38:治療法を求めて
魔眼病と呼ばれる極めて珍しい病気になってしまったマリーを治すため、薬の材料を探しに出かけたリエル。思えば、クラド村に来てからはシノと一緒に出掛けることが多かったので、一人で依頼などに出向くのはほとんどなかったかもしれない。
しかし、シノは別な依頼で隣街へ行っているので、帰ってくるのは夕方頃になってしまうだろう。ならば動ける自分が行かなければならない。
「マナ・レデュースを作るための材料の一つは魔光草……早いとこ探さないとね」
村から離れた森林へ向かっているリエルはポツリと呟く。マナ・レデュースというのは、魔眼病を治す薬の名前だろう。必要な材料である魔光草というものも少し珍しい材料で、魔物が出没する場所にしか自生しない特殊な薬草なのだ。
なので一般人が採取するのは難しいし使い道もかなり限られているため、常備しているという事はそうそうありはしない。
数十分ほど歩いて森林へとやってきたリエルは辺りを見回して薬草がないか探し始める。とはいっても魔物がいないとそれ自体が生えていないので、まずは魔物がいるかを確かめなければならないのだが。
「……いた! 小型の魔物が数匹。あの辺りから探ってみよう」
森林内を歩いていると狼型の魔物が視界に入り、リエルは足を速めてそれらに近づいていく。木々の揺れる音の影響で、幸いながらまだこちらには気づいてない。
その間に必殺の距離まで接近したリエルは構えを取ると一気に魔物の前へ飛び出し、魔法を発動させた。
「――――――アブソリュート!」
周囲の空気が急速に冷え固まると、対象を氷の檻へ閉じ込める。もちろんそれだけでは終わらず、氷は音を立てて爆砕すると魔物もろとも消え去った。
「うーん……ここには生えてないか……」
すぐに魔物がいた周辺を探してみるが、魔光草は見当たらない。一発目はハズレのようだった。通りすがりで魔物がいたぐらいでは自生しないのだろうか、なんとも探すのが難しい薬草だ。
気を取り直して、リエルは引き続き捜索を続行する。村ではマリーが薬を待っているので、ぼやぼやしてなどはいられない。
その後も倒しては探すを繰り返していると、あっという間に一時間ほどが過ぎてしまっていた。
「――――――プラズマランサー!」
もう二十匹近くは倒して回っただろうか。今度は雷の槍が鳥型の魔物へと炸裂し、稲光と共に消滅する。そして先ほどまでと同じく周囲を探ってみると――――――――
「……見つけた!」
鳥型の魔物がずっと羽根を休めていたであろう木の根元に、淡く光を放つ草を見つけたのだ。紛れもなくこれが、薬の材料となる魔光草。ほんの一握りほどしか生えていないが、一人分の材料としてはこれだけあれば十分だろう。リエルはすぐにそれを採集すると持っていた鞄へと仕舞い入れた。
「ちょっと時間がかかっちゃったかな……急いで村へ帰らなきゃ!」
マリーのことが気になったリエルはすぐに踵を返すと来た道を戻り始める。
一瞬だけ記憶陣を使ってしまいそうになったが、それだと自分がダウンして本末転倒なのでそんなことはしない。
すぐに森林地帯を抜けた彼女が小走りで村を目指していると、遠くに見慣れた人影が見えた。あれはもしかしなくても、
「シノさーんっ!」
ちょうどジェネスからの依頼帰りだったシノであった。声に気付いた彼女は振り返ると、こちらに手を振っている。
今回の依頼は実質一人でこなしていたようなものだが、彼女の姿を見たリエルは妙に安心してしまっていた。
「こんなところに一人でいるなんて珍しいね。ひょっとして依頼か何か?」
「そうなんです。実は――――――」
並んではいるものの相変わらず小走りになりながら、リエルは事の顛末を話す。シノは教え子が病で倒れたことに驚きこそはしたものの、治療が可能とわかって安堵の表情を浮かべていた。
そしてやはりというべきか、彼女は魔眼病について一応は知っていたようだ。
「何かで見た覚えはあるんだよね。治療法までは覚えてないんだけど……」
何かというのは紛れもなく例の設定集のことだと思うのだが、うっかり口を滑らせるようなことは決してしない。別にリエルを信用していないわけではないが、こんなタイミングで言ってしまうようなことでもないだろう。
「残りは私の方でなんとかなるので、まずは家へ戻りましょう!」
「そうだね。マリーのことは心配だけど……リエルを信じて任せるよ!」
教え子が倒れているので本当なら自分が出ていきたいところではあるが、ここはリエルの顔を立てるべきだと思いぐっと我慢する。彼女の力は一緒に住んでいる自分がよく知っているし、ここで下手に手伝ってしまえばそれは力を信用していないのと同義だ。
クラド村の入り口が見えてくると二人は小走りをやめて走り出し、マリーやその両親が待つ家へと向かっていくのだった。
◇
家へと戻ってきた二人は安堵の表情を浮かべた両親に迎えられ、再びマリーがいる部屋へと通される。
その間に医者もできる限り尽力してくれたようで、苦しそうだった息も少しだけ和らいでいた。未知の病にも全力で対処するところは、さすが本職の医者というべきかもしれない。
「それでは薬の作成に取り掛かるので、道具お借りしますね」
「よろしくお願いします……!」
両親に見守られる中、リエルは治療薬のマナ・レデュースの作成を始めた。その間、シノは邪魔をしないようにマリーに寄り添っておく。
手をぎゅっと握るとシノの存在に気付いたようで、まだ光っている目を薄く開けて彼女を見た。
「あ……先生、来てくれたの……?」
「うん。今お薬を作ってるからもう少しだけ頑張ってね、マリー」
「うん……私、頑張る……けほっ……」
さすがというべきか、小さな子の対応には慣れてるなぁと、薬を作りながらリエルは感心してしまう。最年長者なのだから当然といえば当然かもしれないが。
その間にリエルは魔光草を含む薬の材料を加工する作業をしていた。マナ・レデュースはもちろん魔法薬なので、知る人ぞ知る作り方が存在する。だからこそ、魔法などはまず扱わない普通の医者では知らない薬ということだ。
「――――よし、これで準備はおしまい。あとは……」
数分ほどで薬の下準備は終わったようで、リエルが一息ついた。あとは仕上げだけなのだが、彼女は部屋を見回して何かを探している様子。
「バルトさん、使ってもいいナイフなどはありますか?」
「ん? あぁ、俺のでよければ使ってくれ」
リエルが尋ねると、バルトは腰につけていた小さなナイフを取り出して手渡す。魚や小型の獣を捌く時に使うものだが、これでも問題ないようだ。
これから仕上げとはいっても何か材料を持っているようには見えないのだが、ナイフを使ってどうするというのだろうか?
「……ふぅ」
今度はさっきよりハッキリと、リエルが息を吐く音が聞こえる。薬の下準備が終わった火起こし台の前に立つ彼女はなんだか神妙な様子だ。その様子が気になったシノが近くへと寄っていく。
マリーを除く一同がその様子を見守る中、彼女は覚悟を決めたかのように無言で小さく頷くと、なんと突然ナイフを手にあてる仕草をした。
「えっ!? ちょっ――――――」
あまりにも唐突な行動だったので理解が追い付かず、シノは一瞬だけ呆気に取られてしまう。人間だった遠い昔に、似たような行動を見た記憶こそあるが、まさかリエルに限ってそんなことあるはずもない。
などと思っていると――――――――
「……っ!」
手にあてたナイフは止まるはずもなく、そのままリエルの肌を傷付けてしまうのであった。
【TIPS~魔光草】
魔法薬に用いられる基本材料の一つ。
魔物が長時間居た場所にのみ自生するという特殊な性質がある。




