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White Road -Side A-  作者: 市尾弘那
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第2話(2)

「友達いないの?」

「そういう話?」

「違うの?」

「違うでしょ」

「ああそう……」

 上原の声って、気持ち良いな……。

 車のアイドリングの振動を全身に感じながら、会話と全く無関係なことを思った。電話を通して間近で聞いていると高すぎず低すぎず、耳に心地良い。歌声の心地良さと近くもあり、それとは少し違う気もする。

「……如月さん?」

「何」

「何だ。黙ってるからどうしたのかと思っちゃった」

「別に……上原の声って気持ち良いなと思って」

「え!?」

「で、何?」

「うん……あの、ヴォーカル探してるって……件で」

 確かにそれは周囲の友達に相談しても仕方がないだろうとは思うけれど、かと言って俺が相談に乗っても的確な答えが得られるかは別問題だったりする。

「ああ、うん。……俺、そっち行った方が良い?」

 ふと思いついて尋ねた。妙に上原がひそひそ声なことに気が付いたのだ。もしかすると、家族がいて話し難かったりするのかもしれない。

「……いいの?」

「いいよ。今仕事終わってちょうど帰ろうとしてるところだから」

「でも疲れてるんじゃない?」

「疲れてるよ」

「……」

 端的に答えると、上原は一瞬押し黙って、電話越しにはあああっと溜め息をついた。

「そういう場合、普通は『大丈夫だよ』とか言うんじゃないの」

「事実なんだからしょーがないだろ。別にいいよ、疲れてたって。大体その話振ったの俺なんだし」

「そりゃそうだけど。そんなん言われたら、来てもらいにくいじゃん」

「ああそう……。で、どこ行けば良いの」

「……」

 この前上原を送ったところまで行くことにして、通話を切る。渋谷に向かって車を走らせながら、煙草を咥えた。

 土曜日のせいか道がすいている。都内では平日より休日の方が道路が空いている場所も少なくない。通勤や社用車に乗る者が減るからだろう。渋谷や六本木などはそうもいかないけれど。

 この前と同じ神泉の細い道に入り込んで行くと、少し先の街灯の下に上原が立っているのが見えた。寒そうに、自分で自分の体を抱き締めるように腕を交差させている。

 クラクションを鳴らそうかとも思ったが、住宅街でこの時間にそれは迷惑行為だと思い直し窓を開けた。声をかけるより先に、上原がこちらに気付き歩いて来る。

「ごめんね」

「寒そうだな。乗れば?」

「うん……お邪魔します」

 言って上原が乗り込んでくると、俺は暖房を少し強めにしてやった。上原は薄いジャケットしか羽織っていない。これではいかにも寒いだろう。

「もう少しあったかい格好してくれば良かったのに」

「そうなんだけど……ちょっとコンビニって言って出て来たから、何か真面目に着込みにくくて」

「あ、そう。家、大丈夫なの?」

「うん。30分くらいなら別に平気」

「どっかその辺入る?ここにずっといるのも、あんまり良くないんじゃないか」

 それこそ近所の人にでも見られたらコトなんじゃないだろうか。俺は男だからよくわからないが。更に最悪なのは、親がその辺をふらりと出てくることだろう。

 上原も同じことを考えたらしく、素直に頷いた。

「したら……その角曲がってちょっと行ったところに、ファミレスがあるの。大通り沿いに」

「ああ……」

 そのファミレスは、入ったことはないが俺も場所は知っている。

「じゃあそこ行こう」

 5分かからずにファミレスにつき、駐車場に車を入れる。中に入ると、お姉さんが笑顔で出迎えてくれた。席に案内されてウェイトレスがメニューを置いていったので、勢い開いてしまう。

「……何か食う?」

 俺は先ほど弁当を軽くとは言え食べたばかりなので、食べる気がしない。無意味に開いて閉じたメニューを上原の方に押しやって尋ねると、上原は困った顔をした。

「あのー……」

「え?」

「……お財布忘れて来ちゃったの」

「……」

 だから、俺をいくつだと思っているんだ?

「……高校生相手にワリカンしようと思うほどせこくないんだけど」

「けど」

「そう見えないかもしれないけど、俺、これでもそれなりに稼いでるから食べたいもん食べたら?女子高生よりは財布の中身は豊かなはずだ」

 最初から奢ってもらう腹積もりでいる女も少なくないわけで、一応こういう殊勝な態度は悪くはないとは思うけどさ。

 俺の言葉に実に素直に笑顔を覗かせた上原は、ぺこんと頭を下げて「ありがとう」と言うと、真剣にメニューと向き直った。

 いきなり開いているのは、デザートだ。

 その現金さが妙に可愛く見えて小さな笑いを噛み殺す俺の前で、上原は上目遣いに俺を見た。「デザート食べても良い?」と首を傾げる。ウェイトレスを呼び、俺がアイスコーヒーを頼むのに続いて、上原がホットミルクティとアイスを頼んだ。

「この季節にアイス?」

「自分だってアイスコーヒーじゃん」

「俺は猫舌なの」

「あ、そうなの?」

 マスターはそこまでは上原に言ってなかったらしく、上原は目を丸くした。それから口元を綻ばせる。

「猫舌なんだー」

「……悪いか?」

「悪くないけどー」

 憮然と答えながら、ふっと不思議な気分になる。上原と会うのはこれで……4度目。まだ、たったの4回目だ。

 何で俺は知り合って間もない9歳も年下の女とこの時間にファミレスなんぞにいるのだろうという気がした。

 別に、嫌だと言っているわけじゃない。ただシンプルに不思議だという気がしただけだ。上原といることに、違和感を感じない。

 そりゃあ元々誰かと会話をするにあたってそれほど気を使うようなタチでもないが、人懐こいタチでもない。……上原のキャラクターなんだろうな。人懐こくて、どこか小動物めいていて、人を不快にさせない。

「で、何を相談したいって?」

「うん……」

 オーダーした品が運ばれて来て、上原がアイスにスプーンをさくっと刺すのを眺めながら俺はポケットから煙草を取り出した。抜いた1本を、指先で玩ぶ。

「その〜……」

「何だよ」

「……」

 アイスに刺したスプーンを器に立て掛けて、上原は両手を膝の上に乗せた。ちろりと上目遣いに俺を見上げる。

「あのね、怒らない?」

「場合によっては怒る」

「……」

「……怒らないよ。何だよ」

「……こんな時間に仕事帰りに呼び出しておいて何なんだけど、正直言ってあたしも何をどう相談したいのかよくわかんないの」

 おい。

 指先に持ったまま火をつけていない煙草をコロンと転がして、思わず俺はテーブルに突っ伏した。それでは何をすれば良いのか俺は。

「……」

「ち、違うの、あの別に用もないのに呼び出したとかそういうんじゃなくて。うまく言えないんだけど……」

 あたふたと上原が言った。テーブルに転がったまま頭の上にその声を聞きながら、なるほど……と思う。

 つまり、上原はこの話をひとりで考えていると不安なわけだ。なので具体的に「これこれこうなんだけど、どう思う?」という相談がしたいのではなくて、自分の不安や考えを整理する為に俺と話をしたいと、そういうことなのだろう。それが自分でもよくわかっていないから、とっちらかっているわけだ。

 ……俺もオトナになったよな。もう5歳若かったら上原が何をどうしたいのかさっぱりわからず、俺は何をしているんだろうと一緒になって頭を抱えてしまったかもしれない。

「……わかった」

 とりあえず、先ほど上原にも言ったようにこの話を上原に振ったのは俺だ。何とか話を引き出してやるべきだろう。

 体を起こして改めて、煙草を咥えて火をつける。困った顔をしていた上原が、そろそろとアイスのスプーンに手を伸ばした。

「とりあえず、整理しよう。シンプルに聞くけど、何で歌やってんの?」

「歌うのが……好きだから」

「将来の夢とかって、何かあるの?」

 言って、一瞬笑いそうになった。

 しょおらいのゆめ。

 青い言葉だな……。

 けれど上原はそう思わなかったらしい。真剣な顔で「将来の夢?」と反芻する。その顔を見て、俺はまたもジェネレーションギャップというものを感じる羽目になった。

 将来の夢、という言葉がそらぞらしく聞こえない年齢。

 ……俺は、目標や目的、目指したい方向というものは持っているけれど、「将来の夢」などというものはもはやない。将来と言う物がどこを指すものなのか、既にわからない地点にいる。あの頃の将来とは今であり、すべきことやりたいことと言うのは時間的に少し先の話であったとしても、それは将来と言う言葉ではない。

(妹がいたら、こんな感じなのかな……)

 俺は、実質的にはひとりっ子として育っている。

 弟がいることはいるのだが、何せ父の再婚相手である義理の母親に子供が出来たのが、俺が高校を卒業して19歳になる年――上京した年だ。

 俺は『弟』なる物体と共に暮らした時間はまるでないし、18年間そっくりひとりっ子でやってきてそこまで自我が出来上がっているものを、今更どう『兄弟』などという認識をすれば良いのか。

 大体、18歳年下の弟なんて下手すれば息子の勢いだ。事実、弟は兄の俺より遠野の娘の方が年齢が近い。

「中学の時は、歌手になりたいなあなんて……思ってたけど」

 ぼそっと上原が言う。そのセリフで現実に引き戻された。

「上原、何か怖いの?」

「え?」

「歌うことが好きで、歌手になりたくて……歌えるチャンスがある。何が怖いんだろうと思って」

「……」

 上原はアイスを一すくい口に運び、眉を寄せた。

「うん……芸能界って、怖そう」

 げーのーかい。

 ま、そりゃ俗に言う芸能界ってことになるのかもしれないけれど。だとすれば、一応プロデビューしてメジャーシーンで少しずつではあるが名前が知れ始めているBlowin’の俺は、芸能人に属されるんだろうか。

 ……何か、物凄く、嫌なんだが。

 自分ではそういう認識は微塵もない。俺はあくまでミュージシャンだ。

「俺がいるじゃん」

 頭がくらくらとしながら、辛うじてそんなふうに言ってやった。上原に持っていった話は別に、アイドルとか女優とかタレントとか……いわゆる『芸能人』じゃない。俺と同じ『ミュージシャン』の話だ。尤も、女の子バンドということだからアイドル的要素も含んではいるのだろうが、全てではないはずだ。

 上原が目を見開いて、顔を上げる。

「だって……」

「そりゃあ同じ事務所だからって一緒に仕事するわけじゃないし、何をしてやれるわけでもないのかもしれないけど……同じ音楽業界、同じ事務所、何か相談くらいは乗れると思うし……」

 言ってからふと思う。何だか俺、上原にウチの事務所に来て欲しいみたいじゃないか。

 そういうつもりがあるわけじゃないんだけど……上原が嫌だと言うものを説き伏せてというつもりは、ないし。

 ただ、上原は歌いたいんじゃないかって俺には勝手に思えてて。それに……そうか。

「ねえ」

「うん?」

 上原が水の入ったグラスを指先でつつきながら、控えめに尋ねる。言いにくそうに一旦口を閉じると、早口で言った。

「……あたしの歌、好きッ!?」

「え?」

「だから……」

「……好きだよ」

「……」

 何とも言えない複雑な表情を浮かべて、上原が俺を見つめる。何だか真正面きって言うのも変に照れる話だけど。

「俺、上原の歌好きだよ。……だから多分、仕事して欲しいんじゃないか」

 恐らくは、そういうことなんだろう。

 俺自身が、上原の声が、歌が好きで、この先も聴くことが出来ればと心のどこかで思っているから、だから自然にそういう態度になっているんじゃないだろうか。

「そんな他人の話するみたいに言われても……」

 まさに他人事のようにそんなふうに結論付ける俺の前で、上原は照れを含んだ目線を俺に投げ掛けて溜め息をついた。

「……会うよ」

「え?

「あたし、その、広田さんって人に会ってみる」


          ◆ ◇ ◆


 年末は、ひどく忙しかった。

 Blowin’にとって初めての全国ツアーは、いくつかの反省点は残しつつも結果としては成功に終わり、ツアーの合間を縫って歌番組の収録だの生番組の中継に押し込まれるだの3月に発売されるライブビデオの修正レコーディングだのと、まさに息をつく間もない。

 上原が、広田さんに会うのは結局1月の半ば頃となった。

 というのも、どうしても最初俺に付き合って欲しいと言って聞かず、俺と広田さんの都合がそうそう合わなかったからだ。

 CRYのサウンドプロデューサーである広田さんはこのところCRYと共にレコーディングで外のスタジオに行きっ放しだったし、俺は俺で事務所のリハーサルスタジオに籠もりっぱなしである。

 ……月日が進むごとに、食が細くなる。






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