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White Road -Side A-  作者: 市尾弘那
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第9話(2)

「StabilisationもOpheriaも、今日の『Music Scene』出るって聞いたなあ」

「あ、そう」

 俺の座った椅子からは、不本意ながら2人の様子が良く見える。しきりと池田が何かを話し、上原は相槌を打っていた。こうして見るとやっぱり池田は端正でお洒落だし、年の頃も近いせいかやけにお似合いに見える。

「池田くんって前から飛鳥ちゃんのこと可愛いって凄い言ってたしね」

「お前、上原知ってんの?」

 ふと尋ねると、木村はストローの包みをやぶりながら頷いた。

「うん。ごはん行ったりとかもしたしー。結構いろんな話するしー。……恋愛の話とかー」

「……ふうん」

 アイスコーヒーにミルクを注ぎながら、俺はぼんやりと頷いた。

「飛鳥ちゃんも満更じゃないんじゃないー? 池田くん、かっこいいもんねー」

「……まーね」

 ストローを口にくわえながら、何だか不機嫌になっていく自分に気がつく。……嫌だな。これ、嫉妬とかそういうんだろうか。

 そんなはず、ないだろ、別に。……それとも俺、上原のこと好きなのか?最近浮かんでは打ち消していた疑問が、再び浮上する。

(……まさか)

 上原がひどく楽しそうに、池田の話に笑い声を立てるのが見えた。かちんと来て、咄嗟に浮かんだ考えを力いっぱい否定する。

「池田っていくつなんだっけ」

「池田くん? えーとね……××年2月生まれのうお座のA型じゃなかったかなあ」

「良く知ってるな……占いマニアか?」

 そこまで細かなデータを望んではいなかったので、思わず呆れた。俺の言葉に木村が不貞腐れた顔をする。

「たまたま前そんなこと言ってたんだよ……。ええと、だから今ハタチ、じゃないの? 飛鳥ちゃんの1つ上くらい? あたしの2コ下とかそんなだったと思う」

「ふうん」

 19歳と20歳なら、もろ同年代か。

「ま、似合ってるよね」

 ダメ押しのように木村が言った。俺を見るその視線に何か意図が含まれていたような気がするがわからない。俺は木村からも上原たちからも視線を外しながら頷いた。

「似合ってるんじゃないか」

「外で2人で会ったりもしてるらしいしね」

 え?

 心臓が少しだけ音を立てた気がする。何だろう……ショックだった、ような感じだった。

(別に……)

 再び上原に視線を戻す。「手をつないでも良い?」と差し出した、ひんやりとした指を思い出した。再会してから、初めて触れた手のひら。雪の中の、泣き笑いの顔。

(……別に、俺には関係ない)

 言い聞かせるように心で呟いたところで、ポケットの携帯が振動した。

「はい」

「あ、お疲れです、ヒロセです。今平気ですか」

「うん。いいよ」

 何となく視線が上原と池田をとらえたまま、頷く。木村は向かいですねるように唇を尖らせて、両手で頬杖をついて俺を見ていた。

「如月さん、今日とか時間あったりするですか」

「今日? ……うん。10時頃にはあくと思うけど」

「あ、したら少し会えたらいいなーとか……」

 池田と上原が立ち上がる。何か話しながらこちらに向かって歩いてくるのを、俺は携帯を耳にあてたままで眺めていた。上原が振り返る。俺の姿を認めて、大きく目を見開いた。

「あ、お疲れ様です。奈央ちゃん、おはよ」

「おつー」

「奈央さん、おつかれさまー」

 木村に言って、上原は電話しているのを遠慮してか、俺には目礼した。俺も軽く片手を挙げる。

「いいよ、会おう」

 上原が通り過ぎた瞬間、広瀬に対する返事を口にすると、上原が振り返った。

 無言のまま、俺を見つめる。

 数瞬後、体を翻し、池田の後を追って行った。

「ホントですか。良かった。や、渡したい物があって……」

 耳元で流れる広瀬の声を、俺は半分以上、上の空で聞いていた。

(何だよ、俺……)

 今の、まるで、上原に対する当て付けみたいじゃないか……。

「広瀬、今日Opheriaのテレビの収録じゃないの」

「そうです。今向かってて……あれ、もしかして如月さんもいるですか」

「うん。俺はもうじきリハ入っちゃうけど……」

 なんだー残念ー、という広瀬の声を受けながら、俺は自己嫌悪に陥っていた。振り返った上原の瞳。けれど。でも、別に……。

 ……お互い様じゃないか。

 それじゃあ終わったら電話するよ、と携帯をオフにすると、木村が俺をじとっと見ていた。

「あたしさあ、結構Opheriaのコと話とかするんだけど」

「……うん」

「彗介って、広瀬紫乃と付き合ってんの?」

「……」

 俺は灰皿に置かれたままでただ短くなった煙草をつまんで、消した。火をつけたことを忘れていた。

「何で?」

「わかんないけど。令子ちゃんがそんなこと言ってたから。あともういっこ噂が……」

「レイコチャン?」

 俺は自分の記憶にある、Opheriaのメンバーの顔を思い出した。あの、すらりとした感じのコだろうか。

「背の高い人?」

「え? 違うよ。それ、京子ちゃんじゃない、ギターの。大橋京子」

「知らない」

 どうやらあの人は大橋というらしい。上原とは仲が良さそうな感じだった。

「令子ちゃんはドラムのコで……栗色のストレートの髪で、目尻に泣きボクロがあるの。小宮令子ちゃん」

 どうでも良いんだが。どうせ覚えられるわけじゃない。

 そう思いつつ、木村にあれこれ突っ込まれるのが面倒で、木村の意識をそっちに逸らすことにする。

「他のメンバーは?」

「え? ええとね、ベースがこう、くせっ毛の赤っぽい背中まで髪のあるコで、顔は割と地味な感じで……仁藤真名ちゃんって言うんだけど」

「ふうん」

 一度フルメンバーでいるところも見てるし、Opheriaのアルバムが発売されている時に一応買っているのだが……どうにも思い出せない。

「で、ヴォーカルが飛鳥ちゃんでしょ……」

「あ、俺そろそろ時間だ。行くわ。じゃあな、そっちも収録頑張って」

 腕時計を見て俺は立ち上がった。ひらっと木村に手を振って、足早にカフェを出る。

「え? ……ちょっと!! 話そらしたでしょ!!」

「また今度」

 木村の金切り声を置き去りに、俺はちょうど来たエレベーターに飛び乗った。

――彗介って、広瀬紫乃と付き合ってんの?

 ボタンを押して次々と点灯していくフロアランプを眺めながら、木村の言葉を反芻する。そんな問いには、答えられる精神状態にない。

(付き合っちゃえば、いっそ楽なのかな……)

 変に、上原に心揺れたりせずに済むのかもしれない。

 広瀬に、上原のことを妹だと言ったのは俺自身だ。

 危なっかしくて、目が離せなくて、泣いてないか不安がっていないか嫌な思いをしていないか……すぐに、心配になる。

(妹だろ……そういうのって……)

 広瀬のことを好きになれそうだと思った、その気持ちまでが揺れそうで怖かった。

 広瀬とは何度も……それこそ、2人で会う回数で言えば、上原より圧倒的に何度も会っているのに、「好きになれそう」だと思った頃から進歩がない。

(……)

 上原が、池田とうまくいくのなら。

(俺は、別に……)

 何を言える権利もない。


          ◆ ◇ ◆


 収録が終わったのは広瀬の方が先で、俺は広瀬を六本木交差点の辺りでピックアップした。夜の六本木は人が多いし車も多い。横付けにした俺の車に転がり込むように乗り込んできた広瀬は、大きな目をくるくるさせながら笑った。

「六本木って、いつ来ても怖い」

「怖い?」

 信号が変わるのを待って車を走らせながら、俺はバックミラーに目をやった。

「人が、いっぱいい過ぎて」

「新宿も渋谷もいっぱいいるでしょ」

「それはそうですけどー……何か、あたしとは別の人種の人がいっぱいいる感じ」

 俺も広瀬も、収録の合間に弁当が出ているので、その辺のバーで軽く酒を飲んで今日はすぐに帰ることにした。俺の頭がどこか上の空で、あまり会話が弾まなかったせいもあるかもしれない。会うことを受け入れたのは、勢いとは言え自分の癖に、早くひとりになりたいような気も、どこかでしていた。

「何か今日、如月さん、あんまり元気ないですか」

 広瀬と時々行くバーを後にして車に乗り込むと、広瀬がぽつりとそんなふうに尋ねてきた。

「……そんなことないよ」

「そうですか?」

「うん。……あ、そうだ。俺、広瀬のCD借りっ放しだね。ちょっと広瀬ん家送る前に、ウチ寄って良い? 取って来る」

「あ、そんな慌てないでも別に……」

「そんなに遠回りにならないし」

 車を回して俺のマンションの前まで来る。とりあえずすぐに乗るのだから、と適当にその辺に停めかけた俺は、ふと広瀬に尋ねた。

「……寄る?」

 せっかく会っていたのに、ずっとどこかぼんやりしたままで申し訳なかった。謝罪の気持ちを含めて言ったその言葉に、深い意味があったわけじゃないんだが。

「え……?」

「コーヒーくらいは出せるけど」

「あ、で、でも……お邪魔、とかじゃないですか」

「……誰と誰の邪魔になるの? この場合」

「ええと……」

 広瀬はぽりぽりと人差し指で頬をかきながら、俺を見上げた。笑顔を向ける。

「やましい下心とかあるわけじゃないから。借りたいCD、自分の目で見て持ってっていいよって思ったんだけど」

「あ、嬉しいかも」

「じゃあ、車、駐車場に入れちゃうおうか、一度」

 広瀬を伴って部屋に戻る。広瀬は何が入っているんだか、小さな紙袋を大事そうに抱えながら俺の後をついてきた。上原と同様、何だかきょろきょろとしている。

「……どうしたの?」

「凄いなあと思って」

「そう?」

「ヒロセの家との違いに、めまい起こしそうです」

 広瀬の言葉に笑いながら、ドアにキーを差し込む。上原をこの部屋に入れるのにはあれほど抵抗があったのに、広瀬を連れてくることにはあまりそんなこともなかった。不思議だ。

「お邪魔します……」

 俺の後をついて中に入って来た広瀬に、スリッパを出してやる。電気をつけながらリビングへ行き、ジャケットをハンガーにかけていると、こそっと広瀬がドアの方からこちらを覗いた。

「……怪しいよ?」

「あ、何かどきどきですね」

「そうですか? 何飲む?」

「あ、コーヒーで……って言うか、あたし、やりますよ」






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