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「…っ、なつきぃ〜!!」
「うぉ……あらま、人質の役目もう終わりかいな」
先程まで意地でも泣かなかったと言うのに、男に抱きつく頃には目に一杯の涙を流す男の子を抱きとめながら、男は驚いた様子で獅子尾を見る。
本来なら、男を殺してそれで終わりの筈だったのだ。
元々人質を取る気など更々なく、自分たちに害がなければそれでいい主義の獅子尾たちにとっては、これ以上子供を拘束する必要もない。
「取るもんは取ったし、そいつが解放されたのならいつでもぶっ放せるしな。何よりも、"ご主人様"の命令だ」
「ご主人様ぁ?」
なんの話だ?と。
そう怪訝そうに問いかけた男は一瞬考え込み、しばらくして「まさか…」と呟き華を見た。
「まさか、例の主従関係か?」
「そのまさかだな」
「へぇぇ〜まじか、ほんまにあってんなぁ。密かに横行しとるのは知っとったけど、生で見たんは初めてやわ」
情報などそう易々入って来ない現状でも、主従関係についてはよく知っている。
一体どこからどうやって始まったのかは定かではないが、主従関係を結ぶような連中は基本的に定住を好まない。その為あちこちに移動しており、男も何度かこの街にやって来た従者の居ない連中に、自分の従者にならないかと話を持ちかけられたことがあった。
と言っても実際に主従関係を結んでいる人間を見たことはなく、ただの噂とばかりに思っていたが……まさか、本当に結んでいる人間が居たとは。
「あ?でも待てよ。お前が従者で、この女が主人なんか?」
「………またその話か」
「またってなんやねん。俺初めて聞いたぞ」
男にとっては初めてでも、今まで千秋にも散々尋ねられたのだ。獅子尾にとっては"また"であり、正直うんざりである。
それを見かねた華が、一人一人指差しながら簡潔に自分たちの関係を説明した。
「一応私が主人で、獅子尾が従者。焼印はないけど、ピアスを焼印代わりにしてるの。あなたの横にいる千秋は誰とも主従関係の契約を結んでいないけど、途中で知り合って一緒に旅をしてる……とりあえず今は、これで納得してもらえる?」
「ふーん、あんま深く聞くなってことか。まぁ女の主人なんか聞いたこともないし、なんや色々訳ありそうやな。せやけど主従関係結んでる連中は旅せなあかん病気なんか?なんでわざわざこんな危ない世の中を移動しとんねん」
「同じ場所に留まっていても、何も変わらないことを知ったから。その場で死ぬのをただ待つだけよりは有意義でしょう?」
「そらそうやろうけど…」
「さっき千秋が言ったように、本当に宛てはないの。ただ気の向くままに旅をして、国が今どうなってるのか知って、生きている人間を探す。自分たちに害があれば抵抗するけど、相手が無害なら私たちも抵抗しない。だから、あなた達のことを教えてほしい」
今までどうやって生きて来たのか、仲間はどこにいるのか、どこで、どうやって生活しているのか。
少なくとも華には、男が悪い人間には見えなかった。
しかし男にとったら、相手は日本という国で当たり前に拳銃を使い、当たり前に撃って来た連中だ。
しかも側から見れば、獅子尾という男はいくら主従関係を結んでいるとは言え、口約束のような契約にも関わらず、焼印を介さずに異常なまでの忠誠心を華に示す変わり者。
いくら初対面とは言え、獅子尾という男は誰がどう見ても関わるには危険すぎる人物であり、本来ならば避けて通るべき相手なのだ。
そんなこと頭ではわかっているというのに、そんな男を従者として連れて歩く華が気になって仕方がないのは一体何故なのか。
「……仲間に手ぇ出さんって誓えるか?」
「そっちが出して来なければ私たちも何もしないわ。信用出来ないなら弾を全部あなたに預けるし、やっと千秋の次に会えたまともそうな人だもの。どうせなら仲良くしましょ」
そう言って男の前にしゃがみ込む華に獅子尾は一瞬眉を寄せたが、警戒を強めただけで特に何も言わなかった。
恐らく、獅子尾も華の判断に異論はないのだろう。
千秋も最初から二人について行くと決めていたので反対する気など更々なく、まるで華の意向が自分たちの意向だとでも言うような……。
彼女よりも明らか年上の二人から感じる、華に対する絶対的な信頼と忠誠心。
獅子尾だけなら、絶対に関わろうとは思わなかった。
けれどそこに、華が居るのなら。
「………夏樹や。そんで、こっちのチビは夏芽な」
彼女の提案に乗ってみるのも、悪くないのかもしれない。
「夏樹と夏芽?いい名前ね」
「そりゃどーも」
「私たちも自己紹介した方がいいかしら?」
「いや、ええわ。さっきからお前らが何度も呼び合っとるから知っとる。ええからとりあえず弾寄越し。話はそっからや」
「……随分と用心深いのねぇ」
「あー?その言葉そっくりそのまま返すわ」
気づいてないとでも思っとんのか、と。
そう言いだけな目をする男…もとい夏樹に、華は苦笑いを溢しながら背後を振り返る。
彼女が目の前にしゃがみ込んでから、ずっと感じていたこちらを窺うような視線と殺気。
………一体、彼女はどうやってこの狂犬を手懐けたというのか。
「獅子尾」
華が、静かに名前を呼んだ。
ーーーそれを合図に、獅子尾はようやくトリガーから手を引いたのだった。




