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White Road -Side A-  作者: 市尾弘那
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第8話(2)

 言って彼女が指差したのは土台の下の方の部分だった。

「あとは日付とか、贈り主様のお名前ですとか」

「……」

 名前ねえ……。

 俺の名前を入れるのは相当どうかと思うので入れるなら上原の名前だろうが……こういうのって入れてもらった方が良いんだろうか。俺にはちょっと良くわからない。

「女の人って、入れてあげた方が喜ぶもんですか」

 仕方ないので聞いてみる。ここまで来たらもうやぶれかぶれと言うか……開き直りに似た何かがある。店員さんはまたおかしそうにくすくす笑った。

「そうですね。やっぱりご自分のお名前が彫られていると、自分の為だけの物という気がしますから。喜ばれる女性は多いと思いますよ」

「うーん……じゃあ、お願いします」

 ああもう、どうにでもしてくれ。恥ずかし過ぎる。やめれば良かっただろうか。

 でもな……。

「そうしますと、ちょっとお時間いただきますけれど」

「はあ。それは別に……」

「後日また改めて取りにいらしていただいても構いませんし、本日ということであれば、そうですね……1時間ほどいただければ出来上がりますけれど」

「そんな簡単に出来るものなんですか」

「ええ」

「じゃあ……」

 しばらくはどうせ暇してるんだから、別に改めて取りに来たっていいんだけど……。でも、いつ渡せるチャンスがあるかが良くわからないからな。手元に早めに置いておく方に越したことはない。

「じゃあ、後で取りに来ます」

「はい。じゃあ、何てお入れしますか」

 そうか。当然だが、それを告げなければ名前を彫ってもらうことは出来ない。と言うことはこの店員さんに上原の名前が知れるわけで、俺がプレゼントを買った人物の名前がバレるわけで。

 ……そりゃあ、一足飛びにOpheriaの上原だとは結びつけるとは思わないが、こっちの素性がバレてる以上、何か……嫌だな……。

 そうは思ったものの、仕方がない。

「アスカでお願いします」

「ローマ字でよろしいですか」

「はい」

「アスカ様ですね。承りました」

「宜しくお願いします」

 口にした時、一瞬だけ、同じ名前の昔の彼女が頭を過ぎった。

 とりあえず会計を済ませて、一度店を出る。1時間ほどその辺で適当に時間を潰し、店に再び戻った時には既に名前は彫り込まれていた。筆記体の綺麗な文字で『Asuka』と彫られていて、一見するとわからないけれどお洒落だった。

 確認して綺麗に包装してもらうと、さっきまで恥ずかしくて後悔モードに入っていた癖して、現金にも妙に嬉しい気持ちになった。……上原の喜ぶ顔が、早く見たい。

 途中で適当にメシを済ませ、9時近くになってから家に戻った俺は、少し迷って、上原に電話をしてみることにした。

 俺自身が1月はほとんど事務所に行くこともないので、偶然会うことを期待するのは、多分少し、厳しい。あったとしたって他にあんまり人がいると……いささか気まずい気はするし。

 もしどっかで時間があれば、渡しに行っても良いけど……。

「……えー? どうしたのー?」

 数回のコールの後、電話に出た上原の最初の一声がそれだった。着信表示で俺だと言うことはわかったのだろうが……そういう対応か?

「どうしたのって」

「だってー。珍しいー。って言うか、初めてじゃない? 如月さんから電話くれたの」

「前に『EXIT』に電話したじゃん、俺」

「あれは喫茶店に電話したんじゃない」

「お前に電話したんだろ」

 ……ああ。だから何でいきなりこんな会話に突入せにゃならんのだろう。

「じゃなくて。お前、今、何してる?」

「えー? 今おばあちゃん家ー」

 何ぃ?

「……おばあちゃん家?」

 なぜ。と言うか、どこだ? と言うか……仕事はどうしたんだ?

「今ね、Opheria、お正月休みもらってるんだよ。盛岡にいるの」

 ……もりおか。

「ああ、そう……」

「何か用事だった? あ、Opheria休みだからって紫乃ちゃんは休みじゃないよー。大倉さんのツアーが入ってるから」

 知ってる。そんなことは聞いてない……。

 俺の沈黙を正確に理解して、上原は笑った。

「知ってるって?」

「……別に。いつまでいんの?」

「1週間くらい。毎日スキーとか行って楽しいよ」

「ふうん……」

 1週間か。

 どうしようかな……どういうタイミングで渡せば良いんだろう。良く考えたら、わざわざ渡しに行くのは、何か重い。

 指先で、テーブルの上に置いたプレゼントの包みを弾きながら、俺は小さく溜め息をついた。

「で、どうしたの?」

「いや、別に。どうしてるかと思っただけ」

「そう? Blowin’って今ずっとお休みでしょ?」

「うん」

「どうしたの? 何かあったの?」

「何で?」

「だってBlowin’がお休みなんて」

「……俺たちが休みをもらうと何か不満でも?」

「もお。どおしてひねくれてんのッ。仕事なんかいっぱいあるだろうに、そんなに休んで平気なのって言ってんのに」

 いちいちムキになる上原がおかしくて、俺は思わず吹き出した。

「……何笑ってんのよー」

「いや、別に……。年末いろいろ忙しかったから。ちょっと骨休みさせてくれる心積もりみたいだよ、事務所サイドも」

「へえ、そうなんだ。良かったね」

「うん」

「ちょっと、何かあったのかなとか心配した。あんまり急に、凄い休みの取り方だったから」

「そっか、さんきゅ」

 うん、と納得したように受話器越しに上原が頷くのが聞こえた。

「骨とか折らないように気をつけろよ」

「はーい」

「じゃあまた……」

 電話を切って、ため息をつきながらCDプレーヤーの電源を入れる。入れっ放しの、広瀬に借りたCDが再生された。それを聞いて広瀬のことを思い出す。そうだよな……広瀬にも電話しなきゃだよな……。

 しっかしどうしようかな、これ……。

 指先でプレゼントを突付きまわしながらぼーっとテーブルに頬杖をついていると、電話が鳴った。着信表示は藤谷だった。

「はい」

「あ、彗介さーん。あけましておめでとうございますー」

 精神的に「おめでとう」を言える心境じゃないんじゃないか? お前は。

「どうした?」

「彗介さん、毎日何してますー?」

「暇してる」

「あ、良かった」

「は?」

「や、俺とかの精神状態を考えて休みをあげようという事務所の気持ちは嬉しいんですけどね……何か俺、忙しい方が精神的に良かったんじゃないかって気がしたりして」

 その言葉に、胸が痛んだ。

 藤谷の精神状態――具合が悪く、入院していた彼女が、年末に、亡くなった。

「……」

「平日にそうそう遊んでくれる奴がいるわけでもないじゃないですか。したらひとりで結局考え込む羽目になっちゃったりして、却って落ち込んできたりして」

 確かに、考える時間を与えない方が、藤谷の状況の場合は回復が早いのかもしれないが。

「亮さんなんかはね。この機会に是非家族との交流を深めてくれってことで……良かったとは思うんですけど。俺にしてみれば逆効果ですよ、逆効果」

「ああそう……」

「ああそうって」

「で?」

「で、ですね。彗介さん、ウィンタースポーツやるって話、聞いたんですけど」

「やるって程じゃないよ。スキーだけだよ。遠野は一通り何でもやるけど」

「いいんですよ、スキーやるならスキーで。行きません?」

 はあ? これまた唐突に思いついたもんだな。

「いいけど……日帰り?」

「まさか。行くならせっかくだから4日でも5日でも。こんだけこの時期にまとまって休みくれることも今後いつあるかわかんないっすからね」

 それは言えている。尤も、このまま売れていられればの話だが。

「2人で行くの?」

 テーブルの上、プレゼントの隣に放り出してあった煙草を抜き出しながら尋ねると、藤谷はうーん、と唸った。

「一応亮さんと思音さんにも言ってみましょーかー」

「……休みの日までBlowin’が雁首揃えて行動すんのかよ」

「いーじゃないですかー。合宿みたいで」

 合宿ったって、俺はギターを持ってスキーには行かないぞ。

「まあいいや。任せるよ」

「まじですか? 付き合ってくれます?」

「いいよ」

「じゃあ、ホテルとかとれたらまた電話しますねー。えっと、この日は無理とかありますか」

 俺は少し頭を巡らせる。別にない。

「ないよ」

「了解しましたー」

 再び藤谷から電話がかかってきたのはそれから1時間ほど後、俺が風呂に入ってからビールを飲みつつ雑誌を繰っている時だった。片手に持っていたビールの缶をテーブルに置く。

「はい」

「あ、藤谷ですー」

「うん」

「とれましたよ、凄いっすねー、平日って。こんなぎりぎりでも取れるもんっすねー」

「あ、そう。どこ」






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