第8話(4)
「麻里ちゃん、亮さんのファンだもんね」
「飛鳥ッ」
「……いーじゃーん、別にぃ」
ああそうなんだ。それでさっきからぎこちなかったわけか?
「え? 俺?」
遠野が自分の鼻の頭を指して目を丸くした。池森さんは、顔を真っ赤にして俯いている。
「麻里ちゃん、亮さんそんなこと言われ慣れてるから大丈夫だよ」
「慣れてないって別に」
遠野が苦笑する。そうそう面と向かって言われる機会など確かにあるものでもない。大体特定の「ファンだ」と言う人間と交流するようなことがあるわけでもないし。
「えー、うっそだあ」
「……根拠なく俺を嘘つき呼ばわりせんで下さる?」
「だって言われないわけないし」
「そんなことないでしょー」
煙草をくわえたままそんなやり取りをぼーっと眺めたまま、俺は、2階の荷物の中に紛れ込んでいるプレゼントのことを考えていた。
上原に買ってしまった、クリスマスプレゼントだ。
一応持ってきては見たものの……果たしてこの状態で渡せる機会があるものだろうか。大体、上原のそばには池森さんが張り付いている。このスキーの間は無理かもしれないな……。間って言ったって、上原は今日しかここに泊まらないわけで。
そんなふうに俺は半ば以上あきらめていたのだが。
チャンスをくれたのは他でもない池森さんだった。
「あ、飛鳥」
「ふえ?」
少し酔っ払って来ているらしい。無駄ににこにこしている上原が、池森さんに間の抜けた声で返事をする。
「あれ、置いてきちゃったんじゃん? あっちに」
「何だっけ」
「ほら、おばーちゃんの」
「あああああ」
うるさい。
上原はさして大きくない目を一杯に広げて、手に持っていた煎餅をぼとりと落とした。
「何?」
眠くなってきたらしい北条がしきりと瞬きをしながら上原に尋ねる。
「あ、いや、おばーちゃんに、仕事の先輩が来てるから今日お邪魔するって言ったら、お土産持たされて。おばーちゃんの漬けたお漬物なんですけど。あとこの辺のお菓子とか持たされて」
「……」
渋いな。
「ちょっと持ってきます。あ、食べられない人とかいます? いなければおつまみ代わりにもなるし」
言って上原が騒々しく部屋を飛び出して行った。
(今なら……渡せるかな……)
少し悩む。
悩む、が。
……いつまでも俺が持っていたって仕方あるまい。
思い切って俺はソファから立ち上がった。
「あれ。彗介どこ行くの」
「……トイレ」
とりあえず一度ベッドなどがある2階に上がり、荷物の中からプレゼントの箱を取り出す。着ていたフリースのポケットに押し込んで、内心安堵した。これがもう少しでかい物だったらお手上げだった。
そっとコテージの外に抜け出す。俺が外に出たところで、ちょうど隣のコテージの電気が消えるところだった。バタンとドアが開いて上原が出てくる。俺にはまったく気が付いていないようだ。転げるように階段を早足で……コケるんじゃないか?
どてッ。
……裏切らない奴だな。
こちらも転ばないよう早足で階段を降り、雪がしんしんと降る中上原が埋もれている階段の下まで急いだ。頭の雪を払ってやる。
「何してんだよ」
「……あれぇ? 如月さんこそ何してんの?」
「コケるんじゃないかと思ったら、まんまとコケるんだもんな」
「う……」
雪の中から立たせてやって、頭や肩、背中の雪を払ってやった。
「ありがとう。……ねえ、何してんの?」
「あー……」
咄嗟に言葉に詰まる。こういう時に気のきいたことが浮かばない。俺は上原から視線を外して言葉を探した。
照れ臭い。はっきり言って。
「……?」
「や、だから、その……」
「何?」
「……」
……かっこつけても仕方ないだろう。
俺はポケットに手を突っ込んで包みを取り出しながら、ストレートに言った。
「クリスマスプレゼント。……ちょっと、遅いけど」
「は?」
「……他に言葉はないのか? ありがとうとか嬉しいとか」
「や、だって、は? え? ええ?」
いつまで経っても受け取りゃしないので、強引に上原の手を引っ張ってその手に包みを押し付ける。無理矢理乗せられたその包みと俺を、目をまんまるにしたまま上原はしばらく見比べた。
「え? だって? え? 何で?」
「……どうせひとりで寂しくクリスマスを過ごしただろうお前が哀れで」
「……どうせね」
「嘘だよ。……別に、深い意味はないけど」
「……深い意味が欲しかった」
「は?」
「何でも……」
どことなく白々しい沈黙が流れる。
「お前が喜ぶんじゃないかと思ったから……それだけだよ」
それが、本心。
笑顔が見たい、ただ、そう思っただけだ。
付け足して小さく照れ笑いをすると、上原は俺を見上げて何か一瞬変な顔をした。泣きそうな、顔。それを無理矢理笑顔に戻して、言う。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
「あの……開けても良い?」
俺は思わず空を振り仰いだ。次から次へと雪が舞い落ちてくる。
「いいけど……濡れるよ?」
「濡れたりしたらまずいもん?」
「どうかな。別にちょっとくらい平気だと思うけど……風呂場に放り込んだりしたらさすがに壊れると思うけど……」
「……何で今この状況であたしが風呂場に駆け込んでって、せっかくもらったプレゼント投げ込まなきゃなんないのよ……」
言いながら、包みを開ける。心なしかその目が潤んでいるみたいだった。
「……綺麗」
壊れ物なので、発泡スチロール材のような細かな物がたくさん入った箱の中に沈められていたクリスマスツリーを、上原は大切そうに取り出して呟いた。
「オルゴール……?」
「……オモチャが、欲しかったんだろ」
「あ……」
俺を見上げる瞳の中に、背後のコテージの灯りが揺れる。
上原がそっとネジを回すと、静かにオルゴールの音色が流れ、雪の中に消えていった。
「名前、彫ってある……」
「……うん、まあ」
「嬉しい……」
言って、上原はぽろぽろと涙を零しながら笑顔を俺に向けた。おいおいおいおい。
「な、何で泣くんだよ」
「嬉しいから」
「嬉しきゃ笑えよ、泣くなよ」
「だって……」
「ああ、もう……」
ハンカチなどという気のきいたものを風呂上りに持っているわけがない。仕方なく俺はフリースの袖で上原の目元を拭った。
「ほら、もう戻るぞ。俺このままだと腹でも下してることにされそうだ」
「は? 何で」
「トイレ行ってることになってるから」
俺の言葉に上原は泣きながら吹き出した。
「あは……そうなんだ」
「そうだよ。だから戻るぞ。それ、早くしまえよ」
「うん」
上原に背を向けて元来た道に足を向ける。その背中を上原が引っ張った。
「え?」
「手……今だけ、つないだら、ダメかなあ」
「……は!?」
「……何でもない」
「……」
「……」
「……いいよ」
降り積もる雪に、先ほど払ったばかりの上原の頭が白くなっていく。恐らく、俺も同様なのだろう。
「ほら」
照れ臭くて……くすぐったくて、ぶっきらぼうに手を出すと、上原は俺が期待した通りの笑顔をようやく見せてくれた。
「如月さん。……ありがとう」
その笑顔を見て、俺も、笑顔が零れた。
今更のクリスマスプレゼント、だけど……。
「どういたしまして」
買って来て、良かった。