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White Road -Side A-  作者: 市尾弘那
24/58

第5話(3)

「不思議って」

「うーん……存在が、かっこいーなーって言うか、遠いなーって言うか……架空の人物がそこにいるみたいな感じ」

 その言葉に目を瞬く。次いで、思わず小さく吹き出した。

 メディアが伝える虚像と、そこから作り上げた架空の人物だろう。本当の俺は、別にそんなご大層な人間じゃない。

「幻想」

「……そうですか?」

「そりゃそうだよ。俺は別に、どこにでもいる普通の男。怒りもすれば、笑いもするし、好きな人がいれば嫌いな人がいる。綺麗な女の人がいれば目が行くし、寝てれば涎たらしてることもあるし、風邪ひけば鼻水だって出るわけで」

 俺の言葉に広瀬も笑った。屈託のない笑顔。

「でも、どこにでもいる普通の俺が……」

 誰も彼もとさして変わらない……何、特別なことが出来るわけじゃない俺が。……俺、に。

「ギターの、音が、そんな俺にそういう付加価値を付けているんだとしたら……凄いよな。嬉しいよ」

 本当にどこにでもいる、普通の男のひとりなんだけど。

 けれど、俺のギターの音で、そんな風に応援してくれる人がいるのだとすれば。

 いつの間にか周囲が作り上げていく虚像さえも自分の味方につけて、この先ももっと上へ――この先もずっと、音楽で……。

「……さて」

 俺はハンドルから体を起こした。せっかくだからメシでも、と言いたいところだが、時間は既に10時半だ。女の子をこんな夜遅くに連れまわすのはまずいだろう。広瀬だって明日も仕事だろうし。

 そんなふうに考えていると、広瀬が背筋をぴしっと伸ばして意気込んで言った。

「あああああの」

「はい」

「良かったら、どっか軽く、その、ゴハンとかッ……行かないですか」

「え?」

「せ、せっかく如月さんと一緒にいるし、そのッ、もう少しだけ、一緒にいたいなあとか……」

「……え?」

 ちょ、ちょっとこれはどきっとしたぞ。俺じゃなくても軽く勘違いするだろう、これは。

 思わず広瀬を見返すと、広瀬はますます慌てて、慌てるを通り越してもはや収集がつかない感じでわたわたと言った。

「や、あの、如月さんて、有名人だしッ。こんな機会なかなかないしッ、あのッ……」

「……」

「……何言ってるんだろう〜あたし……」

 そんなふうに慌てて言い訳をされると、何だかますます先ほどの言葉が却って妙に真実味が増したりして。

 妙に照れ臭く、俺はフロントガラスの向こうに目を向けて、鼻の頭をかきながら答えた。

「……いいよ」

「え」

「俺も、時間が時間じゃなかったらメシでも行こうかなと思ったし。……思ったより遅いから、広瀬が可哀想かなって思っただけで」

「ホントですか」

「うん。どっか行きたいとこある?」

「あ、別にラーメンでもなんでも……」

 ラ、ラーメンって……。

「30も近い男が女の子連れて行くのに、ラーメンってわけにもいかんでしょ」

 言って苦笑しながら車をスタートさせると、広瀬は「そゆもんですか」と首を傾げていた。

「特に希望なければ、勝手に決めちゃうけど」

「あ、はい」

 少し迷って赤坂の方へ車を向ける。全席個室になっている、少しお洒落な和風居酒屋が赤坂にあり、友人なんかと飲む時に割と良く利用していた。個室と言っても完全に個室ではないのだが、まあ、簾が下りるのでプライバシーは守られると言う感じだ。

「わ。お洒落ですね……」

「そう? 大学生とかが合コンやってるような店も何だしね」

 店に入ると、入り口のレジ近くに立っていた男性が振り返った。

「いらっしゃ……あ、これはこれは。いらっしゃいませ」

 挨拶をしかけた口を一度止め、改めて挨拶をし直しながらこちらへ歩み寄ってくる。俺があまりに良く利用するので、すっかり顔馴染みになってしまった店員だった。

 河相というその店員は年の頃は俺と同じくらいで、すらりと背が高い。何でも、遠い昔にBlowin’と対バンをしたことがあるそうで俺のことを覚えてくれていたのだった。残念ながら俺はその時の記憶はないんだけど。

「こんばんは」

「2名様でよろしいですか」

「はい」

「こちらへどうぞ」

 奥の方へ案内される。俺の顔がそこそこ知られていることを気遣ってくれて、河相さんは俺が来店した時はあまり目立たないように席へ案内してくれる。

「こちらのお席でいかがですか」

「はい」

「お飲み物だけ先にお伺い致します」

「俺、生ビール。広瀬は?」

「あ、えと……あたしも、ビールで」

「はい。承知致しました。……もしかして如月さん……」

 不要だったドリンクメニューを脇に挟みこみながら、河相さんが冗談ぽく俺を見た。思わず広瀬と顔を見合わせる。これはどうやら、何か勘繰ってるようだ。

 そう気づいて、苦笑しながらその勘繰りを払拭してやった。

「事務所の後輩」

「ああ、そうですか。失礼しました」

「初めまして、広瀬です」

 広瀬がぴょこんと頭を下げる。河相さんも丁寧に頭を下げ自己紹介をした。

「じゃあ広瀬さんもひょっとして、音楽なさってる……」

「あ、はあ、まあ……」

 へへ、と広瀬は照れたように頭をかいた。

「今大倉とか、今度デビューするバンドのサポートとかやってて。本人もバンドやってるんだけど」

 俺が補足してやる。河相さんは大人びた顔に驚きを浮かべた。

「凄いですね」

「あ、そんな……」

「自分のバンドでもそのうち出てくるかもしれないから、応援してやって下さい」

「ぜひ。楽しみにしてます。……では、お飲み物お持ちしますので、少々お待ち下さい」

 河相さんが簾の向こうに姿を消すと、広瀬はおしぼりを広げながら大きな目を見開いた。

「如月さん、変わったトコにオトモダチいるですね」

 お友達と言うのだろうか。

「ただの知り合い。俺が結構頻繁にここ利用するから、顔見知りになっちゃっただけ」

 言いながらメニューを広げる。その時俺のポケットで携帯がぶるぶると振動するのが感じられた。取り出してみると、着信表示には見知らぬ携帯番号が出ていた。誰だろう。

「ごめん、ちょっといい?」

「あ、はい。お構いなく」

 広瀬に断って電話に出る。広瀬はやや前屈みにメニューを覗き込んでいた。

「はい」

「あ、如月さん」

 ……。

「……上原?」

 向かいで広瀬がぱっと顔を上げる。思わず上原の名前を出してしまったことに何故か居心地の悪い思いをしながら、俺は電話に意識を戻した。

「正解」

「……何だよ。お前携帯電話なんかいつ買ったの」

「今日」

「あ、そう」

 上原は意気揚々と続けた。

「如月さん、今、何してたの?」

「え? ……居酒屋」

「ええ〜? 飲んでるの?」

「と言うか、飲もうとしてるところって言うか」

「それで今日飛んで帰っちゃったの?」

 何で知ってるんだろう。上原とは事務所ではほとんど遭遇することがない。

「何で知ってるんだよ」

「携帯、如月さんに見せてあげようと思ったら、遠野さんが飛んで帰ったって言うから。飲む為に飛んで帰ったの? ……あ、わかった。デートだ。デートでしょ」

「あのなあ、俺が飲み会だのデートだのって理由で、仕事放り出して帰るように見えてんの?お前には」

「違うの?」

「違うよ。どうしても行きたいライブがあったから。それで……」

 広瀬がメニューに視線を落としながら、こちらに神経が向いているのが何となくわかった。と、電話の向こう側でも不意に上原の気配が硬くなる。

「……やっぱデートじゃん」

 どうしてそうなるんだ?

「紫乃ちゃんと一緒なんでしょ? 今」

 どうしてバレたんだろう。いや、別にバレたって構わないことのはずなんだけど。

「……何でわかんの」

「ほら、正解」

 今度は逆に、変に明るく言う。何か、妙なテンションだ。

「そんな気がしたんだー。じゃ、切るね。あ、あたしの携帯番号これだから……一応教えとこうって思っただけだから……邪魔しちゃって、ごめんね」

 早口で言うだけ言うと、上原はプツリと返事も待たずに電話を切った。電子音を聞いていても仕方がないので、俺も通話をオフにして電話をポケットに戻す。

「ごめんね」

 気がついてみれば、目の前にビールのグラスが既に来ていた。広瀬が俺を見つめて顔を横に振る。

「飛鳥ちゃんだったんだ」

「ああ……うん、まあ」

「如月さん、飛鳥ちゃんともここ来たことあるですか?」

 グラスに手を伸ばしながら広瀬が問う。……へ?

「ないよ。上原とは別に事務所の外で会うようなことは……特にないし」

 とりあえずグラスを合わせながら答える。心なしか、ほっとしたように広瀬は微笑んだ。

「この店、男友達としか来たことないし」

 嘘ではない。そうでなければ河相さんだってあんな妙な勘繰りはしないだろう。相当珍しかったから興味を持たれた……ってそれもどうかと思うけどな。悪かったな。

「そうですか? もったいない。お洒落なお店なのに」

「河相さんが聞いたら喜ぶよ」

「如月さんだったら、一緒に来たがる女の子も多いでしょ」

 ……。

「多ければ苦労しないけどね。それを言うなら広瀬なんじゃないか。VIRGIN BLUEの来杉くんが広瀬のことえらい気に入ってるって噂聞いたけど」

 VIRGIN BLUEは俺らより少し後にデビューした同じ事務所のテクノユニットだが、CRY同様事務所にほとんどいることがないので、俺はまったくと言って良いほど縁がない。爆発的に売れてるわけでもないけれど、コアなファンがついている。ヴォーカルの来杉は、俺より2つか3つくらい年下だったと思うが、ひどく尖った人らしく、気に入らないスタッフにパイプ椅子を投げつけたという話を聞いたことがある。見た目はすらりとした、六本木とかにいそうな感じなんだけど。

「げえ。あいつはいーんですあいつは。あんなヘンタイ」

 そういうシャープな人を、しかも先輩を「あいつ」呼ばわりできる広瀬って、やっぱり凄いような気がする……。

 しかもヘンタイって何かあったんだろうか。

「何かあったの?」

「何ってわけでもないですけどッ。あいつって何か……女の人はやることやったらポイみたいなトコあるしッ」

「……やることやってポイされたってこと?」

 思わずオウム返しに聞くと、広瀬はばたりとテーブルの上に倒れた。

「……如月さん、セクハラとか言いません、それ?」

「ああ、そう?」

 セクハラとか言ってたらこの業界でやってけない気もするけど。

 などと思って、ふと上原を思い浮かべた。あいつ、変な親父にセクハラ受けたりしてないだろうか。世間知らずの高校上がりだから、うまく対処出来なくて困ったりしてないだろうな……。

 まごまごしてそうだもんな……警戒心、薄そうだし。そう思ってみれば心配になってくる。老婆心と言うやつだろうか。男なんだが。

 無関係に上原の心配などしている俺の前でがっくりと肩を落としていた広瀬は、はっと我に返ったように顔を上げた。

「や、まあ、だから……深い意味はないですけど。如月さんって、飛鳥ちゃんのこと凄く気にかけてみえるから」

「そうか?」

 俺が首を傾げたところで、河相さんがオーダーを取りに来たので、とりあえず適当に注文を済ませる。河相さんが姿を消して、広瀬はビールを一口飲みながら頷いた。

「はい。特別なのかなあとか……」

 特別ねえ……。

「特別って感じじゃあないな……。特別って、ほら、何て言うか……特別じゃん」

 何を言っておるのだろう、俺は。

「はあ、まあ」

「そういう感じじゃなくて、特殊って言うか異質って言うか……」

「異質……」

「妹いたらこんな感じかなと思うのが一番近いのかな……」

 言って俺はポケットから煙草を取り出した。一本抜き取りながらテーブルに肘をつく。

「如月さんからすると、ハタチ前後の女の子って妹って感じですか」

 つられたように広瀬も鞄をあさって煙草を取り出す。

「いや……そういうわけでもないけど」

 そう言えば広瀬と上原って年近いんだよな。けれど、広瀬には上原に対するようには感じない。もう少し、対等のような空気がある。上原ほど頼りなくないからだろう。

「あいつ、何か抜けてるって言うか、ぼーっとしてるって言うか……」

「うーん……ま、素直ですよね。人が良いって言うか」

「うん。だからじゃないかな……。別に、そんな深い意味合いはないんだけど」

 料理が運ばれて来て、取り皿に広瀬の分を取り分けてやると煙草の火を消した。礼を言って広瀬が受け取る。

「如月さんって、いつから煙草吸ってるですか」






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