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White Road -Side A-  作者: 市尾弘那
37/58

第8話(3)

「岩手の安比高原って知ってます?」

「ああ、うん」

 以前一度だけ行ったことが……え?

「そこのホテルで、コテージなんすけどね。思音さんも亮さんも行くって言うから、2つ借りて」

「……待て。安比?」

「ええ。盛岡っすねー」

「盛岡……」

 嘘だろ……?


          ◆ ◇ ◆


「あ、如月さーん」

 車を降りると、階段を上ったところにあるゲストハウスから上原が駆け下りてきた。

 安比高原である。

 ここは広大なゲレンデから見てゲストハウス、道路を挟んでだだっ広い駐車場という風になっていて、遠野の運転するランドローバーでたった今駐車場に到着したところだった。

 結局遠野も北条も行くと言うことで、藤谷から誘いがあって3日後、俺たちは安比高原まで遥々来ていた。試しに上原に連絡を取ってみると、「行く行く行く行く」と言うのでこうして現地で待ち合わせている。何だか上原はいつの間にか、Blowin’の他の面々とも水面下で交流があったらしく、気がつけば遠野も北条も「飛鳥ちゃん」などと呼んでいた。

 Blowin’とも面識があるようだし、一応女性がいるということでコテージを2つ借りているので、1日くらい泊まって遊んでけば?という話である。

「こんにちはー」

 階段を駆け下りてきてこっちに近付くと、上原は他の面々に頭を下げた。最近流行りの、少しダボっとした上着にズボンのウェアを身につけている。上は白で下はオレンジだ。頭にかぶった帽子もオレンジと白でコーディネイトされていて、可愛らしい。

 その後ろを、恐る恐ると言った感でもうひとりこちらへ来る女の子がいた。こちらも最近流行り系のウェアで、アースカラーでクールに統一されている。

「あたしの従姉の池森麻里ちゃんでーす」

「は、初めまして」

 妙にしゃちほこばった感じで池森さんが頭を下げた。良く見れば目元が上原と良く似ている。ただ、髪がこちらの方が長く、さらさらで肩下くらいまであるせいか、上原より少し大人びて見えた。

「どもー、初めまして。遠野です」

 遠野が挨拶をしたのを皮切りに、とりあえず自己紹介などしてみる。池森さんはしどろもどろに頭を下げた。

「俺たち一度チェックインしてくるから、どっかその辺で待ってれば」

「え、一緒に行きますー」

 こうして見ると、俺の知らない間に上原は北条に良く懐いているらしい。とりあえずチェックインを済ませ、ゲレンデ沿いのコテージに荷物を運び込むと、着替えて外へ集合した。

「飛鳥ちゃん、ウェア可愛いね」

「まーじですかー。嬉しいなー。亮さんも凄いかっこいいですねー。ファンのコが見たら卒倒しちゃいそ」

 さすが遠野はソツがない。さりげなく上原を褒めて喜ばせている。

 俺はと言うと、上原が遠野の言葉にきゃいきゃい言うのを背中に聞きながら、北条に借りてきたスキー板を履かせてやっていた。遠野はもちろん滑れるし、藤谷も雪国出身でボードもスキーもこなす。北条だけは1度しかやったことがないと言うことで、かなり心許ない。

「如月さんが滑れるって、意外って言って良い?」

 上原がようやく北条に板を履かせた俺に寄って来て、覗き込むように言った。

「何で意外なんだよ」

「超インドアって感じだから」

 悪かったな、不健康で。

「彗介、生まれは北海道だもんね」

 よたよたしながら北条が言う。上原が驚いたように目を丸くした。

「え、そうなんだ」

「小学校くらいまでだよ。後は静岡」

「へえー」

「でも毎年亮とおじーちゃんのトコ行ってたんでしょ」

「まあね……」

「え、じゃあもしかして凄いうまいんだ」

「別に大してうまくないよ」

 とりあえず、リフト乗り場へ向かう。ろくに滑れもしない北条を放っておくわけにもいかないので、俺は遠野に声をかけた。

「俺、北条連れて行くから、行ってて」

「でも飛鳥ちゃん、良いの?」

「あいつ滑れるだろ」

 微妙な表情をした遠野に構わず、北条のそばへ行く。何とかフォローしながらリフトに乗り、降りたところで藤谷を除く3人が待っていた。

「……藤谷は?」

 遠野が黙って親指で示すその先を、金髪をなびかせた青とアースカラーのウェアがボードでするすると滑って行く姿が見えた。……マイペースなやつ。

 とは言っても、実際問題、全員で北条に構っていても仕方がないわけで。

「遠野、上原たちと滑ってきていーよ」

「お前どーすんの」

「北条見てる」

 北条が縋るような視線を俺に向けてきた。わかってるって。

「うーん」

 遠野は微かに渋い顔をして、少し離れた場所でこっちを見ている上原と池森さんに視線を向けた。顔をこちらに戻して、肩を竦める。

「わかった。んじゃ、一周したら、交替しよーぜ」

「うん」

 ……とは言ったものの。

 とにかく北条が危なっかしい。危なっかし過ぎて、目が離せない。

 時折遠野が気を使って声をかけてはくれるものの、何だか目が離せずに結局大半は俺が北条の面倒を見ることになって1日が終わった。

 一旦コテージに戻って夕食をとり、男だけで9時までナイターを滑り、風呂に入って一息ついた時にはもう10時近い。

「ケイちゃん、お疲れさん」

 先にコテージに備付けの風呂に入って、リビングのソファでぼーっと外を眺めていた俺に遠野が缶ビールを差し出して向かいに座った。礼を言って受け取る。

「……何が」

「思音の面倒、結局ほとんど1日見てたからさ。ナイター以外、お前ほとんどまともに滑れてないじゃん?」

「ああ……別に。しょうがないんじゃないか」

「せっかく飛鳥ちゃん来てるのにさ」

「……あいつは滑ってたから、平気だろ」

 俺の言葉に遠野はこれ見よがしに溜め息をついた。

「何だよ」

「何でも」

「何か言いたそう」

「ケイちゃんにしては察しが良いじゃん」

「……何だよ」

「何でも」

 会話が堂々巡りだ。

 窓の外の雪は段々激しくなってきていた。今日は1日雪が降っていたが、この様子だと夜中降り続くかもしれない。

「女性陣、何してるかな」

「さあな」

「和弘が上がったら呼ぼうぜ」

「ああ、うん……」

 今、遠野と入れ替わりに藤谷が風呂に入っている。

 もらいっ放しだったビール缶のプルリングを引いて一口飲むと、風呂で火照った体に染み渡るようで旨かった。何となしに溜め息をつく。

「家は順調?」

 尋ねると、同じくビールに口をつけていた遠野が、微かに翳った笑顔を覗かせた。

「……うん」

「そか」

「……わかってたことだけど、家族が一番大事なんだよな」

「……」

「俺さあ……美月と付き合ってる最中にも思ったことなんだけど」

 目だけ上げて遠野を見る。遠野は視線を窓の外に向けたまま淡々と続けていた。

「尚香と結婚してるんじゃなかったら、美月と付き合ったかどうかわかんないんだよな」

「……」

「何か、ずるいけど。そんな気がする」

「……」

 どういう心理状態で言っているのかが読めずコメント出来なくて、俺は黙って煙草に火をつけた。遠野が缶をテーブルに置いて風呂場の方へ視線を向ける。

「和弘、早く回復出来れば良いけどなー……」

「何とも言えないよな。元気出せたって無理な話だから」

「うん。……良いコだったんだけどな」

 しばらく沈黙が訪れた。その静寂を破るように、騒々しく藤谷が風呂場から出てくる。

「あー、さっぱりした、あったまった、気持ち良かった。やっぱ風呂は良いっすねー。和みますよねー。……あれ?何2人で沈痛な面持ちしてんすか」

 ……。

 藤谷が落ち着くのを待って女性陣の部屋に電話をする。間もなく、くつろいでいたらしい北条たちがこちらの部屋へとやってきた。

「ホント、彗介ごめんねー、今日は」

 北条は酒が飲めないので、ウーロン茶を片手にそんなふうに俺に手を合わせた。

「別に、しょーがないんじゃん。誰だって最初は滑れないんだし、滑れなきゃ教えてもらって滑れるようになるしかないんだし」

「そりゃそうだけどさ」

「俺は別に構わないから気にすんな」

「うん。ありがとう」

 なし崩しに何だか飲み食いをしながら適当に雑談をしていると、池森さんが一向に口を開かないことに気がついた。どうしたんだろう。

「池森、さん」

「え、は、はいッ!?」

 そんなに裏返った声出されても……。

「大人しいね」

「あたしと大違いって思ってる?」

 北条を挟んでひとつ俺の隣に座っていた上原が、ポッキーをかじりながらそう言った。どさくさに紛れて上原はビールをしっかりと飲んでいる。仄かに頬が紅潮していた。

「思ってないよ別に。何お前、酔っ払ってんの?」

「ないですー。麻里ちゃん、緊張してるんだって」

「何で?」

 藤谷としゃべっていた遠野が、ふいっとこっちの会話に参加してきた。視線が池森さんに集まる。勢い彼女は赤くなって硬直した。

「や、あああああの……」






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