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White Road -Side A-  作者: 市尾弘那
43/58

第10話(1)

 すっかり春である。

 広瀬とはあれから、大した進展があるでもなく、何ごともなかったかのようにこれまでと同じ――時々2人で会ったり、CDを貸し借りする関係を続けている。

 一方で、上原とは、めっきり会うことがなくなった。

 元々Opheriaとは仕事で会うことはまずないので……劇的に、何が変わったというわけでもないんだけど。

 ただし、会うわけではないのに、この3ヶ月の間、上原の話だけが俺の耳に届いていた。

 正確に言えば『噂』と言う奴だ。

 マスコミなどで取り沙汰されるほど広がったり、一般にまで漏れるようなパブリックな噂とは別に、業界内だけで広がるような種類の噂、と言うのがある。

 池田と上原の噂というのは正にその種類の噂で、普段ならそういうのに疎い俺の耳にはまず入ってこないのだが、なぜかこの件に関しては木村がきっちり教えてくれるので知るハメになっている。別に、教えてくれと頼んだ覚えはないのだが。

 それによれば、上原と池田はかなり良い感じになっていて、上原自身も池田に好意を持ち始めているんじゃないかと言うように聞こえる。ともすれば、付き合っているようにさえ聞こえる。いや……付き合ってる、の、かな……。

 そんな話を聞いてしまえば正直、複雑なものがあるけれど……上原が選び、望んだことなら俺にはどうしようがあるわけでもない。

 ライブDVDも無事に発売され、新しいシングルのレコーディングにも取り掛かって、Blowin'としては順調だった。昨年末の一連から半年経って、遠野も藤谷も平常心を取り戻しつつある。

 事務所のスタジオ増設工事は春先には無事終了し、広田さんは約束通り2階のスタジオをBlowin'に明け渡してくれた。おかげで、あっと言う間に『Blowin'の巣』呼ばわりされている。他に言い方はないんだろうか。何だか凄く嫌なんだが。『巣』って。

「如月さん、いるですか」

 『Blowin'の巣』で新しい曲をあーでもない、こーでもないといじくり回していると、リハスタのドアをちょこんと開けて広瀬が顔を覗かせた。このところ大倉が上の新しいレコスタで録っているらしく、遭遇することが多い。

 こうしてここに顔を出すことも度々で、広瀬は最近Blowin'とも顔馴染みになってしまっている。

 と言うよりは、『君たち、付き合ってんの?』的な認識を勝手にされ始めているような気さえする。実際の関係がどうであろうが、自動的に付き合ってることにされてしまいそうなムードだ。

 北条なんかは無責任に「いーんじゃーん。あたしあのコ割と好き」などと言ってくれているが、一方で、こと俺の恋愛ごとに口を突っ込みたがる遠野が何も言わないのが不気味でもある。……静かなのに越したことはないんだけどな。

「おはよー。紫乃ちゃん」

 遠野がひらひらと手を振った。俺も、眺めていたコード譜から視線を上げる。広瀬は何やら興奮したような顔をしていた。

「どうした?」

「あああのね、如月さん、あたしッ……あたしのやってるバンド、広田さんがウチにおいでってッ……」

「え?」

 それは、つまり……。

「えー!! デビュー決まったんだー」

 俺より先に北条が叫んだ。広瀬の視線が北条に向けられる。大きく頷いた。

「やったじゃーん」

「良かったねー」

「頑張って」

 口々に祝福の言葉がかけられる。広瀬は笑顔のまま顔をこちらに向けた。

「……おめでとう。頑張って」

「ありがとう」

 広瀬のバンド、D.N.Aのライブは1度だけ見たことがある。

 キーボードとベースのスリーピースで、GROBALのような激しいものでもなければ、MEDIA DRIVEのようにユーロビートがかったものでもない。春の陽射しを思わせる広瀬の柔らかくて暖かい歌声を中心に据えた、いわゆるポップス路線のバンドだ。

 一歩間違えればメジャーシーンでありがちとも言え、埋もれてしまうかもしれないけれど、プロモーションさえ考えれば正統な感じで売れるかもしれないと思う。演奏は上手いし、D.N.Aは多分心配ないだろう。

――それより。

「広瀬が抜けると、Opheria……と、大倉って、どうするの?」

 Opheriaだけではあまりに露骨、のような気がしたので、大倉の名前も無理矢理挙げる。広瀬は俺が誰を心配しているのかなんてわかっているというように、笑顔を微かに翳らせながら頷いた。

「大倉さんは、もうコンスタントに入る人が決まってるんです。Opheriaの方は当面、その場その場でサポートいれる形になるみたいですけど……」

 そうなのか。決まってはないんだ……。大倉なんかより先に決めてやれば良いのに、と言うのはやっぱり贔屓というやつだろうな……。

「あ、それじゃあたし……とりあえず報告に来ただけだから」

 ぺこんと頭を下げて出て行く広瀬を追って、俺も立ち上がる。

「広瀬。……忙しくなると思うけど、頑張って。広瀬なら心配ないから」

 その言葉に、なぜか少し寂しそうに微笑んで、広瀬は頷いた。

「あ、そうだ……如月さん。飛鳥ちゃん、元気ですよ」

 唐突に言われて、いささか面食らう。広瀬は両手を後ろで組んで、少し小首を傾げるようにして笑った。

「飛鳥ちゃん、最近全然如月さんと顔を合わせてないみたいだから。如月さんも、飛鳥ちゃんのこと心配してるんじゃないかと思って」

 ……読まれている。

 返答に詰まり、明後日の方向を見ながら前髪をかきあげた。

「俺は、別に……。今は上原には池田がいるんだし、もう俺が心配することでもないだろ……」

 その言葉に広瀬は大きな目を瞬いた。

「池田? って、Stabilisationの池田くん?」

 その反応に戸惑う。付き合っているなら、木村さえ知っているものを、広瀬が知らないものだろうか。

「付き合ってるんだろ? 池田と……上原」

「……ヒロセ、初耳ですけど」

 え。だって。

「どこから聞いたですか。そんなん」

 顔をしかめて問われ、俺は困惑しながら答えた。

「木村が……。まあ、はっきり付き合ってるとは言ってなかったかもしれないけど、そんなニュアンスのことを言ってたから……」

 それを聞いてなぜか広瀬は深いため息をつくと、不満そうに口を歪めた。

「ガセです、そんなん」

「そうなの?」

「そうですッ」

 自分のことでもないのに、そんなムキにならなくても……。

「確かに池田くんは、飛鳥ちゃんのこと気に入ってるんだろうなーってのは、あたしだって見ててわかるけど……でも飛鳥ちゃんはそんなんじゃないし。だって飛鳥ちゃん……。ま、それはともかく、付き合ってなんか全然ないですよ」

「俺は別に……どっちでも……」

 言いながら、内心ほっとしたのは否定出来ない。……何だ。ただの噂だったのか……。

「奈央ちゃん、悪いコじゃないですけど。ただ、飛鳥ちゃんに関しての話はあんまり……真に受けない方が良いかもですけど」

「何で?」

 真顔で問い返すと、広瀬は少し口ごもってから言葉を選ぶようにして言った。

「奈央ちゃんって、如月さんと仲良いでしょ?」

「誰が?」

「奈央ちゃんと如月さん」

「……取り立てて良くもないと思うけど」

「……そう言われちゃうと、何か続きにくいですけど」

「……じゃあ、まあ、それでも良いけど。それで?」

 出鼻を挫かれたような感じでもごもごしていた広瀬は、気を取り直して続けた。

「で、だから……ちょっと飛鳥ちゃんにヤキモチやいてるんじゃないかなあって、思うです。あくまでヒロセの見解ですけど。前提として」

「何で上原?」

 それなら、広瀬とか北条とかの方がまだわかる気がする。上原とは、俺は公の場で話をしていたり一緒にいたことなんかはほとんどない。

「何でって言われても……何となく、わかるんじゃないかなあ。如月さんって、飛鳥ちゃんのこと気にかけてるって」

「広瀬は?」

「え?」

「広瀬の方が俺と一緒にいることとか全然多いと思うけど」

「あ、あたしは……」

 顔をふっと赤らめて広瀬は慌てたように少しどもった。

「……奈央ちゃんとは、あんまししゃべってないです」

 つまり話してくれないわけか。

 俺は思いがけない話で、くしゃくしゃと頭をかきまぜた。木村がヤキモチねえ……。俺のことを本気で好きだとは考えにくいんだけどなぁ……。

 ただの『女王様願望』って奴じゃないんだろうか。何でもいーんだが。

 俺は溜め息をついて、広瀬の頭をぽんぽんと撫ぜた。

「そうなんだ。ごめん、俺全然知らなくて」

「あああああ……や、あの、しッ知ってたら変だと思いますッ」

「そう? 俺鈍いから、何かそういうの」

「……いいんだと思います、まんまで」

「さんきゅ」

 あたふたしながら広瀬がレコスタへ戻り、俺も仕事へ戻る。夜7時を回った辺りから作業が何だか空回りし始め、今日はもうこれ以上曲と睨み合ってても仕方がないだろうと言う結論に達した俺たちは、もう早めに上がることにした。

「おっつかれー」

 やけに陽気に遠野がスタジオからいなくなり、別に何の用事があるわけでもない俺がだらだらと未練がましくギターにかじりついていると、同じく未練がましくスネアをタカタカと叩いていた藤谷が、俺に向かって言った。

「彗介さーん。たまにはメシでも行きませんー」

「え? ああ、いいけど……」

 指先でテレテレと適当に弦を弾きながら答える。

「北条も行く?」

 ベースを片付けていた北条は、軽く肩を竦めて舌を出した。

「ぱぁす」

「何かあんの」

「たまにはあたしだってデートくらいね」

「……えーッ。まじっすかーーーー!?」

 大げさに藤谷が驚き、すかさず北条が藤谷に回し蹴りをくらわせた。……回し蹴りって。回すなよ、わざわざ……。

「ぐえ」

「あたしがデートすると何か疑問でもあんの?」

「いえ……ないですぅ……」

 んじゃね、お先〜と機嫌良さげに北条が出て行き、俺と藤谷が取り残される。北条に暴力を受けたままスネアに突っ伏していた藤谷は、そのまま目だけでこっちを見た。

「……何食います」

「何でも……ああ、そう言えば上手い韓国料理屋見つけたよ。行く?」

「いいすねー。行きましょう」

 何気に彗介さんっていろんな店押さえてますよね、誰と行くんですかなどと余計なことを呟きながら、藤谷が帰る支度を始めた。その疑問を黙殺し、俺もアンプの電源を落としてギターを肩から外すと、壁際のスタンドに置いた。

 このリハスタが『Blowin’の巣』と化してからは、ほとんど私物が置きっ放し状態になっている。もちろん他の人たちが使用することもありうるわけで、その際にあまり邪魔にならないようには気をつけているつもりだけど……でもなあ。使って良いったって、なかなか使いにくいだろうな。

 スタジオを出て鍵をかけ、藤谷と並んで降りる。スタジオの鍵を事務室に返却し、外へ出た。

「藤谷、単車?」

「そうっす」

「どうする? 乗ってく? 帰り、またここまで送っても良いよ」

「んじゃあお願いしようかなあー」

 事務所には今日はあまり人がいないようだ。駐車場にもほとんど車はなく、何だか俺の愛車がポツンとして見える。車に乗り込んであくびをしながらエンジンをかけると、それを見て藤谷が笑った。

「あったかくなりましたよねえ」

「眠くなるんだよな」

 赤坂にある韓国料理屋を目指して車を発進させた。

「遠野、どうしたの、そう言えば」

「今日すか? 飛んで帰って」

「うん」






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