62:伝令の足音
東地区の店舗巡りなどを色々堪能してから二日ほど経ったある日。
あれからも王都の依頼を受けてみたり観光したりしていたのだが、シノは一人で北地区を訪れていた。
今日は完全に自由行動ということで、リエルやセリアも各々が王都を満喫している。シノは少しだけ歩き疲れたのか、北地区にある喫茶店で一息ついている最中だ。
「うん、やっぱり王都の茶葉は一味違う」
何やら専門家じみたことを呟きながらお茶を飲んでいる彼女。その傍らには「美人だから」とサービスされてしまった小さなショートケーキが置いてある。これは果たして役得か何かなのだろうか。窓際の席に座っている彼女は、外に流れる王都の景色を見ながらのんびりとくつろいでいた。
(いくら王都方面とはいっても、街の中は平和だなぁ……)
今の状況にはその言葉が最も似合うだろう。グランディアはどこかの国と争っているわけではないし、天災なども少ない。
一応かつては争っていた魔族の勢力もいるにはいるのだが、対立しなくなって相当な年月が経っているのでその心配も無用だ。
彼ら彼女らはそこまで人と見た目が違わない者も多いので、割と人社会に紛れ込んでいたりする。もっとも、未だに人との交流を嫌う派閥もあるためよく出会うというレベルではないのだが。
そのまま三十分ほど過ごしたシノは喫茶店を後にすると、街中を更に北へと向かい始める。歩く先にあるのは、グランディアの王宮だ。
輝きすら覚える石と金属によって建造された巨大な建物は、世間一般でいうところのお城をそのまんまイメージしたような見た目をしている。グランディア国王が住まうその佇まいは、荘厳という言葉で表す他ないといえるだろう。
「さてと……今日は戻ってくれてるといいんだけどなぁ」
初日にも王宮には三人で訪れたのだが、その時はある人物に会えず仕舞いであった。その人物は何かと忙しい身なのでいつ居るかはわからないのだが、今日こそはと思って足を運んだ次第である。
王宮内はある程度の場所ならば一般人も立ち入ることができ、観光目的で訪れる人もかなり多い。国王が鎮座する謁見の間が奥に見える大広間を歩きながら、シノは周囲を見回していた。
やがてその中に誰かの姿を見つけたのか、足を止めて立ち止まる。
「――――――あぁ。新兵の装備手配は予定通り頼むぞ」
「了解! これはますます訓練に精が出ることになるでしょうね」
「ふふふ、そうだな。俺もまた忙しくなりそうだ」
目線の先にいたのは、兵士と会話をしている背の高い男性。縁が銀に塗られた黒い鎧を身にまとっており、暗い青色の髪を背中で一筋だけ束ねた髪型をしている。
見た感じは四十歳を過ぎたぐらいだろうか。厳しさの中に人の良さが垣間見えるような顔つきで、細く茶色の瞳は鋭い輝きを放っている。
そんな彼の姿を見たシノは笑みをこぼすと、一直線に近寄った後に声をかけた。
「――――――グレン! 久しぶりだね!」
「……ん? おぉ! 誰かと思ったら先生じゃあないか!」
その人物はシノの姿を確認すると、大層驚いた様子で反応を返す。
彼の名はグレン・ライノール。グランディア王立騎士団の団長を務めている男性であり、「先生」とシノを呼んだことからもわかるように、彼女の元教え子だ。もう三十年ほど前のことになるので、生徒としてはかなり古い方にあたるだろう。
「騎士団長になったって便りが来てからもう五年も会ってなかったんだもの。やっと顔を見ることができて安心したよ!」
「ははは、そりゃあ悪かった! 騎士団の仕事が忙しすぎて、故郷に寄る暇もなくてなぁ……。先生も相変わらずみたいで何よりだ」
グレンは二十歳になる前、王都の騎士団に志願するために両親の反対を押し切って村を旅立っていった中々の強者で、当時の騒ぎ様はシノもよく覚えている。それが今では王都の騎士達を束ねる団長になっているのだから、物凄い出世振りといえるだろう。
無事に王立騎士団の一員となってからは一年に一度はクラド村に帰ってきていたが、ここしばらくはそれがなかったので心配していたのだ。
「おじさんやおばさんの様子を見てると私まで心配になってくるから、また顔を見せに帰ってあげてね?」
「ああ、わかってるよ。最近はこの地位もやっと板についてきたことだしな。孫の顔も見せなきゃ駄目だと思ってたところさ」
「え、孫……? 結婚して子どもまでいるの!?」
「ちょうど団長に昇格した後ぐらいに、遠征先の街で猛アタックされてなぁ……今は一緒に王都に住んでるよ」
「いいなぁー……まーた教え子に先を越されちゃったよ」
「先生なら引く手数多なんだから、すぐに相手は見つかるって! あまり気を落とすなよ」
「いいもーん。一人は慣れてるから大丈夫だもーん」
無意味に強がってみせたが、百年以上独身は伊達じゃないメンタルの強さはある意味本物だろう。グレンの方も、家族に囲まれて幸せな日々を送れているようで何よりである。そもそも、こうやってシノが羨ましがるのはこれで何十回目だろうか。
それからしばらくはお互いの話に花を咲かせ、近状などを報告し合っていた。特に、シノが精霊と一緒に住み始めたと聞いた時には彼も驚いていたようだ。普通はそんな人いないので当然の反応かもしれないが。
「話程度しか聞いたことはなかったが、精霊ってのは凄い能力を持ってるんだな……。転移能力で村まで連れてってくれたら、皆にすぐ顔を見せに行けるのになぁ」
「あの子はまだ修行中の身なんだから、移動手段代わりに使ったりしないでよねー」
「はっはっは! 悪い悪い、精霊をぞんざいに扱ったりすれば大精霊からバチが当たるかもしれないしな」
セリアについて話した時はその能力ゆえに騎士団にスカウトしたいようなことを言いかけたが、もちろん却下である。もっとも、戦いたがりの彼女のことだから話を持ち掛けられた暁には受けてしまいそうだ。そこで武勲を挙げたらとっととスピリティアに帰ってしまいそうではあるけれども。
「しかし、ローザのお嬢ちゃんが今では店を任される立場とは……時が経つのは早いもんだ」
「言い方が年寄りみたいになってるよ。最年長者の私が言うのも何だけど」
「ふふふ、違いない。先生はきっとこれからもあの村を見守っていくことになるんだろうしな」
「まぁね……さしずめ私は、クラド村における歴史の生き証人ってところかな?」
二人は顔を見合わせると笑い合った。グレンの言うことはもっともだが、シノにとっては村で唯一の冒険者だとか先生だとかは関係なしに、クラド村に居続けることになるだろう。
百年も住んでいれば愛着だって人一倍。いや、百倍なはずなのだから。
「じゃあ、俺はそろそろ新兵どもの訓練に戻るとするよ。またな先生。会えてよかったよ」
「頑張ってね、グレン。奥さんと子どもさんにもよろしく!」
互いに別れの挨拶を交わした後、グレンは笑顔で親指を立てると兵舎がある方へと歩き去っていく。その背中を見送ったシノも王宮を出るため、出口に足を向けようとした。
だが、その時――――――――
――――――ピシュゥゥゥンッ!!!
王宮中央の広間に突然そんな音が響き渡り、シノは驚いて肩を震わせる。
何事かと思って振り返ると、広間の中央に設置されている大きな魔法陣が輝きを放っており、そこから十名ほどの人物が転移魔法によって現れたのだ。
見た限りでは兵士が数名と、宮廷魔術師と思われる人物が一名。全員の表情はこれ以上ないほど緊迫しており、ただ事ではない様子が伺える。
シノを含めた広間にいる全員がざわつく中、宮廷魔術師の男性は一目散に奥に見える謁見の間へ走ってゆくと、扉を大きくノックした後に開け放ってみせた。
「で、伝令致します! 第一級緊急事態発生!!!」
その声は誰がどう聞いても焦っており、震えすら混じっているように感じられる。
そして、広間にも聞こえるほどの大声でそれは告げられるのであった。
「――――――鋼の災厄が……再び姿を現しました!!!」
今から約三百年前。王都グランディアを壊滅寸前まで追い込んだ災厄の訪れを。
【TIPS~グレン・ライノール】
グランディア王立騎士団の団長を務める男性。年齢は四十歳。
シノの元教え子であり、村では最も腕っぷしが強い子供だった。




