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「馬鹿げた仮説がもし事実だとしたら、この更地からまた国を立て直さなければならない。その為には豊かな土地があって、そこに住む人が居て、それらを纏める何かが必要だ。昔の人間がそうしてきたように、法がなければ国は成り立たない。けれど上に立つと、人は皆徐々に自分を見失ってしまう。そうした僅かな歪みが連なって、日本は地震以前のような豊かな環境を与えられながらも、歪み切った上層部のせいで多くの国民が苦しんでいた。その元凶を身近で見てきて、ずっと考えてたんだ」
もし、一から新しい国を作れるのならば。
その頂点に立つのに相応しい人物とは、一体どんな人間なのだろうか。
「もし今のこの時代で上に立つ人間がいるとすれば、それは"誰よりも生き抜く力"があり、"誰よりも信頼される人間"だけだ。誰よりも賢く、誰よりも強く、自分は勿論のこと、周りの人間を守れる人間。国が人の為にあるように、人が居なければ国は成立しない。そんな国のトップに立つ人間は、多くの人間に支持され愛されなくてはならない」
かつて、絶対王政が存在したように。
地位も権力も血縁も関係ないすべての始まりに、絶対服従を誓おうと、それほどまでに誰もが反発することなく支持出来る人物が居たからこそ、絶対王政の名の下に初代王は即位したのだ。
聖人君主といえば聞こえはいいが、それだけではどうにもならないことがある理不尽な世界で。
正しく善悪の判断が出来る上で、国民の為に必要があれば躊躇なく悪を選び、誰よりも深い慈悲を抱えながら、誰よりも無慈悲になれる。
そんな人間、この場にいる全員が思い当たる者は一人しか居ない。
「…本気で、言ってるんですか?」
「当たり前だ。本気じゃなきゃ、わざわざこんなに焼印入れてまで主人なんか探さない」
「確かに、絶対王政は国を纏める上では効率的ですけど……でも、そんな効率的な政治がなぜなくなったのかぐらい、獅子尾さんも知ってますよね?たとえ初代に誰もが支持する聖人君主を即位させたとしても、その後がそうとは限らない。人が人である限り意見や価値観の食い違いは必然で、いつかは必ず反発が起きます。そんな地位にーーー彼女を据えるんですか?」
「どうせこのままじゃ各地で王に似た存在が立つ。それが大きくなれば結局いつかは争いが生まれるし、このまま何もしなければそのいつか起きる争いで多くの仲間を無駄死にさせることになる。何十年、何百年先のことを考える前に、俺たちは今を生き残らなきゃならない。だったら早めに一強を作って権力を集める方が効率的だし、上に立つ者としてこの中に適した人間がいるとすれば、もう人選は限られてるだろ」
権力者が各地で分散していたせいで、日本という国は常に水面下で争いが起き、その度に国民が苦しめられた。
ならば今度は、国民から絶大な支持を受ける人物に権力を集めてみてはどうか。
先のことなどわからない。
けれど試してみたいことには何も始まらない。
ぶっ飛んだことを言っている自覚はある。
だけどこの世界はもう、以前のような綺麗事だらけの偽善だけでは生きていけないことを、知ってしまった。
「じゃあなんや……お前がお嬢と主従関係を結んだのも、こうやって旅してんのも、何もかもーーー」
未だに信じられないとでも言うような表情で、恐る恐る言葉を紡ぐ夏樹と同時に、焚き火の向こうで華がゆっくりと顔を上げた。
膝の上で無邪気にはしゃぐ夏芽。
そんな夏芽を抱える華を、皆が楽しそうに声を上げながら囲んでいて。
こちらに視線を向けて穏やかに笑う華のその表情が、夏樹が見たあの夢と酷く重なる。
あぁ、あかんーーー。
あれは、夢やてわかってんのに。
それなのに、ゆっくりと口を開く獅子尾と穏やかに笑う華の姿が、夏樹の脳裏で激しく揺れる。
地震が起きた、あの日から。
華と出会った、あの日から。
獅子尾の目的は、ただ一つ。
「ーーーすべては華を、この国の王女にするために」




