、芝居を打っていた様子であった。



「この村の私達の(がわ)は、最早(もはや)衰退(すいたい)を隠せない。元来(がんらい)(まず)しい寒村(かんそん)であるのに、子キッキの恩恵(おんけい)で豊かになってしまい、それに胡座(あぐら)をどっしりと構えて仕舞(しま)っている。他で生計を立てて行く事をやらないでいて、それでいて、より豊かになるものだから、村に真新(まあたら)しい文化が次々とやって来ては、村の食卓には真新しい食べ物達は指関数的(しかんすうてき)に増えて行く。まさにキッキの(たた)りだ。そうやって、今度は真新しい食べ物を見たキッキの呪いに()って、村人が子キッキになり、豊かになれば豊かになるにつれて、村人達は元々は村人であった子キッキ達で生計を立てて、いわば己の手足を喰らい飽食(ほうしょく)して行く…カニバリズムさ。この呪縛(じゅばく)()って(やが)ては、死亡が出生を上回り、けれども、汲み取り式便所が、水洗になり、更にウォシュレットに、一旦(いったん)便利になって仕舞えばその文明の甘美なる湯船からは戻れはしない、湯に浸かり続けていたい、不可逆(ふかぎゃく)的な罠に、村人は(とら)われて仕舞(しま)っているのさ。あの村の者達は、己の体が既に、湯上がりの時の指の様にしてふやけ切ってしまった土左衛門(どざえもん)みたいなものだよ。」



裏喪音(りもね)さんがこう述べた後に今度は悼端地(いたんじ)さんが口を継いだ。



裏喪音(りもね)ちゃんの、が言う事は(もっと)もさ、けれどもさ、君、あの村を出たとて、その様な同族食(カニバリズム)いはさぁ、きっと、現在の資本主義社会(しほんしゅぎしゃかい)の中では、いや、もしかしたらば、全ての社会に()いてさぁ、きっと、似たようなモノは存在しているのさぁ、うん♪判る?誰かが誰かを喰いモノにして、強い誰かは生き残る。もしかしたらばさぁ、生命の、それは本質なのかも知れないのさぁ…」



悼端地(いたんじ)さんが(いろり)(あぶ)る串肉を手に取り、わざとらしく僕の目の前で舌舐(したなめ)めずりをしてからそれを唇に含んで咀嚼(そしゃく)している。(いのしし)の肉だ。彼女の側の村は、子キッキ漁はやっていないのだ。



……

………



新聞のチラシ入れ・配達の仕事を、悼端地(いたんじ)さんの(つて)斡旋(あっせん)してもらって働いている。もう、村を離れてから三年になる。同じ(よう)に、悼端地(いたんじ)さんの(つて)で仕事を斡旋(あっせん)して貰っている(さまざま)々に(わけ)ありな仲間達(なかまたち)…どうやら悼端地(いたんじ)さんはあの村の中だけではなくて、街中(まちなか)にも勢力(せいりょく)を伸ばして事業をやっていたらしく、有象無象(うぞうむぞう)田舎(いなか)から出てきた奴等(やつら)や、元々この街に居た連中、はたまた、別の大きな街からやって来た連中…そんな若い連中を(たば)ねている。人材派遣業(じんざいはけんぎょう)と言った(ところ)であろうか。


で、悼端地(いたんじ)さんのそんな組織(そしき)所属(しょぞく)している僕達は、大きな(りょう)みたいな建物で暮らしていて、(おのおの)々が休日の日には定期的に(つど)って、勉強会みたいな事をやったり、色々な業種に散っている、そんな奴等(やつら)が集まっては料理を囲んで日々の会社の暮らしの中で溜まって行く(わだかま)りについて話し込んだりしていて、僕はどうやらこうして村を出て、ようやく(おそ)きとは言え、外の社会に視線を巡らせる事が出来て判った事ではあるのだが、現代の若い人達は何かと()(やす)くなっており、その原因が、彼等(かれら)の──同時に(ぼく)の、労働環境の境遇(きょうぐう)起因(きいん)していたりしている事を理解し始めている。



「───でよぅ、その若い正社員が、口を尖らせて俺の前で言ったんだよな、『そんな休日出勤なんて、派遣に任せれば良いんですよ、何で僕が…』派遣の俺に対して少し迂闊(うかつ)配慮(はいりょ)()けた発言さ。まぁ、多分そいつも()だ10代でな、社会に出たばかりの少年みたいなもんなんだよ、悪意は無かったんだよ、けれどもな、俺は奴との距離を感じたよな。」



派遣先が自動車会社のその20代後半に差し掛かった彼の言葉…あの村を出る前に悼端地(いたんじ)さんが僕を見て柔らかに鋭く言ったその言葉の意味が重なってくる。



──…君、あの村を出たとて、その様な同族食(カニバリズム)いはさぁ、きっと、現在の資本主義社会(しほんしゅぎしゃかい)の中では、いや、もしかしたらば、全ての社会に()いてさぁ、きっと、似たようなモノは存在しているのさぁ、うん♪判る?誰かが誰かを喰いモノにして、強い誰かは生き残る。もしかしたらばさぁ、生命の、それは本質なのかも知れないのさぁ…──



村のあの同族喰(カニバリズム)いと、何ら変わりが無い、そんなグロテスクは、街にも確かに存在していた。派遣の彼は正社員のその若い子に喰われかかり、その若い子もきっと、より上位に喰われている。食物連鎖…第二次世界大戦をテーマにしていた漫画の世界を重ねて考えた。この世には戦闘機と爆撃機みたいなジャンルがあって、爆撃機は戦闘機に一方的に喰われるしか無いのだろうか。戦闘機に見えているその存在にも、更に強力なる戦闘機が居てそれを喰うのだろうか?喰われて喰われて、痛みを()り、それに明確に対抗するには、僕達は(いず)れは、あのB-29みたいな、空の要塞みたいなそんな爆撃機の化け物になるしか無いのだろうか。鬼に、なるしか無いのだろうか…



………

……



今日は、彼女との初めてのクリスマスイヴを過ごしている。彼女は風俗で働いていて、性の部分で、そんな彼女は爆撃機となって、戦闘機達に()われている。時々、彼女は不安定になって、それがとても心配ではあるのだが、とても純粋に、直向きに僕を好きになってくれている。そんな彼女ではあるのだが、時々、そんな爆撃機である彼女が時々、戦闘機となって、後輩を(いじ)めそうになる。僕が気が付き次第に(たしな)めるが、彼女は可哀想になるくらいに泣き崩れて謝ってくる。そんな不安定な彼女だが、僕をどうやら愛してくれている。



鳥の股肉(ももにく)()り焼きの晩餐(ばんさん)を二人、囲んでいる。豊かな牛の乳の脂肪を()ったクリームのケーキもある。それ()は僕らが戦闘機で、鳥や牛が爆撃機であるような印象を受ける。それを考えるとどうにも果てがない悩みに囚われそうになり、そんな(むずか)しい考えを放棄(ほうき)して、僕を見やる彼女に笑みを差し向けていた。


ねっとりと甘い、噛み締めると豊かな動物性由来の蛋白質(たんぱくしつ)糖鎖(とうさ)脂質(ししつ)が結び付いた罪深い味が拡がる。僕はそれを噛み締めて、村の子キッキ料理を思い出して仕舞(しま)う。きっと、食べ物を美味く感じるのは、生命にとって大事な事であり、また、僕にも 鬼/戦闘機 の内面の存在が、確かに存在しているのだろう。僕は僕がまた、そんな鬼の内面を暴走させた挙げ句として、子キッキみたいに虚しく街を彷徨(さまよ)い歩くかも知れない、その事について、とても(おそ)れている。


今日はクリスマスイヴだ。

さて、彼女を()らおうか。



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