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White Road -Side A-  作者: 市尾弘那
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第10話(2)

 嫌だな、混んでるな……この時間帯だとこの辺渋滞するからな。ちょっと遠回りだけど迂回して裏道から行こうかな……。

「ペケペケのライブとか言ってましたよ」

「ぺけぺけ?……ああ、××」

 ××は最近人気の若手お笑いコンビで、ジャイアンとスネオみたいな2人組だ。鋭い突っ込みとシュールなボケで今若者を中心にブレイクしている。何故だか遠野は××の2人とやけに仲が良いらしく、お互いライブを行き来したりしているらしい。

「何でも今日は由依ちゃんを尚香さんの実家に預けて、ライブ行きがてらデートとか言ってましたけど」

「へえ。良いことじゃん」

 思わず微笑む。

 遠野は近藤の一件で、却って尚香ちゃんのありがたみがわかったらしく、前にも増して大切にしているみたいだ。あの一件が良かったのか悪かったのかはわからないが、ま、雨降って地固まるってやつだろう。

 到着した韓国料理屋は、木製の家庭的な雰囲気の店だ。壁際のテーブルに陣取って、適当にオーダーを済ませる。藤谷は酒に弱いし、この後単車で帰ることを考えて2人ともウーロン茶をオーダーした。

「何すかねー、何が変なのかなあ」

「思い切ってBメロ、ちょっと変えてみるか」

「でもアタマの流れ、良くないっすか。Aから流れ込む感じで」

「そう?」

 運ばれて来た料理をつつきまわしながら、しばらく仕事の話をする。

 今回いじってる曲ってのが俺の作曲じゃなくて、勢いで全員でアイデア出しながら作ってる感じで。言ってしまえば遊び半分なわけだが、これがなかなか面白くて最近のBlowin'のブームだ。

「インスト、藤谷スラッシュやってよ」

「いっすよ。じゃあ彗介さん、ワウって下さいね」

「……どうなの? それ」

「スクラッチ?」

「ずっと?」

「……うざいっすねー」

 完全に真面目にやるつもりのない話をしばらくだらだらと続けていたが、皿があらかた空になった頃、藤谷が頬杖をついて窓の外に目をやりながら短く欠伸をした。

「お前も眠そう。寝てるか?」

「んー……眠いっすねー」

 春っすもんね、と呟くその顔が少し寂しげで。

「……どうした?」

 煙草をパッケージから1本抜き出しながら尋ねると、藤谷は浅くため息をついて笑顔を作った。

「や……なかなか忘れられないもんですね。やっぱ」

 亡くなった彼女のことを言っているらしい。くわえた煙草に火をつけ、煙を吐き出しながら、咄嗟に言葉が浮かばない。藤谷は構わず続けた。

「ちょうど今頃なんですよ。出会ったのが。海で……俺、どうしようって、悩んでて」

 藤谷のそういう話と言うのは初めて聞く。遠野なんかはいろいろ知ってはいるみたいだが、俺に話すのは初めてじゃなかろーか。

「悩んでたって、何を」

「2年前なんですけどね。まだ移籍前……ガレージレーベルいた頃で、仕事あんまし、なかったじゃないすか」

「ああ……」

 密かに嘆息する。あれからまだ、2年しか経っていないのか。去年1年間が激動だったせいか、もう何年も前のような気がする。

「そんな時出会って。何かが動き出したような、そんな気さえ……したんすよね、俺」

 そう言って藤谷は、両手の人差し指と親指を立て、他の指を握った状態で手前から俺の方へぐるぐると円を描くような仕草をした。続いて左手を軽く握るようにし、右手でつまむように動かし、その右手を自分の額に人差し指をあてる。――手話、だろうか。

「『いつも近くで思ってる』。……良く秋が言ってくれました」

 やはり手話らしい。彼女が藤谷に良くそうしたのだろう。藤谷は頬杖をつきながら、俺に寂しそうな笑顔を向けた。

「秋がいなくなってから、いろんなこと考えます。人って、いついなくなるかわからないもんなんですよね。誰かに何かしてあげたいと思ったら……今しかないかもしれない。いなくなってから大切なことに気がついて後悔しても、遅いんですよね」

「……」

 なぜか、胸にぐさりと刺さった。……そんなことは知っている。俺は母親を亡くしているし、その記憶は今も鮮明で。けど。

「亮さんが、妙に心配してますよ」

「え?」

 不意に話が変わったような気がして、俺はぼんやりと吸っていた煙草から口を離した。顔を上げる。藤谷が、何だかひどく優しい顔をしていた。

「遠野が? 心配?」

「彗介さん。鈍いから、大切なことを見逃そうとしてるんじゃないかなーって」

「はあ……?」

「同じことを繰り返すとは、限らないんじゃないかなあって言ってました」

「……」

 同じことを……?

 妙に大人びた笑みを覗かせる藤谷に、言葉を失ったままで俺は目を瞬いた。何か、大事なことを言われているような、大事なことが引っ掛かったような気がして。

 けれどそれが、何なのかが……。

「俺は、秋が今でも大切で、彼女を失って……他の誰かを求めようとは思えないけど……」

「……」

「でも、受けた傷から必要以上に目を逸らすことも、多分しちゃいけないんだと思いますしね」

 失って……受けた、傷……。

「自分の大事なものから、目を逸らさないようにしなきゃですよ」

「……そんなこと、わかってるよ」

 その言葉が自分でもどこか嘘くさいような気がして目を逸らしたまま答える俺に、藤谷が無邪気に笑って見せた。

「なら、いーです」

 そんなこと、わかってる。

 わかってる、はずなのに。

 ……なぜかその藤谷の言葉は、俺の心の中に微かに、動揺を誘っていた。


          ◆ ◇ ◆


 上原に会う機会がないまま、少しずつ季節が移っていく。バレンタインの日にわざわざ会いに来てくれた上原の様子がどこかおかしいまま別れてしまったことが、俺の中でずっと引っ掛かりながら……どうすることも、出来ずにいる。

 もう、5ヶ月が過ぎようとしている。

 電話をしてみれば良いと思いつつも、上原が池田とうまくいっているところなら、余計なお世話と言う気もして、かけにくい。

 偶然会えでもすればそれとなく様子もわかるんだろうが、こういう時に限って、上原と遭遇するようなことは全くと言って良いほど、なかった。

 ファンクラブ相手のライブがあって、上原が来てくれていたらしいとは聞いたけれど……上原が楽屋に挨拶に来てくれた時にはちょうど俺が、楽屋にいなかった。

 遊びに来てくれていた広瀬を出口まで送って行った時だろうと予想はついたものの……内心、何で待っててくれなかったんだよ、と言う少々八つ当たりめいた感想が漏れた。

 ほんの少し待っていてくれたら、会えただろうに。俺が強制出来ることでもないんだが。

 それでも、さっさと帰ってしまった上原に寂しくもあるし、あのバレンタインの時にやっぱり何か、怒らせるようなことがあったんだろうかと思ったり。

 ……ま、だとしたらそれはそれでもう……仕方ないかもしれないけどさ。

(池田か……)

 久しぶりに『EXIT』のすぐ近くに車を停めて、何となくため息が出た。

 遠野同様、あーいうのに好かれて嬉しくない女の子はいないんだろう。池田が上原のことを好きだと言う噂が本当ならば、仮に今はまだ広瀬の言うように付き合っていないのだとしても、時間の問題だと言う気がする。ため息混じりにエンジンを切ると、車を降りた。

 今日はBlowin'は、オフだ。

 オフだけど、思い出したようにちょろちょろといじっている例の新しい曲のソロを試してみたくて、俺は昼前に、事務所へ行ってみることにした。

 気兼ねなくがんがん音を出せるスタジオが使えると言うのは、やっぱりありがたい。

 部屋でヘッドフォンで音を出すのとはやっぱり、違うからな。大体耳元で大音量を出していると、耳に有害極まりない。ミュージシャンとしてはあまり耳を痛めたくはない。

 で、事務所に行く前に、久々にマスターの顔を見て行こうと思いついただけである。『EXIT』の前に立ってみると、ガラス張りの扉から見える中は、カウンターにひとり、誰かが座っているだけのようだった。

 カララン。

 馴染み深い音に迎えられて扉を開けると、カウンターの内側からマスターが顔を上げた。

「ケイちゃん、いらっしゃい」

「何だかご無沙汰ですね」

「まったくだよ。もっと頻繁に遊びにおいで」

「はは……すみません」

 苦笑いしながら中に入る。俺の背後でまた、カラランと扉が閉まった。

 カウンターにひとりで座っているのは、若い男だ。仏頂面でテーブルに肘をついて、俺にぺこりと会釈をする。誰だかわからないままつられて会釈をしつつ、見たことあるけど誰だっけなどと不届きなことを考える。

「あ、すみません」

 マスターがくれたアイスコーヒーのグラスを受け取りながら考えを巡らせた俺は、それがここの店員であることを思い出した。何だっけ、平泉だ。

 エプロンをしておらず、カウンターの内側にもいなかったので、つい認識が曖昧になった。いかに自分が顔をまともに覚えていないかがわかる。

「ケイちゃんは、今日は休みかい?」

「ええ。でもこの後スタジオに行こうと思ってるんで、すぐ帰ります」

「何だ。ゆっくりして行けば良いのに」

「はは。改めてゆっくり来ますよ」

 マスターの言葉に答えている間に、平泉が席を立った。カウンターの内側に回りこんで何やらごそごそと置いてあったらしい荷物を取り出すと、「それじゃあ、俺……」とマスターに挨拶をし、また俺に会釈をして店を出て行く。

「彼、バイトの……ええと、平泉くん、でしたっけ」

 ミルクだけを入れたアイスコーヒーをストローで掻き混ぜながら何気なく尋ねると、マスターはいきなり「とほほ」と呟いてカウンターの内側に突っ伏した。……何だ何だ。

「マスター?」

「実は今、ウチ、バイトのコがひとりもいなくなっちゃったんだよ」

「は?」

「ケイちゃん、戻ってこないかい」

「……そりゃ無茶ですよ」

「ケイちゃんが今戻ってきてくれたら大繁盛だなあ」

「……」

 一応そこそこ売れてきたと言うのに、いきなりそのバンドのギタリストが喫茶店でバイトをしているのはどうかと思うのだが。

「彼もやめちゃったんですか?」

「そう。彼、弁護士を目指していてね」

「弁護士!?」

 そりゃまた……俺とは偉い、脳味噌の出来が違うイキモノだ。

「その試験が5月だってんで、2月頃にやめて……」

「へえ。凄いですね。どうだったんです」

「発表はまだだって聞いてるよ。とりあえず試験も終わったし、引越しもして少し落ち着いたから顔を見せに来てくれたんだ」

 ああ……そうだったんだ。

「邪魔したみたいで、悪かったですね」

「そんなことはないだろう」

 ふうん……じゃあ今、ここでバイトしてる人間はいないのか。

 弁護士ねえ……六法全書とかそういうのを頭に詰め込むんだったか? 俺の頭なら一条入れるごとに一条弾き出されるだろう……。

 人種の違いを感じつつマスターと最近のことなんかをぽつぽつと話し、俺は15分ほどで席を立った。あまりだらだらしていると帰るのが遅くなる。どうせスタジオに入ったらハマりこむ自分が目に見えている。

「それじゃあ、また」

「おう」

 マスターに頭を下げながら、扉を押し開ける。8月も間近、外に出れば夏の暑い陽差しが目に眩しく、微かに目を眇めながら車の方へと歩き出した。――直後のことだった。

「……如月さん」

「え?」

 余り馴染みのない声に呼び止められ、足を止める。振り返ると、『EXIT』の壁に背中を預けるようにして、しばらく前に出て行ったはずの平泉が立っていた。

「……はい」






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