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White Road -Side A-  作者: 市尾弘那
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第11話(5)

 アルバム用に作った収録曲もセットリストに入れることにしていて、初めてライブでやるわけだから照明や何かのイメージもいちから決めたりするので、その為の会議の場も増えた。

 自分自身がばたばたしていると、こういう仕事をしているくせに世間の動きと言うものに疎くなり、12月ももう20日になってから、俺はようやく『その時期』が今年もまた訪れていることに気がついた。

(そうか……もうじき、クリスマスなんだな……)

 ゲネプロを終えたスタジオの帰り、渋滞する明治通りで累々と続くテールランプの明かりを眺めながら、いつの間にか彩られている街にふと気がついた。

 クリスマスと言えば上原と言う図式が、俺の中で出来上がってしまっているようだ。上原を思い浮かべて、以前プレゼントしたオルゴールをいたく喜んでくれたことを思い出した。

 また、あげてみようかな……。

 喜んで、くれるだろうか。

 ……いや、何をあげるかにもよるよな、普通に。

(上原って俺のこと、どう思ってるんだろう……)

 自分が、上原のことを好きなのだと認めてしまえば、何だかすとんと力が抜けたような気がする。

 一体いつからそんなふうに思っていたのかは正直良くわからないけれど、さすがに自覚をしないわけにはいかない。

 多分、俺は、ずっと目を逸らしてきたんだろう。

 思い合ったまま別れた瀬名との恋愛の傷を引き摺って、無意識のうちにそんな思いを二度とすまいと思っていたのかもしれない。

 自分が好きになってしまえば、また苦い思いを繰り返すことになるのだろうと……瀬名との別れは、思いの外、大きな傷を残していたらしい。

 そんなことを考えながら、ちらりと車内時計に視線を走らせる。くすんだ蛍光緑のデジタル表示が、8時30分過ぎであることを教えていた。

 今ならまだ、デパートもやってるよな……。

 見るだけ、見てみようか。

 別に何か買うって決めたわけでもないが、何となくふらっと歩いてみて、良さそうなものがあればそれで良いわけだし。

 そう決めて、次の信号で混み合った明治通りを逸れる。何となく新宿南口近くの大型デパートの駐車場で車を降りると、明確な目的もなく8階辺りで降りてみた。

 ぐるーっとフロアを歩いてみる。このフロアはおもちゃや子供服らしい。関係がない。

 しかしなー……実際問題、上原って何をあげれば喜ぶんだろう? 上原が喜びそうなものなんて、皆目見当がつかない。と言うか、女の子が喜びそうなものがわからない。

 ともかくも下のフロアに降りてみようと、エスカレーターに足を向ける。時期が時期だからか結構店内は混んでいるみたいで、相変わらず顔を晒して歩いている俺は、時折感じる視線に「さすがにまずかっただろうか」と言う気がした。

 がらがらならともかく、混みまくってると言うことは、俺に見覚えのある人間に遭遇する率が……。

 ……でもな。大して判別なんか出来やしないだろ……。

「ねえ、あの人、見たことない?」

「え? どれ……」

「あのさ、ほら……Blowin'の人じゃないの?」

「え、ギター? まさか……」

「普通にこんなとこで買い物とかするのかなあ」

 ……。

 珍獣じゃあるまいし、普通の人間なんだから普通に買い物するくらい許されて然るべきではないだろうか。

 何となく居心地が悪く、胸ポケットに突っ込んだままのサングラスをかけてはみるが……サングラスって、嫌いなんだよな、俺。昼ならともかく夜にサングラスって、無駄に視界が暗くて、しかも何か有名人ぶっているみたいに思えて自分が落ち着かない。

 何となく、あてもなくエスカレーターを降りる。レディスファッションフロアを通過して更に降りながら、プレゼントとして何が適しているかを考えた。

 洋服なんかは本人がいなきゃ買ってやりようがないしな……。

 ぼーっと下っていると、不意に後ろの女性の声が耳に入った。

「そのブレス、どうしたの?」

「えー? これぇ?」

「そう。お洒落。高そうじゃん」

 ブレス……アクセサリーか。なるほど……。

 無難と言えば無難な路線のような気はするよな。洋服だの靴だのバッグだのに比べて、本人の趣味の入る余地も少し薄いような気もするし。大体、俺には女性もののアクセサリーってみんな同じに見えて区別がつかない。

「えー? 高いんじゃん? カワナにもらった」

「ええ? カワナ、うざいとか言ってたくせに」

「うざいけどさー。モノに罪はないじゃん。くれるって言うんだから、もらってやった方がお互いはっぴーじゃん」

 ……。

 可哀想に。カワナ。

「カワナってうざいけど、くれるもん、センスいーんだよ。高いもんくれるし。あたし、アクセなら誰にもらっても嬉しいもん」

 そこに込められたカワナの気持ちは別らしい。

「いーんだよ。貢ぎたいんだから貢がせておけば」

 ……女って怖いな……。

 全く俺は知らない女性なのだが、ついしみじみとカワナに同情しながら、自動的にエスカレーターを下っていく。

 と、下りエスカレーターの脇に、貴金属店があるのが見えた。既に下りエスカレーターに乗ってしまっているのでそれを横目で眺めながら、心の中で繰り返す。

(アクセサリーか……)

 アクセサリーねえ……。

 一口にそうは言っても、種類はいろいろとあるよな。どんなのがいーんだろうか。

 それに、アクセサリーって身につけるものだから彼氏からじゃないと嫌だとか、いろいろこだわりがあったりしないのか? ……タイプにもよるのかな。今の女性は誰にもらっても嬉しいってことだったし。あんまり高価なものとかでなければ、上原もあんまり気にせずに喜んでくれるだろうか。どうだろう。

 思い悩みつつ、ついついエスカレーターの終着地まで降りてしまうと、そこは2階のアクセサリー売場だった。……買え、と言わんばかりだな……。

 意味不明に感心しながら見回したアクセサリー売場は、季節柄か、カップルで溢れ返っている。恐らく彼氏が彼女にクリスマスプレゼントをねだられているのだろう。

 そう考えてみればアクセサリーを欲しがる女の子は多いようで、だとすると無難なプレゼントとしても適しているような気がしなくもない。

 ……そうなんだよ。良く考えたら俺って、これまで女の子にちゃんと何かをプレゼントする機会があんまりあったわけじゃないんだよな。

 何せ有り金そのものが儚い期間が長く、その儚い有り金を生き延びることとバンド活動とに費やしてしまっていたので、プレゼントなんか出来るだけの余剰の金が発生したのはブレインに所属して以降のことになるわけで。

 つまり、女の子が喜びそうなプレゼントと言うのが、良くわからない。

 何となく「アクセサリー類の何かでいーか」と思いつつフロアをぐるっと見回してみるが、ちょっとこの混雑の中で商品を見て回る気が早くも萎え、俺はフロアを横切って降りてきたばかりのエスカレーターを今度は上がり始めた。

 こういう、お手軽な貴金属類の密集したフロアだから居心地が悪いんだろう。先ほど上で見かけた店のような、若いカップルには少し敷居が高いような宝飾店なら、こうもごちゃごちゃはしていないんじゃないだろうか。

 ……他のカップルに敷居が高いような店、俺にだって敷居は高いに決まってるんだけどさ。だけど、この中に混じるよりは遙かにましだと思える。それで駄目ならデパートは諦めて、独立店舗に行ってみるしかない。

 いくつかフロアを上がって、先ほど見かけた店に戻ってみると、やはりこちらの方が2階よりは落ち着いた空気だった。居心地が良くないのは同じだが、女性へのプレゼントを買うような店はどこも俺にとってはそうだろう。仕方がない。

 何を買うか以前に、そもそも買うかどうかから躊躇いながら、とりあえず中に入ってみる。

 並ぶショーケースの中には、何だか持っただけで壊れそうな貴金属が並んでいて、手近なひとつに近づくと同時に店員の女性が近づいてきた。

「贈り物をお探しですか?」

 まだ買うかどうかさえ迷ってるんだが。

 とは言え、ここで否定をすると「自分の買い物か?」と思われそうで、何か嫌だ。

 曖昧に頷く俺に、近づいてきた店員が異様にじろじろと見ながら首を傾げた。

「どういった物をお探しですか?」

 嫌だな。この人、俺の顔を知ってるんだろうか。こういう店なら、わかったとしても尋ねたりはしないだろうから、かえって胸中が読めずに落ち着かない。

「いや……まだ何も考えてなくて」

「そうですか?」

「はあ……何か、どういうのが人気あるとかそういうのって、わかりますか……」

 わからないんだから、聞いた方が早いだろう。そうは思うが、何かにつけて、この人が俺の素性をわかっているかもしれないとなると、何をするのも嫌になる。

 でもな……。

 もしも喜んでもらえるなら、何かやりたい気もするしな……。

「そうですねえ。やっぱりジュエリーリングが一番人気ではありますね」

「指輪? ……ふうん。そうなんですか?」

「ええ。リングはやっぱり特別な意味合いのあるものに使われることも多いので……右手の薬指でしたらステディリングですとか、左手なら婚約指輪や結婚指輪をお付け頂いたり致しますから、恋人からリングを贈られますと、恋人のしるしのような気持ちがする女性は少なくないでしょうし」

「……」

 彼氏でも何でもない俺がそんな徴を上原につけるのはまずかろうと思うのだが。

 もっと軽い感じであげられるもの、ないだろうか。

「他に、ありますか?」

「え?」

「あの……例えば、友人や職場の人に何かのお礼とかで気楽にあげられるような物ってありますか」

 と言う問いを、貴金属品店でするのも何か妙だとはわかっている。

 けれどさすがに店員さんはプロで、「そんなもんをこの店で探すなよッ」とは言わず、にっこりと笑顔を向けた。

「それでは、そうですね……例えばスカーフ留めですとか、ブローチですとか」

 スカーフ留めは、前提としてスカーフをしなきゃならないんだろうが、そんな品の良い物を上原がしているのを見たことがない。

 ブローチに至っては、近年、若年層がブローチを身につけるシチュエーションを結婚式以外で余り見かけたことがない。

(うーん……)

 アクセサリーってのも結構難しいものなんだな。誰かに相談してから考え直してみようか。

 例えば北条……北条って、こういう点で恐ろしく役に立たなさそうだな。

 と言って……まさか広瀬にそんな相談をするほど無神経じゃ……。

(広瀬……)

 そうだよな……広瀬をこのまま放っておくわけには、いかないじゃないか。

「お客様?」

「はい、あ、何でも……ないです」

 今更、上原に抱いている気持ちに気がついた、俺。

 それを、早く上原に伝えてしまいたいとは思う。

(だけど……)

 だけど、俺は、その前に。

 ……広瀬に、俺の気持ちを伝えなきゃ、ならない。


 駐車場に戻って、車に乗り込む。

 隣の助手席には、結局店員に乗せられるように買ってしまった上原へのプレゼントが放り出されている。

 どうせ最初から、リアルタイムにクリスマスに渡せるとは思っていない。Opheriaは、12月に入ってからライブ活動で頻繁に地方へ行っている。ただ、そのうち機会があれば渡せれば良いと……そんなつもりで開き直ってはいた。

 車内の空気は冷えきって、吐く息は微かに白い。エンジンをかけてヒーターを入れ、アイドリングしたままでハンドルに肘をつく。

 そのまま少し、ぼーっとした。

 ずっと、広瀬のことを曖昧にしたままでいる。

 男と女としては何の進展があったわけでもないけれど、少なくとも広瀬の好意を知っていて、何度も2人で会っている以上、広瀬に何も伝えずに上原に俺の気持ちを伝えると言うわけにはいかない。それは、筋が通らない。

 だからまず、自分の気持ちがわかった以上、上原がどうこう以前に、広瀬とケリをつけなけりゃならないだろう。

 そう考えて携帯を取り出すものの……一体、何て伝えればいいんだろう? 広瀬の電話番号をディスプレイに表示させたまま、ぼんやりと眺めた。

 いずれにしても電話で済ませるのは失礼だと言う気がするし、だとすれば、とりあえずは会う約束をすれば良いんだろう。

 そう思いつつ、発信ボタンを押すのを躊躇ったままディスプレイを見つめていると、その手の中で携帯電話の方が勝手に振動した。

 着信表示は――広瀬だ。

「……はい」

 迷いながらも、通話ボタンを押す。何も知らない広瀬が明るい声で答えた。

「あ、如月さん。おつですー」

「おつかれ」

「今、だいじょぶですか」

「うん。……俺も、広瀬に電話をしようと思ってた」

 俺の返答に、広瀬が黙る。

「ありゃ。どうしたですか」

「いや……広瀬こそ、どうした?」

 質問返しに、広瀬は「へへへー」と少し照れ臭そうに笑った。

「ヒロセは如月さんどうしてるかなあって思っただけです」

「そう?」

「はい。電話するのも何だか、久々ですね」

 広瀬と前に話したのはいつだったろう……11月に広瀬のD.N.A.がデビューを果たして、その時に電話で話したのが多分最後だろう。

 そこからしばらく、広瀬自身がばたばたしていたらしく、広瀬からの連絡は途切れていた。俺から連絡することは、そもそもこれまでにも余りない。

「……そうだね」

「如月さんは、何か用事だったですか」

 問われて、俺は小さくため息をついた。どう言えば良いだろう。

「……うん。広瀬さ」

「はい」

「どこかで少し、時間、取れないかな」

「……」

 無言の広瀬が、俺の言葉をどのように受け止めたのかはわからない。重ねて、俺は言葉を続けた。

「話したいことが、あるんだ」

「……話したいこと?」

 ぽつんと尋ねる。

 その声音を聞く限りでは、俺の話が余り良い話ではなさそうなことを察しているように聞こえた。

「うん……」

「……へへー。何だろ。気になるなー……」

「……」

「んでも、12月は厳しい感じですよね。Blowin'も忙しいんじゃないですか?」

「ああ……うん。そうだな……12月中は、この日は何時に終わるとか、約束出来ないような気がする」

「ヒロセも、12月中はちょろちょろと地方行ってたりとかするですからー。1月、かな?」

「うん……」

「年明けても腐らない話ですか?」

 先ほど、一瞬暗くなったような気がした声音は、何も気にしていないような明るいものに戻っていた。からっと言う広瀬の言葉に、俺は小さく笑って答えた。

「腐りはしないだろうけど」

「だったら、じゃあ、1月で」

「うん。……また、1月に入ったら、連絡するよ」

 話す内容を思えば、気が重い。

 大体、どうやってその話を伝えれば良いのかも、良くわからない。

 けれど、ともかくも今までのように広瀬と2人で会ったりするわけにはいかないような気がする。……俺の、気持ちの問題として。

 だとすれば、それはやっぱり何らかの形で伝えるべきだろう。

 傷つけるのかもしれない。

 そう思えば沈む心を見透かしているかのように、広瀬もどこか無理をしているかのような、ぎこちない声で、笑った。

「楽しみにしてますね。……1月に、如月さんに、会えるのを」











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