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White Road -Side A-  作者: 市尾弘那
19/58

第4話(4)

「じゃあ実家に戻るの? ……あ、そろそろ食えそうだよ」

 遠野が鍋の蓋をあけて、中をつつき回しながら言った。いい香りと湯気が鍋から上がる。これで季節が夏でなければいいんだが。

「暑い。エアコン強くして」

 千夏が湯気を見て、茹だったように言った。エアコンのリモコンに手を伸ばして、温度を下げてやる。エアコンで部屋の室温下げて鍋って……地球に優しくないよな、あまりにも……。

「……うん。静岡に戻る」

「俺、絶対そのうち麗名ちゃんと彗介がくっつくと思ってたんだけどなー。残念なんだよなー」

「……どうしてお前はそう俺と誰かをくっつけたがるんだ?」

「そういうわけじゃないけどさぁ……」

「ってか、何で千夏じゃなくて麗名なわけ」

 千夏が遠野を睨んだ。箸で腕をつつきまわす。

「や、だって、麗名ちゃん、隣に住んでたじゃん」

「関係ないじゃん」

「あるって。大アリだって。近い方が親しくなるチャンスだって増えるわけだからさ」

「それはそうだけどさー」

「ま、結果そうならなかったわけだけどさ……」

 言いながら遠野は、鍋に箸を突っ込んで白菜と鶏肉を取り皿に取った。俺も箸を伸ばしてくたっとし始めた葱と豆腐をよそう。

「あと、千夏も何かさっきもぞもぞと言ってなかったか? 俺、そっちは聞いてないけど」

 もこもこと鶏肉を頬張りながら遠野が尋ねた。皿のしらたきを難しい顔をしてつつきまわしていた千夏が、顔を上げる。

「ああ、うん。あのね……麗名にも言ってないんだけどさ」

「え? 何?」

 パリパリとサラダのきゅうりをかじっていた蓮池が、千夏を見つめた。言いにくそうに千夏は続ける。

「あたしも実家に帰る」

「ええ!? 嘘ぉ」

「どうして急にまた」

 2人とも本当に知らなかったらしい。目を丸くして千夏を凝視した。豆腐を箸で割りながら、俺は黙って千夏の言葉の続きを待った。

「音楽やりたくって東京来たんだけどさ……知っての通りウチは解散しちゃって、結局音楽それっきりだし……。メンバーはもう、大体みんな地元とか帰っちゃってて」

「そうなの? あれは? 大谷くん……ええと、ダンボちゃんだっけ」

 遠野が千夏のいたバンドのギタリストの名前を挙げた。大柄な、人の良い奴だった。

「ダンボちゃんは解散してすぐ地元帰っちゃって、今もう結婚してるよ。一児のパパ」

「なにぃ? まじで? ……あれは? 俺の結婚式でキーボードやってくれた……」

「おっくんは東京いるけど。結婚式場とかで演奏のバイトしたりしてる」

 ふうん……。

 みんななんか、それぞれ変わっていくんだな。……当たり前だけど。

「あたしはさ、彗介いるから東京に未練あったし。麗名もいるしさ。東京に未練、凄いあって……。けど、もういい加減、ずるずるこんなことしててもしょーがないじゃん?」

 言って千夏はしらたきをつつき回しながら、俺を上目遣いに見た。

「親も心配してるしさ、そろそろ帰ってパパの病院でも手伝ってやるかなーとか思って」

「パパの病院!?」

「パパの病院?」

 俺と遠野の声がユニゾンした。千夏、開業医の娘だったのか? と言うか、病院手伝うのって資格がないと駄目なんじゃないか?

 俺たちの反応に、千夏と蓮池はきょとんと顔を見合わせた。

「知らなかったっけ? わたし、看護士の資格持ってんだよ」

 ようやくはふはふとしらたきを口に運びながら千夏が告げる。ついでのように蓮池の方を指して続けた。

「麗名も持ってんだよね」

「うん」

「えー!?」

 初耳だ。

「何でそんな立派な資格持ってんのに、ふらふらしてんの」

 くどいようだが俺は激しい猫舌なので、一向に食べることが出来ずにいる。仕方なくサラダとビールを口に運びながらあきれたように言うと、千夏と蓮池は揃って肩を竦めた。

「何でってこともないけど」

「だってあたしは実家帰ったらどうせそうなるのわかってたもん」

 ふうん……。

「千夏も麗名ちゃんもいなくなっちゃうと寂しいなー。こんなふうに遊べなくなるじゃんね」

 遠野が鍋に手を伸ばしながら、しみじみと言った。

「うん。麗名にもあんまし会えなくなるしね。でも、あたし栃木だから」

「……」

 栃木だからの『だから』は、どこからどこにつながっているのだろう。

「遠いじゃんよ」

 蓮池がくすくすと笑いながら言う。

「そんなことないよッ。麗名、静岡でしょ。すぐじゃんすぐ」

「そうかなあ……」

 そうか……こうやってみんなで会ったりは、出来なくなるんだな。

 ようやく食べれそうな温度になってきた豆腐を口に運びながら、そんなふうに思う。

 ……仕方のないことだ。みんな大人になっていくんだし、環境もおかれてる状況も変わっていく。そのままでいられるわけじゃ、ないんだから。

「あーあ。彗介もいつか結婚しちゃうのかなー」

「さあな」

「あたし、麗名と違って彗介が寂しくなったら東京戻ってきてあげるよ? 『やっぱり俺には千夏がいなきゃ駄目だ』って思ったら、すぐに連絡ちょうだいよ」

「……」

 鍋が空になる頃、ふと時計を見ると12時を回っていた。

 空いたビールの缶もごろごろと転がっていて、果たしてどれほど飲んだのかよく覚えていない。

 遠野と千夏は先ほどからしきりと現在のアマチュアバンドの音楽について語っており、それを聞くともなしに聞いていたのだが、蓮池がひとりでキッチンに立っていることに気がついて俺も立ち上がった。

「蓮池。いいよ、後で俺やるから」

 空いた皿を洗っている蓮池に背後から声をかけると、蓮池はちらりと振り返って笑った。

「いいよ、このくらい。すぐ終わっちゃうし。鍋、もういいよね? 持ってきてもらえる?」

「ああ、うん」

 土鍋を持って戻ってくると、とりあえずシステムコンロの上に乗せる。

「……あのねえ、わたしの結婚する人ね」

「ああ、うん」

「笑っちゃうんだよ。Blowin’のファンなんだって」

 え。

 目を丸くしている俺に気がつかずに、蓮池は洗い物を続けながら言葉を継ぐ。

「おかしいよね。彼の部屋行くとさ、彗介くんの雑誌の切抜きとか、あんの。何だかなーって思って」

「……」

「……結婚式、呼ばないからね」

「ああ……うん」

 鍋の泡を綺麗に洗い流しながら、蓮池が小さく笑った。

「だって、花嫁が『わたしを連れて逃げて』とか言い出したら困っちゃうでしょ」

「まさか」

 俺も小さく笑う。本当に、ずっと想ってくれていたことには感謝をしている。俺は蓮池の背中に向かって言った。

「お幸せに」

「……ありがとう」

 水道の蛇口を閉めて、蓮池が俺に向き直った。笑顔を見せる。

「麗名ッ。帰るよー」

 リビングから千夏の声がした。2人してそちらに視線を向ける。千夏は、ショルダーバッグをたすき掛けのように身につけ、立ち上がっていた。

「あ、うん」

「送るよ」

 言いながらリビングに戻った俺に、千夏が首を振った。

「大丈夫」

「平気なの?」

 ビールの缶を片手に、煙草をくわえたままの遠野が尋ねた。

「うん。大体飲酒運転じゃんよー」

「それはそうだけどさ……だってあの土鍋とか、千夏んだろ」

 俺が背後を親指で指しながら言うと、千夏は唇を尖らせた。

「どうせ実家に帰る時処分することになるんだもん。彗介にあげる。引っ越し祝い」

 ……使い古しの鍋を引っ越し祝いにくれるか? 普通……。

「電車あるのか?」

「今日は麗名の家に泊まるんだ。女2人で語り明かすの」

「ふうん」

 蓮池の部屋なら、同じ新宿で歩いて行ける距離だ。帰り支度を済ませた2人を、俺と遠野は玄関まで見送った。

「じゃあ……」

「結婚したら、教えるね」

「うん」

「あたしも帰る時連絡するねー」

「おう。またな」

 パタン、とドアが閉じると急に静かになった。手を振った形のまま俺の隣に立っている遠野に視線を送る。

「……で、お前は何でいるの」

「ひどーい。いちゃいけないのー。アタシに内緒でオンナ連れ込む気ねッ」

「お前に断らなきゃならん理由がないんだけど」

「あ、そうだ。俺、電話」

 しれっと普段の調子に戻って、すたすたとリビングへ戻っていく遠野に仕方なく従って戻っていく。言葉通り携帯電話を引っ張り出しているので、俺はダンボールを開け始めた。こいつは俺にとって客じゃない。遠慮なんか必要ない。

「もしもし? 俺……うん、そう。え? うん、今帰った。……そうなるかな。わかんないや。うん……また電話するよ。……はい。……はーい」

 短い電話を終え、携帯電話をオフにする。

「誰?」

「ウチのかみさん」

「珍しいじゃん、どしたの?」

 仕事柄不規則なことが多いが、電話をしている姿なんてろくに見たことがない。今更どうしたんだろう。真面目に驚いていると、遠野は浅黒い頬を手の平で撫でながら、視線を彷徨わせた。

「や……別に。心配するといけないし」

「今更すんの? 心配なんて」

「……それは……わかんないけどさ……」

 何か変だな。別にいーんだが。

「お前何で千夏に、俺が好きな奴いるなんて言ったの?」

「何で?」

「俺が聞いてるんだけど」

 ダンボールの中身をごそごそと床の上に取り出しながら、言う。遠野は、こっちも開けて良いの?などと手近なダンボールをひとつ引き寄せた。

「何でって言うか……いないの?」

「いないよ」

「嘘だぁ」

「だからその根拠はなんなんだよ」

 思わず手を止めて顔を上げると、遠野の開けた箱はCDが詰まっているものだったらしく、遠野は俺を無視して「おおおおお」などと呻いていた。

「知らない間にまた増えてんね」

「そうか?」

「うん。……あ、これ。こんなん持ってたの?」

「それ結構前からあるぞ」

「嘘。聴こうよ」

「ステレオ、まだつないでない」

「やるやる」

 話がそれまくってるようなんだが。

「根拠ってほどじゃないけどね、別に。そんな感じしたから」

 遠野は、隅に積んだままのステレオセットを手前にずるっと引っ張り出しながら、話を戻した。ステレオの裏を覗き込んで前かがみになっているので、少し声がくぐもっている。

「いないって。別に」

「そぉかぁ?」

 疑わしげに言って遠野は顔を上げた。

「また気がついてないだけじゃないの」

「……またって何だよ」

「瀬名ちゃん時、お前が自覚する前に俺の方が先に気がついたじゃん」

「……」

 そう言えばそんなこともあった気がする。

 一瞬返す言葉に詰まり、俺は更にダンボールから細々した物を取り出しながら、反論してみた。

「たまたまだろ……」

 そう溜め息をつくと、あぐらをかいた膝に肘をつき、やや前屈みに頬杖をついた。

「俺、今恋愛って感じでもないし」

「そうなの?」

「うん……」






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