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White Road -Side A-  作者: 市尾弘那
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第9話(4)

「別にいーけど……今、散らかってるよ」

「それは構わないけど。いきなり押しかけてきたんだし」

「あ、そ。じゃあどうぞ」

 ドアを広く開いてやって上原を入れてやる。しかしなー……こうも気軽にひとり暮らしの男の部屋を訪ねるのもどうかと思うけどな……。

 ……。

 ……池田なんかの部屋にも行ったんだろうか。こいつなら無頓着にやりかねないような気がする。

(別に、関係ないけどな)

 浮かんだ考えに自分で少しむっとしながら、とことこと前回とは違い勝手に部屋の中へ入っていく上原の背中を眺めつつ、ドアを閉めた。

「ホントに散らかってるねー」

「……だからそう言ってるだろ」

「曲作ってたの? じゃあお邪魔だった?」

「別に。休憩しようと思ってたから」

 良かった、と上原は脱いだコートを片手にクッションに腰を下ろした。

「何だよ、何しに来たの。お前仕事は?」

「仕事中ー」

「……今ここにいるコレは、俺の幻か?」

「幻見るほどあたしを待ってたの?」

「……」

 冷蔵庫を覗き込む。残念ながらオレンジジュースは今回はない。代わりに、コーラの缶を2本抜き出してリビングへ持って行った。床に散らばっている譜面や、何本ものギターを興味深そうに覗き込んでいる上原に1本渡してやる。

「ありがとー」

「仕事中ならさっさと戻った方が良いんじゃないの」

 と言うか、仕事中にわざわざ抜け出して何の用なんだ?

「だって、今日に限ってBlowin’ってばオフなんだもん」

 全然返事になっていない言葉を返すと缶コーラをプシュっと開けてテーブルの上に置き、上原は眼鏡を外してその横に並べた。

「あのね、如月さんに、あげようと思って」

「何が」

「だからさあ……」

 唇を尖らせる。困ったように一点を見つめたまま沈黙していた上原は、急に顔を上げると今度はやたらと早口で言った。

「だからッ。バレンタインだしッ。クリスマスプレゼントもらったから、お礼に」

「……いいのに。別に」

「良くないよ」

「あげたい人にあげた方が良いんじゃないの? こういうのって」

「もー。素直じゃないなあ」

 あけた缶コーラを片手に上原の手前にしゃがみこんだ俺に、上原は有無を言わさずバッグの中から取り出した四角い包みを押し付けた。

「しかも、あたし、作ったんだよ、自分で」

「食えるの?」

「失礼な。食べ物で形成されてんだから、食べれるわよ」

「……そういう次元の話なの?」

「……違うの?」

 思わず恐ろしげにまじまじとその包みを見つめる俺に、上原は鼻の頭に皺を寄せた。

「もおいい。そんな無理してもらってくれなくても良い」

 言って俺の手から奪い返そうとするので、思わず笑いながら避けた。拗ねた表情が、可愛い。

「嘘嘘。さんきゅ。嬉しいよ」

「いいもん」

「ホントだって。ありがたく頂きます」

「うん」

 ようやく上原が機嫌を直したので、落ち着いてクッションに胡坐をかいた。足の上に包みを乗せる。

「開けて良いの?」

「いいけど……」

 俺の言葉に不安そうに上目遣いになった。おいおい、さっきまでの勢いはどこへ行ったんだよ?

 構わずリボンをほどく。包装まで自分でやったらしく、包んでいる紙がよれていた。……ま、中身が手作りなら外見だけやってくれる人がいるわけでもないよな。

「……」

「……」

 包装紙を剥がし、中から出てきたバスケット状の入れ物の中に一応チョコレート風の物がいくつか入っている。

 いるんだが。

 見た目は、整形がイマイチという点を除けば、まあさして緊迫した問題はないんだが。

「……妙に、香ばしい香りがするのは俺の気のせい? それともこういうもの?」

「……そう?」

 おどおどと上原が一緒になって覗き込む。あまりくっつかないで欲しいんだけど。

 とりあえずひとつつまんで口に放り込む。

「……」

 上原が「どう? どう?」と目で訴えかけてきた。これは、その、ええと……。

「……苦い」

「あ、如月さん甘いの苦手だから、ビターチョコなの」

「……」

 待て。これはそういう次元なのか? ビターはビターでも、発癌性物質を含む苦味じゃないのか?

「食ってみる? ってか、食ってみた?」

 何とか努力で飲み下して尋ねると、上原はふるふると顔を横に振った。レイヤーの入った髪の長めの部分が耳元でふわふわと揺れている。

「食ってみ」

 その口にぽこんと1つ放り込んでやると、上原はもぐもぐと口を動かして、顔を顰めた。

「うえ〜」

「……今度から人に何か作ってやる時は、ぜひ試食してみることを勧めるよ」

 と言うか、それが普通だろう、やっぱり。

「えー、何でー?」

「お前、これさ、どうやって溶かしたの?」

「え? チョコレート削って鍋に入れて」

 そこまでは正しい。

「鍋を火にかけて」

「……」

 ぱかん、と上原の頭に突っ込みを入れる。

「あいた」

「チョコレートっつーのは湯せんにかけて溶かすものじゃないのか?」

「湯せんって何?」

「……」

 それじゃあ焦げて当然だ。

 溜め息をついて、俺はもうひとつ口に放り込んだ。食べ終わったら俺は癌になっているかもしれない。癌保険に入っておいた方が良かっただろうか。上原に殺される。

「あ、あ、い、いいよ、如月さん。食べないで」

 苦い。

 慌てて止める上原に構わず、俺は更にもう1つ口に放り込んだ。この……甘いのに激しく苦いと言うのは、どう説明したものなのだろうか。

「ねえ、無理しないで」

「せっかくくれたもん、まずいからって捨てるわけにもいかないだろ」

「捨てて良いよ」

「それともこれって、新手の拷問なのかな……」

「……だからそんだけ言うくらいなら、捨てたらいいじゃないよ……」

 そうこうしている間にバスケットの中を綺麗に空にした俺は、救いを求めるようにコーラに手を伸ばした。

「うえーん、ごめんね、如月さん」

「別に……いいけどさ。気持ちは嬉しいし」

 コーラを飲み下して小さく咳をしながら応じる。

「池田にやるんなら、市販に切り替えるんだな。フラれるぞ」

「……え?」

 俺の言葉に、上原の表情が止まった。

 コーラの缶をテーブルに戻しながら、胡坐を組んだ足をほどいてバスケットをコーラの隣に置く。片膝を立て、片手で後ろから体を支えながら言った。

「えって……あげるんだろ? もうあげたの? そりゃやばいよ」

「別に……池田くんは……。……友達、だし」

 そういう話をされてしまうと、「俺は?」と問い返したくなるじゃないか。――お兄ちゃん、だろうかやっぱり。

「あ、この前カフェで一緒にいたからかな……」

 もごもごと上原が言って俺を上目遣いに見る。

「別に……前からそういう噂、聞いてたし。いいんじゃないの。彼氏欲しいんじゃなかったっけ」

「……」

「池田なら、問題ないんじゃないか」

「……だって別に……そういうんじゃ、ないもん」

「俺には関係ないんだけど」

 自分で言って、胸が少し痛んだ。

 でも、事実だろ……。俺が口出しできる次元の話じゃない。上原が池田と恋愛しようが他の誰かと恋愛しようが……何を言える立場でもない。

 少しずつ俯いた上原の動きが止まる。しばらくそのままだったかと思うと、ふいっと立ち上がった。

「帰る」

「は?」

「仕事あるから。もう帰る」

「……ああ、うん」

 俺に背中を向けた状態なので、どういう表情をしているかまではわからない。コートを脇に抱えたまま、床の上のバッグを持ってスタスタと廊下に出て行った。あまりにスピーディな行動に出られたので、勢い置いていかれてしまう。唐突過ぎる上原の行動に、俺は面食らっていた。

「上原?」

「何」

 俯いて靴を履いていた上原は、そのままそっけない返事を返してきた。怒っているんだろうか。何で?

「送る、のは……まずいよな。ひとりで戻れるか?」

「うん」

「そう……」

 靴を履き終えて上原が立ち上がる。顔は尚も俯いたままだ。俺は何が悪かったのかよくわからず、言葉の接ぎ穂に困った。

「あの……」

「……」

「わざわざ、さんきゅ……」

 黙ったままでふるふると首を横に振る。一瞬の後、上原がぱっと顔を上げた。

「それじゃあね」

 上げた顔は、思い切りの笑顔。予想外――だけど、それは、上原の笑顔じゃないみたいだった。

「あ、うん……」

 踵を返すと、ドアを開けて外へ出て行く。誰もいなくなった玄関でドアがゆっくりと閉じていくのをぼんやりと眺めながら、俺は上原の笑顔に感じた違和感に戸惑っていた。

 ……あんな笑顔じゃ、ない。

 俺の知ってる上原の笑顔は、何だろう、あんな……そう――無理矢理、作ったみたいな笑顔。

(よく、わかんねー……)

 上原が豹変した理由が俺にはまったくわからなくて、けれど自分のせいなんだろうと言うことだけは感じていて、俺はそのまま玄関にしゃがみこんだ。

 せっかく。

 ……久しぶりに、会うことが、出来たのに。











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