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White Road -Side A-  作者: 市尾弘那
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第3話(2)

 だっていくら同じ事務所だっつったって、仕事の絡みがあるとも思えない別バンドに何がしてやれるわけじゃないだろう。大体お互いが何をやってるかさえ把握してないのに。話聞くだけで精一杯なんじゃないか?

「どんなスケジュールになりそうなの? ……ってか、大体バンド名なんだっけ」

Opheriaおふぇーりあ。とりあえず3月であたし卒業だし、それまでは事務所行ってボイトレと練習しながらって感じになるみたいで」

「ふうん」

 運ばれて来た肉をトングで挟み、網の上に乗せる。肉の焼ける匂いに、上原が目を輝かせてふんふんと鼻を動かした。まるで小動物だ。その仕草がおかしくて、小さく笑う。

「……何?」

「いや、面白いなあと思って」

「あのね……」

「んで? デビューの時期とか決まってんの」

 言いながら、野菜盛りの椎茸や獅子唐を網の上に転がした。焼けてきたタンを裏返す。

「10月を目処にって言ってたよ。……そんなにかかるんだね」

「上原の場合はボイトレとかもあるし……ずっとやってきたバンドってわけでもないからスタンス作ってくってのもあるんじゃないか」

「そっか」

 両肘をテーブルについて、その両手で頭を支えるように天井を見上げた上原の取り皿に、レモンを絞って焼けたタンを放り込んでやる。

「もう食えるよ」

「え? ありがとう」

「メンバー、会ったんだろ? どうだった?」

 もう1枚焼けたタンを自分の皿に放り込みながら、尋ねる。上原は、はふはふと嬉しそうに肉を頬張った。

「おいしー」

「ああそう。俺勝手に焼いてっちゃうけど」

「あ、あたしやろうか?」

「信用がおけないからいい」

「……どういう意味?」

 言葉通り勝手にタンを網に並べ、網の上の野菜を転がす。

「あのね、みんな若いよ。あたしより1つ下とか2つ下とかそんくらい」

 ええ?

 ぎょっとして、挟んでいた椎茸を落としてしまうところだった。そんなに若いメンバーなのか……。

「サポートキーボードの人だけ、あたしより1つ上かな。でもね、みんな感じ良くて仲良くなれそう。可愛くて」

「へ、へえ……」

 高校生女の子バンドなわけか……。まさにギャルバンだ。もろアイドル路線じゃないか。広田さんもチャレンジャーだな……。

 思いながら反面、上原のことが心配にもなった。そういう試験的なアイドルバンドで大丈夫なんだろうか。上原がこのまま潰れたりしないだろうか。

「やってけそうか」

 焼けた肉をどんどん皿に放り込んでやるので、オートマチックに上原はもくもくと食べながら何か答えた。

「え?」

「正直まだわかんないってのが本音。だって会ったばっかりだし。大体あたし、バンドってやったことないし」

 ああそうか。

「バンドって人間関係大事だって言うでしょ。元々仲良しで始めたはずのバンドだって壊れたりするって聞くし、そういうの考えるとわかんないとしか言えない。でも……何か頑張ろうって気がしてきた」

「……そうか」

「うん」

 タンの皿を空にして、ロースを網に乗せる。その間に獅子唐と椎茸を上原の皿に乗せた。

「如月さんって、兄弟いるの?」

「は?」

 唐突にまた、微妙な質問を……。

「いると言えばいる。けど本質ひとりっ子」

「……言ってる意味がわかんない」

「何で?」

「何となく。凄いひとりっ子っぽい感じだと思ってたけど、意外に面倒見いい感じだから、どっちかなって思っただけなんだけど」

 せこせこと肉なんか焼いてるからだろうか。

「弟いるんだけど、18年間ひとりっ子で育てられてきて、19歳でいきなり弟出来たから、兄弟いてもそれぞれひとりっ子みたいなもんだろ」

 淡々と説明すると、上原は目を丸くした。

「そりゃあ本質ひとりっ子だね……何でそんなに離れちゃったの?」

 そんな親の都合を俺に聞かれても。

「さあ。父親が再婚だからじゃないか」

「再婚なの? 如月さんの本当のお母さんは?」

 しかしロースって食うの久しぶりかもしれない、俺。食ってみるとこれはこれで結構おいしかったりもする。

 俺は口をもぐもぐと動かしながら、上原に答えるべく、黙って人差し指を上に向かって突きたてた。上原が深刻な顔をする。

「あ、ごめん……」

「別に。もう随分昔の話だし。俺自身ほとんど覚えてないし」

 ……そんなわけは、ないけれど。

 随分昔の話というのは本当のことだが、母親を失ったその時の痛みは今も鮮明に思い出せる。まるで悲しいドラマのワンシーンを見ているような感覚。俺自身が登場人物であるはずがないからだろう。どこか他人事のようで。他人事でなくてはいけなくて。けれど、俺自身が登場人物であるという現実が受け入れられなかった8歳の俺。

 そんな話を上原にしても、仕方がない。

「上原は、兄弟いるの」

 ビールを口に運ぶ。椎茸を前歯でかじっていた上原は、ふん、と変な発音で答えた。

「妹がいるよ」

「お前、姉なの?」

「……いけない?」

「……悪いけど、到底見えない」

 俺のセリフに唇を突き出してむくれたような表情をすると、椎茸を飲み込んでカルピスのグラスに手を伸ばした。

「理香ちゃん……妹なんだけど。1つしか違わないからかなあ。それとも寮入っちゃってて家にいないからかな……。あたしより理香ちゃんの方がしっかりしてるし」

「ふうん。似てるの?」

「似てないみたい。理香ちゃんはもっとボーイッシュ。かっこいいんだよ」

 かっこいい妹というのもどうなんだろうか。

 だらだらとそんな話をしている間に、皿が次第に空になる。

 上原って小食だな……いや、こんなちっこい体に予想外に大量に詰め込まれても確かに驚くだろうが。

「ね、如月さんてアクセサリーとかするんだ」

「え?」

 不意に上原が、俺の指に填まっているゴツい指輪に目を留めた。興味深そうな顔をしているので、外して上原のおもちゃみたいに小さな手のひらにコロンと転がしてやる。

「お前、親指にも填まりそう、この指輪」

「え?」

「これ。今小指に填めてた奴」

「……親指には填まらないよ、さすがに……」

 俺の言葉にくすくす笑いながら、上原は自分の指に俺の指輪を填めていった。それをぼんやりと眺めながら、何だかこの……妙に、親密な空気感がくすぐったい。

 何か……その……カップルみたいじゃないか。

「あ、ぴったり」

 ぼけっと見ていると、不意に上原がぱっと嬉しそうに顔を上げて指を翳した。上原に見惚れていたみたいで何となく気恥ずかしくなりながら、我に返る。

「……ふうん。上原の薬指って俺とサイズが一緒」

 指輪を受け取って填め直すと、上原がデザートを頼む。

「女の子って何でメシ食った後、必ずデザート食うんだろ……」

 ぱかーっと煙草をふかしながら、アイスを柄の長いスプーンでつついている上原を眺めつつ呟くと、上原はちろーっと細い目をして俺を見た。

「なーんか、モテる人のセリフってかーんじー」

「……何でだよ」

「いろんな女の子と食事したことがなければ出ないセリフじゃありませーん?」

 ……嫌なこと言うな。

「別にそういうわけじゃない。……一般論だよ一般論」

「どーだかー」

 どうもこうも事実だ。別に取り立てていろんな女とメシ食ってるわけでもないし。大体俺、付き合った人数だって相当少ないぞ。

 誰に向かってだか内心言い訳しながら、俺は視線を明後日の方向に彷徨わせた。

「今のコの方がいろいろ遊んでるんじゃないの?」

「そんなことないですー」

 言って上原が鼻の頭に皺を寄せる。寄せつつも、しっかりアイスは口に運ぶ。

「如月さんはいっぱい付き合ってそうだね」

「……別に、そんなことないけど」

 必死こいて否定するのもアホらしく、頬杖をついて上原のアイスを眺めながら適当に答えた。

「そう言えば上原こそ、デビューするにあたって文句言う彼氏とかいないのか?」

「……いないよ、今は」

「今は、ねえ……」

「いないのッ。どうせ寂しいひとり身ですッ。悪かったね」

「別に俺だって人のことは言えないけどさ……」

 何気なく言うと、上原はそれほど大きくない瞳をきょろんっと丸くした。

「そう言えば、如月さん、彼女いないんだっけー」

「……悪いか?」

「悪くはないけどさ。どんくらいいないの? ……って聞いても良い?イタイ話だったらやめるけど」

 イタイ話って何だろうか。

「別に。……3年半くらいか」

 手持ち無沙汰なので、また煙草に火をつける。一体、あんなちっぽけなアイスをどうしてこんなに長々と食ってられるんだろう。

「じゃあ『アスカ』さんが最後? もしかして」

「……そうだけど」

「何で別れちゃったの?」

「別に……」

 それきり口を噤んだ俺に、上原も追及しようとはしなかった。上原がアイスを食べ終えるのを待って、会計を済ませ車に乗り込む。ここから俺の家はすぐだが、誘った以上当然上原を送り届けるために、俺は家とは逆の方向へ車を向けた。時間はまだ9時前だ。親に怒られるような時間でもないだろう。

 大通りは混んでいるので、可能な限り裏道を使うことを考えた俺は、細い路地に車を入れた。飲み屋などはいくつもある通りだが、車道はさほど混んではいない。

「如月さん、ありがとね。ごちそうさま」

「ま、頑張って。一緒に悩んで行くためにメンバーがいるんだし」

 このまま真っ直ぐ行くか右手に折れて回って行くか迷っていると、危なっかしくふらふらと歩道を歩いている人影が前方に目についた。嫌だな、酔っ払いだろうか。ふらりと車道に飛び出されでもしたら……。

(……え!?)

 そんなふうに注意を払いながら通り過ぎようとした時、それが知っている人間だと気が付いた。後続車がいないことを確認して車を停める。

「ちょっとごめん」

 上原に断って運転席を飛び出すと、人影に走り寄った。

「蓮池」

「え……?」

 よたよたと危なっかしい足取りで歩いているのは、俺の隣人である蓮池麗名だった。相変わらず豊かな胸元を惜しげもなく晒すような服装で、正直目のやり場に困る。

「お前、危ないだろ」

「……彗介くんー?」

 視点の定まらない目で俺を見つめ、蓮池は笑った。がしっと俺にしがみついてくる。

「何してんだよ、ふらふらと」

「彗介くん……」

 ほとんど抱き付かれるような形で蓮池を支えながら、俺は溜め息をついた。

「蓮池」






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