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White Road -Side A-  作者: 市尾弘那
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第12話(2)

 上原が俺のことをどう思っているのだとしても、やっぱり池田が好きなんだとしても、それは俺が決めることじゃないんで考えても仕方がないだろう。振られたら、その時はその時だ。

 ……が。

「プルル……プルル……プルル……留守番電話に接続します……」

 ぷつ。

(はー……)

 上原が、つかまらない。

 黙って胸の奥で想っていられる性分ではないとは言え、本人がつかまらないものに気持ちを伝えられるほど器用じゃない。伝えようがない。

 12月にライブであちこち行っていたらしいOpheriaは、今度は1月に入ってロンドンに行っていたと聞いている。俺たちがレコーディングで世話になったジョンとかと同じツテのようだから、要は広田さんの友人関係の絡みなんだろうが。

 けれど、それだってもう終わって日本に帰ってきているはずだ。

 Opheriaのスケジュールを知っているわけではないけれど、マネージャーの女性を事務所で見かけたと言うことは、まさかメンバーだけロンドンに置き去りにしてきたわけはないし。

 どこかで偶然会えればそれに越したことはないのだけれど、生憎とすれ違っているらしく上原と会うチャンスには残念ながら恵まれなかった。

 そこで、仕方なく電話をかけてみたりしたのだが。

(避けられてんのかな……)

 また、知らないうちに何か怒らせるようなことをしただろうか。

 してないと言いたいのはやまやまだが、これまでを振り返っても、俺自身には全く心当たりがないところで上原を不機嫌にさせたことが何度かあるように思う。だとすると、今も心当たりが俺にはわからないだけで、避けられるようなことをしたのかもしれない。

 電話をかけるのは、これで、2度目。

 先日かけた時も、俺に答えてくれたのは留守番電話だった。

 それでも、不在着信表示はあったはずなんだ。俺から電話があったことは、上原だってわかっているだろう。

 けれど俺の知る限り、上原からコールバックがあった気配はないし、単に忙しくて忘れられているのかもしれないけれど、やっぱり何か俺が悪いのかもしれない。

(何だっけな〜……)

 何だっけなったって、最後に会ったのは12月の頭、Opheriaがツアーに出る前にブレインのスタジオでギターの練習をしているのを覗きに行っただけで、しかもその時は俺、あんまり時間があったわけじゃないから15分くらい見ていただけで、それほど何があったわけでもない。……いや、実は何かあったんだろうか? そんな馬鹿な。

「おはよー。……スタジオ、行かないの?」

 事務所のロビーで煙草を咥えて顰め面のまま携帯を睨みつけている俺に、入ってきた北条が足を止めた。ソファにどかっと座り込んだまま、軽く八つ当たりめいた顔で北条を見上げる。

「ああ……おはよ」

「何よ。機嫌でも悪いの」

「別に」

 ぼーっとソファから見上げる俺を見下ろしたまま足を止めた北条は、ふと目を留めて、笑いながら手を伸ばした。

「何よ、マフラーなんか持ってんの、随分久しぶりに見るんじゃない」

「え? ああ……最近、前と違って車で移動することが増えたから」

「前は良くしてたよねー」

 北条が目を留めたのは、平泉に押し付けら……もとい、もらったマフラーだ。

 今日はスタジオの合間に外で雑誌用の写真撮影があるから、「一度は使え」と言われてしまったことだし、持ってきてみた。

 言葉の意味は多分、俺には誰だかわからない『贈り主』に、俺の手元にそのマフラーが渡っていることと、礼の意味も含めて使わせてもらっていることを知らせてやれと言う意味だろう。

 そう考えれば、雑誌に使われるだろう写真で使用している方が、わかりやすい。少なくとも完全に私的に使用しているよりは、目に留まる可能性があるだろう。

 そう思って引っ張りだしてみると、手触りが良く軽いマフラーで、平泉くらいの年の人には高かったんじゃなかろうかと言う余計な心配をしてしまったりしている。

「どしたの、買ったの」

「もらった」

「ふうん……あ。おはよー」

 北条が不意に顔を上げて振り返る。事務所のドアが開く音がしたので俺も顔を上げると、思いがけず上原が、背の高いOpheriaのメンバーと並んで入ってくる姿が目に入った。

「……はよ」

 その姿を見て動揺し、心臓が跳ね上がる自分自身に「だっせぇ」と内心突っ込みながら挨拶を口にすると、上原はなぜか儚い笑顔で挨拶を返した。

「おはようございまーす……」

 それから浮かない表情で俺から目を逸らすと、ため息混じりに友達の陰に小さな体を隠すようにして、奥の会議室の方へと通り過ぎて行こうとする。

 その様子に、内心の不安を後押しされたような気分になった。……怒ってる? それとも、嫌われたのか?

「上原」

 咄嗟に立ち上がる。と、同時に、腕に引っ掛けていたマフラーがすとんと床に落ちた。ぴくりと上原が足を止めて俺に顔を向け、それから落としたままのマフラーにまじまじと目を向ける。

「……如月さん」

「彗介、落としたよ」

 北条が俺の代わりにマフラーを拾ってくれて、短く礼を言いながら受け取る。上原の視線は、マフラーに釘付けのままだった。

「それ……」

「は?」

「そのマフラー……どうしたの?」

 へ?

 まさかそこを上原にまで尋ねられるとは思っていなかったので、一瞬虚を突かれて無言になる俺に、上原の方もなぜだかぽかんとしたようにマフラーを見つめている。

「どうしたのって……何で? もらったんだけど」

「もらった? ……そう?」

「うん……」

「あの……誰に?」

「……」

 何でそこに食いついているのかがわからずにきょとんとしていると、上原はそれをどう受け止めたのか、慌てて目線を上げた。

「あ、ご、ごめん。プライベートなこと聞いて。その、答えたくなかったら、別に……」

「そういうわけじゃないけど。『EXIT』の……」

 ……って、ああそうか。忘れ始めてたけど、良く考えたら上原って前に『EXIT』で働いてたんだった。

「平泉って……上原、知ってるんだっけ」

「……平泉くん?」

 ぽつんと上原が問い返す。

「うん。平泉に、もらった」

 俺の答えに、上原は目を見開いて無言のまま俺を見つめた。奇妙な空白の後、不意に一瞬上原の顔が、くしゃりと歪んだような気がした。……え?

「上原?」

「う、ううん。何でもない。……そう。そう、なんだ……」

 ……?

 俯いて小さく呟くと、微笑みを作って顔を上げた上原の表情は、何か泣くのを堪えているように見えた。何が上原にそんな表情をさせているのかがわからず、無言で見つめ返す俺に、微笑みを残したままで上原が尋ねた。

「ところで如月さん、今、何か言いかけた?」

「あー……」

 言いかけた、と言うほどではないんだが。

 大体、この場にいるのが上原だけならともかく、北条だのOpheriaのメンバーだのがいて、何を言えるわけでもない。そこまで羞恥心を持ち合わせていないわけじゃない。

 ただ、咄嗟に呼び止めてしまっただけだ。

 嫌われたんじゃないかと言う不安感が、そうさせた、だけで……。

「……何でもない」

「そう?」

「うん」

 そうは言ったけれど、上原は多分、俺の言いたいことなんてわかっているんじゃないだろうか。

 少しバツの悪そうな、気まずそうな目付きをして、ふっと顔を逸らした。

「じゃあ、あたし……」

「ああ、うん……」

 それきり上原は本当に背を向けて、並んでいた女の子と一緒に会議室の方へと姿を消した。何となくそれを見送ってしまうと、吐息をついて、俺も階段へと足を向ける。その背中に、北条がついて来るのが聞こえた。

「平泉くんって?」

「俺の後に『EXIT』に入った奴だよ」

「あれ? それって飛鳥ちゃんじゃなかったっけ」

「上原と平泉の、2人、いたの」

「ふうん?」

 上原のあの表情を見れば、わかる。

 上原は、俺からの電話をわかってて……放っているんだろう。

 かけたその時に、出られる状態で出なかったのか、出られなかったのかまではわからない。

 けれど少なくとも、折り返そうと思って忘れていたって感じじゃあ、ないんじゃないか。それなら、上原だったら「あ、ごっめーん」とでも言いそうなものだ。敢えて顔を逸らした気まずそうな空気……避けていると思っても、あながち間違いじゃなさそうだ。

 ……どうして。

 俺が既に振られた後なのなら、まだわかる。だけど俺はまだ、何も伝えていないんだ。

 なのに、もう避けるのか?

(結構傷つくもんだな……)

 いろいろなことを思い返してみれば、わけがわからなくなるばかりだ。

 腕の中に上原を抱き締めた記憶は、まだ遠いものじゃない。

 あれは、どういうつもりだったんだ? 『好き』とまでは言わなくても、多少の……それこそ『お兄ちゃん』でも何でも良い、その程度の好意くらいは持ってくれているわけじゃないのか? 本当は避けるほど嫌われているんだとすれば、そんな相手にあんなこと、出来るのか?

 その前の、告白まがいの言葉は何だったんだろう。あれはやっぱり、他の誰かを指しているんだろうか。他の誰か? 誰なんだろう。俺の知っている奴? それとも全く知らない奴?

――飛鳥ちゃんが、如月さんを想っているんだろうなあって……

 広瀬の言葉を真に受けるわけじゃない。だけど、広瀬が俺を騙す理由がない。そういう奴じゃない。少なくとも広瀬自身がそう思っている言葉だと思う。だとすると、広瀬がそう思うような何かがあったわけじゃないのか? それともただの、広瀬の思い込みに過ぎないのか?

 確かに俺は、電話をくれと言うようなメッセージを残したわけじゃない。着信表示で折り返しを強制出来るものでもないし、かかって来ないからと怒る筋合いじゃない。怒っているわけでもない。

 だけど今までの俺の知っている上原だったら折り返してくれそうなものだし、そうじゃなくてもこうして偶然に会った時に何か触れても良さそうな気がする。

 避けられていると感じるのは、その感覚を強くさせたのは、さっきの上原の態度だ。らしくない……何かから、目を逸らそうとしているような態度。

「彗介? どしたの?」

 Astに入って、ギターを抱え込んだまま床に座ってぼーっとしている俺に、北条が目を瞬きながら声をかけた。

「いや……別に」

 それに答えながら、上原のことが頭を離れなかった。

 ……俺の気持ちに応えてくれとは、言わないさ。

 俺が強制出来ることじゃない。

(だけど……)

 だけど、理由もわからず……気持ちを伝えさせてさえ、くれないのだろうか。


          ◆ ◇ ◆


 上原と言葉を交わすチャンスさえないままで、気がつけば1月も終わってしまった。

 このところのんびりと曲作りに励んでいるBlowin'は、わりと気ままにブレインのリハスタに来たり来なかったりしている。

 けれど、そうして比較的仕事が落ち着いていることが、却って俺には余り宜しくないようだ。おかげで無駄に考え込む時間があってしまい、夜、家に帰ればため息が漏れる。

 もう、電話をかけるのはやめようかと思っている。余り何度もかけるとしつこい奴だと思われそうだし、逆効果のような気がしてならない。振られるのは仕方がないとしたって、「気持ちが悪い」と思われるのはちょっとさすがに、耐えられそうにない。

 大体にして、電話自体が苦手なんだ。かける作業そのものが精神力を使うと言うのに、出る気配も掛け直してくる気配もないと来れば、もはやかける気力がない。

 12月に上原に買ったクリスマスプレゼントは、当然の如くまだ俺の手元にある。もうこのまま、渡すことは出来ないんじゃないだろうかと言う気さえして来ている。

 伝えたい。

 伝えられない。

 何より、避けられている理由がわからないままと言うのが、結構堪える。

(会いたいな……)

 もう、俺に向かって笑いかけてくれることはないんだろうか。

 これまで曖昧に目を逸らしてきた自分の気持ちに気づいてみれば、会いたいと思い、声を聞きたいと思う気持ちが、思いの外、俺の中に強くあることにさえ気づく羽目になった。……いや、今まで抑圧をしてきた分、却って……。

「彗介くん」

「あ?」

「喉が渇かんかね?」

「……何が言いたい?」

「俺ねぇ……う〜ん、迷うなあ。やっぱり今の気分は炭酸かな……」

「聞いてない」

「350のコーラでお願い」

「……」






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