54:再会の予感
酒場にて情報を集めようとしていたら喧嘩に遭遇し、その発端はまさかの元教え子。
鋭く黒い瞳に茶色のツンツン髪が目立つ冒険者の彼――――――アルバも、まさか自分の恩師が此処にいるだなんて夢にも思わなかったに違いない。
冒険者として村から旅立っていったのは知っていたが、こうして会うのは実に数年ぶりだ。
「あ痛たたたたたっ! わ、悪かったって! だからもう手を離してくれよぉー!」
「小さい時からやんちゃ者なのは相変わらずだね全く……」
シノはアルバの手を受け止めて捻りあげた姿勢になっており、当の彼はたまらず悲鳴をあげている。
たとえ女性だとしても、彼女には百年近く積み重ねた様々な経験があるのだ。こういう状況の一対一ならば、並の男性では相手にならないだろう。
「いやぁ助かった! 感謝するよ、お姉さん」
「どうしたしまして。子の扱いには慣れてますので!」
とりあえずアルバにはさっきの非礼を謝らせておいた。こうしていると教師と教え子というより、なんだか親子のようである。
数人ぐらいには聞いて回って情報収集をするつもりだったのだが、知人である彼がいるのであればそっちに聞いたほうが早いだろう。
カウンターから離れた席に着くと、しばらくの後に二人の飲み物が運ばれてくる。アルバはさっき代金で揉めていた普通酒で、シノにはイチゴの果実酒。彼女に関してはさっきのお礼ということでサービスらしい。
「――――――それで、北の地方では何度か討伐作戦も行われていてさー」
「相変わらず、平和なこっちとは大違いなんだねー……」
「はっはっは! 平和なのは良い事だ。それにいざとなったら、村には先生がいるじゃねーか」
「この通り、今は絶賛不在中だけどね」
さっきの騒ぎ様からは一転し、仲良く酒を酌み交わしながら情報交換と近状報告をする二人。
村にずっと居るシノとは違ってアルバはまさに今各地を渡り歩いている冒険者なため、その情報は早い。王都付近の情勢なども知る事ができたため、これはかなりの収穫になったことだろう。
それからも話を続けていると、彼が気になることを言い出した。
「そういや三日ぐらい前に美人の冒険者に出会ったんだけどなー。お誘いかけたら断られちまったよ」
「そりゃ当たり前でしょ……どんな人だったの?」
「顔の上半分は仮面で隠れてたんだが、薄紫色の髪が綺麗な人だったのは覚えてるぜ」
特徴を聞いた途端、シノの表情が驚きに変わる。仮面に薄紫色の髪の毛といえば、あの冒険者――――――ステラの特徴と一致していたからだ。
「もしかすると、私が知ってる人かもしれないなぁ……」
「本当かよ! 美人同士ってのは惹かれ合うものってヤツなのかねー」
「私のことを褒めても、特に何も出てこないよ」
「ちぇっ、久々に会ったんだから酒代ぐらい奢ってくれてもいいじゃねーかよー」
アルバは子どものように駄々をこねてみせるが、ここは年長者としての意地を見せておかなければならない。
それはさておき、ステラらしき人物の情報が得られたのは個人的に大きかった。彼女も各地を旅しているのだし、もしかすると王都で会えるかもしれない。シノの中にちょっとだけ期待感が生まれた。
「それじゃあ、私はそろそろ行くね。久々に元気な顔が見れてよかったよ、アルバ」
「またな、先生! 旅の道中気を付けなよ!」
「そっちも気を付けてね。たまには顔見せてあげないと、おじさん達も心配するかもよ」
「わかってるって! 気が向いたら村に寄るぐらいはするさ」
あまり長く話し込んでも宿に戻る時間が遅れてしまうので、シノは場を切り上げることにした。
教え子にも会えたし情報だって貰えたし、成果としては上々だろう。彼女はアルバと小さくハイタッチを交わすと、夜のざわつきが増し始めた酒場を後にした。
◇
その夜。宿屋へと戻ったシノは食堂へと向かうと、ちょうど夕食を食べていたリエルとセリアと出会う。どうやら彼女の方が少し到着が遅れてしまったようだ。
「あ、おかえりなさいシノさん!」
「遅かったわね。もう食べ始めちゃってるわよ」
「ごめんごめん。知人に会って話し込んじゃってね」
シノも席に着くと、ほどなくして彼女の分がテーブルへと運ばれてくる。それらにすぐさま手を付けながら、三人はお互いの経過などを報告し合った。
幸いにも二人の方で目立った問題などは起きていなかったようで一安心といったところか。
物珍しそうにあちこち歩きまわっていたリエルに引っ張りまわされたセリアは結構大変だったらしい。普段はしっかり者のリエルが逆にセリアを苦労させるなんて、珍しい一面を知った気がする。
「よくそんなに大勢の顔と名前を覚えてられるわね……私なら多分無理だわ」
「そこは努力しましょうよ……もしも将来大精霊になった時、信者の方を忘れたりしたら失礼ですよ?」
「い、いいのよ別に! どうせ人間が大精霊に会う機会なんて一生に一度くらいだし、忘れてても文句なんて言われないでしょ」
「いざセリアが大精霊になったとして、敬われる存在になるのか不安なんだけど……」
これだと、後輩であるリエルがあっという間にセリアを追い抜いてしまいそうだ。その時に思いっきり悔しがっているセリアの様子を想像して、シノは思わず苦笑する。
この数十年の間に教えた子は三百人ぐらいいるのだが、ちゃんと顔と名前は一致しているし、それは年月が経っても変わらない。一番古い教え子だと町長に就任していたり役所の高官になっていたりする。
「でも、イフリート様に認められるには頑張るしかないか……ぐぬぬ……」
(こうしてると、上司にゴマすってる部下にしか見えないんだよねー……)
心配ではあるものの、精霊の事情に首を突っ込んでも仕方がないので、唸っているセリアはひとまず置いておくとしよう。
まずは王都方面で武勲をあげることに考えが向いていそうだし、彼女的には全てはそれからになるだろう。
「ともあれ、王都に着いたら忙しくなると思うから、気合だけは入れておいてね!」
「はい、任せてください!」
「ま、何か収穫があることを期待するとするわ」
どうやら、二人とも気合は十分なようだ。
夕食を終えた三人は食堂を後にすると備え付けのシャワー設備で身体を洗い流した後、部屋へと戻る。中はかなり広く、さすがは街の宿屋といったところか。
「それじゃあ、また明日ね。寝坊だけはしないように!」
「言われなくてもわかってるわよ。おやすみ」
「お二人とも、おやすみなさい」
明かりを消してベッドに潜り込んだ三人はすぐに眠りにつく。遠くから聞こえる夜の街特有の微かな喧騒を聞きながら、この日の夜は過ぎていった。
そしてその翌朝。宿を出て港へと向かうと、昨日の船がちょうど出航待ちになっているのを目にする。クラド村の港から乗った時よりも目に見えて乗客の数は増えており、商人と思わしき人々も続々と乗り込んでいた。
「わぁ……いざ王都へ! って感じですね」
「一度に運べる量にも限りがあるからねー。多分今回も満員御礼だと思う」
「周りが人間ばかりだったから、あの時はなんとなく肩身が狭かったわ……」
「でも今回は私達がいる、でしょ?」
「ま、幾分か気楽なのには違いないわね」
セリアは肩を竦めると我先にと船へと乗り込んでゆき、二人もその後に続いた。
乗り場の近くでは船員が周囲に大きな声で呼びかけを行い、乗り忘れがないかを確認している。
そのまま数分ほどが過ぎた後、全ての確認が終わった船員達も船へ乗り込むとスロープを片し始めた。直後に汽笛がベルースの港へと鳴り響き、船が陸地から離れ始める。
「ここから王都まではどのぐらいかかるんですか?」
「だいたい一日ちょっとってところかな。明日の昼前には着くと思うよ」
「さすがにそれなりに長い航路になりそうですね……」
「宿よりかは狭い客室付きで、ね。ベッドの最上段は貰ったわよ!」
「寝ぼけて一番下まで落ちないようにねー」
「その時は、揺れた船のせいにしてやるんだから」
遠ざかっていく港街に見送られながら話をする三人。
こうしてそれぞれの想いを乗せた客船は、今回の旅の目的地である王都グランディアを目指して一直線に海を進んで行くのであった。
【TIPS~アルバ・ノース】
シノの元教え子の一人で冒険者の男性。
昔からかなりのやんちゃ者で、よくシノに叱られていた。




