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White Road -Side A-  作者: 市尾弘那
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第8話(1)

 年が明けた。

 また新しく1年が始まるのかと思うと、既に疲れた気分になる。

 12月の、俺の期待とは違う形で忘れられなくなってしまった「呪われた武道館」に続くツアーは無事終了することが出来た。

 1月、Blowin'はほとんど仕事の予定が空白である。

 ……念の為に言わせてもらうと、別に急激に人気が落ちて仕事がなくなったわけではない。とにかく今現在、Blowin'の面々――正確にはヴォーカルとドラムの精神状況ががたがたで、この1年、ほとんどまともな休みがなかったことも事務所サイドが慮ってくれたんである。

 ヴォーカル――遠野は、もちろん近藤との一連の騒ぎだ。

 そしてドラム――藤谷は……。

 ともかくも、おかげで今月はシングルのレコーディングとそれに伴うスタジオ入り、2〜3のツアーに関する取材が入っている程度で、日数にしてほぼ半月ほどオフがある。

 思い立って俺は久しぶりに実家に帰ってみたりしたが、母親の弘美さんのところに蓮池が「結婚します」と挨拶に行ったらしく「彗介くんがぼーっとしてるから、良いコがみんなよそにお嫁に行っちゃう」などと文句をつけられた。

 父親は何を血迷ったか、「彗介くんが久しぶりに帰ってきたんです。是非みんなで一緒にお風呂に入りましょう」などと狂気としか思えない要請をしてきた。

 28歳の息子に一緒に風呂に入れと言う要求もいかがなものかと思うが、加えて8歳しか年の違わない義理の母親と入浴しろというその要求は既にセクハラを越えて性的虐待ではないだろうかと思うが、どうだろう。

 当然そんな要求は断固として退け、実家に長居してもろくなことにならなさそうだったので、俺はさっさと東京へ戻ることにした。

 とは言え、仕事がこうも休み続きだとすることがない。

 曲でも作れば良いとは思うが、仕事になる前は自動的にやっていたものの、やらざるを得ない環境に常におかれていると、やらなくて良いとなってしまえばやはりやりたくないらしい。

 平日の昼間とあっては遊んでくれる相手がそういるわけでもない。

 勢い、ごろごろとひとりで暇をしているハメになっている。自分がゴミ人間のような気分になる。

 たまにはゆっくり買い物でも行こうかな。そう言えば最近ろくに洋服とかぶらっと見るようなこともないし……。CD屋と楽器屋のハシゴでもして来るかな……。

 寝起きのままぼーっとテレビを見ていた俺は、そう思い立って外出の支度を始めた。車に乗り込んでアイドリングしたまま、どこへ行こうか考える。いつも近場の新宿ではあまり面白味もない。

(たまには横浜にでも行ってみようかな)

 用事がないので、プライベートで横浜へ行ったことがあまりない。どうせ暇なのだから、買い物がてらふらふら散歩してみても良いだろう。数回しか行ったことがないが、新宿と違ってお洒落な街だ。

 目的地を定め、俺は車を走らせた。のんびり下道で走っていくと、玉川のあたりで急にのどかな空気感に変わる。

 途中二子玉川のデパートを覗いたりしつつも、2時過ぎには俺は横浜にたどりついていた。

 クイーンズスクエアやランドマークの中を適当に物色しながら歩き、気に入った洋服なども買うことが出来て、俺は機嫌良く横浜の街中に足を伸ばした。

 遊歩道をのんびり歩いていくと、左手に海が見え、奥の方に赤レンガ倉庫群などが見えてくる。

(何か、いいなあ……)

 こんなにゆったりとした気分もひさしぶりだ。

 東京に来てからこっち、俺の行動範囲はほぼ新宿や渋谷に限られている。育ちは元々田舎なので、ほとんどおのぼりさん気分で、俺は街を徘徊した。

 普通の街角の一角のような場所に、時々一見民家と見まごうような、こじんまりとしたお洒落なカフェや雑貨屋などがある。覗いたりしながらふらふら歩いていると、ふとその足が止まった。

 色とりどりのライトが点滅し、クリスマスツリーや様々なサンタ、スノーマンなどがディスプレイに飾られ、まるでそこだけクリスマスだ。クリスマスの専門店、だろうか。

 クリスマスか……この前のクリスマスって結局って何をしてたんだっけ、とぼんやり考える。……ああ、福岡でライブの最中だ。遠野がMCで「メリークリスマス」とか言ってた覚えがある。

 そう言えば上原がやけにクリスマスを楽しみにしていたな。結局どう過ごしたんだろうか。

――ウチね、両親がちょっと変わってるでしょ? 愛されなかったとは思わなかったけど、他の子供たちがしてもらったようなことしてもらえなくて。クリスマス、いつもひとりだった。一度で良いから、オモチャをもらってみたかったなあ……。

 ふと、上原がそんなふうに言っていたことを思い出した。

 クリスマスプレゼントか……。

 ……少し遅いけれど、買ってやったら喜ぶんだろうか。

 上原の、無邪気な笑顔が脳裏に過ぎった。単純に、その笑顔が見たい。

 ……が。

 何をあげれば良いんだろう。

 オモチャが欲しいと言ったって、20歳になろうという女性に、本当にオモチャをやるわけには……いかんだろう、やっぱり。

 けれど、アクセサリーのような普通のプレゼントでは意味がないような気がした。一度で良いからオモチャが欲しかったという幼心を満たすような、けれど今もらっても素直に嬉しいと思えるもの。……何だろう。難題だな……。

 つらつらとそんなことを考えながら、ディスプレイを眺めていると、俺の右手にある店のドアが開いた。俺と同年代と思われる女性が上半身を覗かせて、こちらを見ていた。艶やかな長い黒髪が肩を滑り落ちる。エプロンの胸に小さな名札プレートがついているので、多分店員だろう。

「あの」

「……は」

「違ったらごめんなさい。Blowin'の如月さん、じゃないですか」

「……」

 咄嗟に返答に詰まる。

 こういうことは、初めてではない。ないが……未だに、慣れない。俺がこの人を知らないのに、何でこの人は俺を知っているんだろうと思ってしまう。

 それとも、キャップ被ったくらいで安心している俺が甘いんだろうか……。裏仲さんに「自覚が足りない」と叱責される所以かもしれない……。

 こういう時の対応が未だうまくならない俺は、もごもごと口篭って結局、頷いた。

「はあ……」

「何か、お探しですか?」

 幸い、ミーハーなタチではないらしい。あっさりと自分の仕事に戻った彼女に、幾分かほっとする。

「あ、えっと……」

 が、すぐに詰まる。探していると言えば言えるのだろうが、明確にこれと決まっているわけではない。

「贈り物ですか」

「あ、や……」

 咄嗟に否定しようとして思いとどまった。いい歳した男がオフシーズンにクリスマス専門店覗き込んでて、贈り物ではなく自分への買い物だったら……それはやっぱり気持ちが悪いだろう。

 素性が知れている以上抵抗はあったのだが、仕方がない。あきらめて俺は肯定した。

「はい……」

 俺の様子をおかしそうにくすくすと笑っていた店員さんは、俺と一緒になってなぜか外からショーウィンドウに目をやりながら尋ねる。

「どういったものを?」

「ええと……ちょっとオモチャの要素が入ってるって言うか。そういうもので、若い女の子……と言うか、大人の女性が喜びそうなものと言うか……」

 何を言ってるんだ、俺は……。

 まさか上原のエピソードを見知らぬ店員に語って聞かせるわけにもいかず、どう説明したものやら悩んでいると、ふとショーウィンドウの奥、店の中にある物が目に止まった。――あれだ。

「……オルゴール」

「え? オルゴールですか?」

「オルゴールって、たくさんありますか」

「ええ。クリスマス小物はオルゴールを兼ねているものも多いんですよ。よろしかったら中に入ってご覧になりますか」

「あ、はい」

 店員さんに続いて中に足を踏み入れた。店の中はところ狭しとクリスマス関係の物に溢れていて、クリスマスツリーはもちろん、50センチほども高さがあるスノーマンのライトだの、トナカイだの、「こんなにあるもんか?」と思うくらいだった。やけに可愛らしいそのメルヘンチックな店内にいる自分が、かなりそぐわず、居心地が悪い。

「オルゴールは本当にたくさんあるので、あちこちに散らばっているんですけど……あっちの一角にいくつかまとめて置いてあります。お手にとってご覧いただいて結構ですよ」

「ありがとうございます」

 礼を言って、溢れる物にぶつからないよう気をつけながら店員さんの示した一角へ向かって歩き出す。

 雪を積もらせたログハウスとサンタのオルゴール、サンタとクリスマスツリーのオルゴール、トナカイの引くソリに乗ったサンタがぐるぐると回るオルゴール……そこに置いてあるだけでも、かなりの種類があった。

 オルゴールだったら幼い女の子にあげるプレゼントでもあるだろうし、上原くらいのコがもらっても嬉しいんじゃないだろうか。

 本来、俺は贈るのももらうのも実用的な物の方が好きなのだが、今回に関して言えばポイントを置いているのが『オモチャ』だ。実用的という点はあきらめた方が良いだろう、多分。

「Blowin’の曲のオルゴールもありますよ」

 俺の背後から店員さんが言った。

 ……はあ!?

「Blowin’って、クリスマスのオルゴールになるような曲ってないんじゃ……」

「まあ、そうですけど。『FAKE』が……。これだったかしら」

 言って店員さんが手に取ったオルゴールからは4センチ四方くらいの箱型の物で、手巻きのネジをくるくる回すと確かに『FAKE』が流れてきて……。

「へえ……」

 割と激しい曲だからいかがなものかと思ったけど、意外にいける……ような気がする。それともこれは手前味噌という奴だろうか。

「ご自分の曲のオルゴールをプレゼントされるのも、素敵だと思いますけど。なかなか出来ることではありませんしね」

 ……そりゃあなかなか出来ることではないかもしれないけどさ。

 自分で自分の曲のオルゴールを他人にプレゼントするほど図々しくないぞ、俺……。

 苦笑いをしてオルゴールを元の場所に戻した。それから、『FAKE』のオルゴールのすぐそばに置かれていたオルゴールが目に止まる。

(いいじゃん、これ)

 高さ10センチほどのガラス細工のクリスマスツリーだった。透ける緑色が美しく、細工が繊細だ。土台は縦横5センチ、高さ4センチくらいの立方体で、こちらもガラスである。

 ただ、2重構造のようになっているらしく、中に白い箱が入っているのが透けて見えた。多分ここにオルゴールの本体が入っているのだろうが、白い箱に覆われて見えないようになっている。内側に雪の結晶が微かに掘り込まれているらしく、角度によってそれが見えてとても綺麗だった。

 土台とツリーのつなぎ目がオルゴールのネジとなるらしく、ひねって何度か回してやると、ツリーがゆっくりと回りながら、オーソドックスに『聖しこの夜』がセンチメンタルな音色で流れる。

 綺麗だし、サイズが小さいので大げさでなくて良い。派手でない割に細工が凝っているのが気に入った。ただ、いかにもクリスマスなこういう物って言うのは、オフシーズンだと……どうなんだろう。

「あ、それね、一点物なんですよ。良いですよ」

 手に持って悩んでいると、店員さんがまた言葉を添える。

「一点物?」

「ええ。スイスのガラス細工職人さんが、ひとつひとつ手作りしているので……同じ物は元々ないんですけど。更に言うと、そのタイプの物をこれしか作らなかったそうなんですね」

「へえ。何で?」

「そこまでは、ちょっとわかりかねますけど……」

 困ったように微笑んで、まあ凄腕の職人さんは得てして気紛れなところもありますし、と付け足す。

「でも、細工が繊細でとても綺麗ですよね」

「……ふうん」

 もう一度手の中のクリスマスツリーを見つめた。本当に、葉の1枚1枚や、飾りの1つ1つが丁寧で繊細だ。一点物、というところにも心引かれる。

「じゃあ……これ、下さい」

「はい。ありがとうございます」

 店員さんに渡すと、彼女は笑顔で受け取ってレジの方へ足を向けながら俺を振り返った。

「お名前をお入れすることも出来ますけど、いかがいたします?」

「へ? 名前?」

「ええ。ここのところに……」





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