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36:慰労の日常へ

 裁判での激闘を終えた翌日、シノとリエルは帰りの定期船に乗ってクラド村へと帰ってきた。

 あれから半日近く時間があったため、シノはもちろんリエルも存分に都を満喫できたようだ。森の訪れまで戻ってきた二人は両手にお土産袋を抱えており、まるで普通の旅行帰りに見える。


「おかえりなさい、お二人共! その様子からすると――――――」


「ただいま、ローザ。もちろん大勝利だったよ!」


「ただいま帰りましたローザさん! シノさんも大活躍でしたよ!」


 二日前にあちらへ発って行った時の心底不安そうな表情からは打って変わり、ローザは花の咲いたような笑顔で出迎えてくれた。

 いつものように恥ずかしがったりすることもなく、三人で抱き合っている。恩人を救ってもらったのだから喜びもひとしおという感じだ。

 彼女達が帰ってきたことに気付いたのか、向こうのテーブルで談笑していたティエラが寄ってくる。


「どうやら、何とかなったようですね。二人共無事で何よりです」


「私はそうそう負けたりはしないよ。あなたが一番よく知ってるでしょ?」


「シノは昔から、何かと危なっかしい気がするので」


「どの口が言うか、どの口がー」


「おふぁふぁいふぁまというふぉとでふよ(お互い様ということですよ)」


 普段からそこまで感情的ではないティエラだが、彼女なりに心配はしていたようだ。シノにほっぺを摘ままれて、身長差からまるで叱られている子どものような図になっており、それを見たリエルとローザが思わず笑う。


「私が渡した道具は、役に立ちましたか?」


「そりゃあもう。というかアレがないとちょっと危なかったかもしれないね」


「なるほど。それでは――――――」


 自分の作った道具が役に立ったと聞いて満足そうに頷いたティエラだったが、直後に手を差し出してくる。

 別に握手がしたいわけではないのだろうけれど、その手の意味を問おうとしていたら、



「―――――――友人のよしみで、三割引きで手を打ちましょう」



 という言葉と共に、一切の悪気を感じさせない笑みをこちらへと向けてきたのを見て、シノは思い出したようだ。この子は道具職人である前に商売人だったということを。

 反射的に思いっきり苦笑しつつ溜息をついてしまったが、こればかりは仕方のないことだ。


「私は魔法道具の価値をあまり知らないんですけど、あれって……?」


「前に一度ティエラさんから聞いたことがあるんですが、実は――――――」


 シノが溜息をつくほどなのだから、よっぽどなのだろうと思ったリエルがローザに訊くと、あの時使った道具は結構な価格だったらしく目を丸くして驚いていた。

 そりゃあ壁や扉を通り抜けられるなんていう便利アイテムなのだし、低価格でバンバン使えていたらそこら中泥棒だらけだろう。だからこそ彼女が信頼を置くかつ、腕のある人物にしか売らない貴重な道具というわけだ。


「やっぱりティエラはやり手だよ、今も昔もね……」


「誉め言葉として受け取っておきますよ。毎度ありがとう御座います」


 それなりに金貨の入った袋を手渡されたティエラはそれを受け取ると再度満足げな笑みを浮かべる。これも一種の親しき仲にも礼儀あり、というやつだろうか?

 金額がそれなりにするといえばそうなのだが、シノの手持ちからすれば痛手というわけではない。あまりシノ自身は語らないが、それなりにお金は持っているらしいので心配は無用だろう。


「まぁ、慰労ということで一杯ぐらいは私が奢りましょう」


「それなら道具の代金の方を――――――」


「そこは譲れません。これも商売ですから」


「だよねー……ということでローザ、いつものを三つお願いね!」


 それでも一応なんとか食い下がろうとはしてみるが、あっさり一蹴されてしまった。一杯奢るのと貴重な道具の代金とでは相当な差があるため、引き換えとはいかないようだ。

 可笑しそうに笑いつつも頷いたローザは厨房へ引っ込むと、しばらくの後に給仕と共に戻ってくる。


「それじゃあ、無事の帰還と勝利を祝いましてー」


「乾杯ーっ!!!」


 シノに続いて二人も盃を交わし、祝勝会と銘打った宴の時は賑やかに過ぎていくのであった。



 ◇



 その日の夜。家に帰ったシノとリエルは風呂場で並んで湯に浸かり、のんびりしていた。

 リエルに関しては特に疲れていたようで、顔の半分まで沈んだり浮かんだりを繰り返している。精霊に年齢という概念はあまりないのだが、こうして見ると年頃の少女としか思えない。


「やっぱり我が家は癒されますねー」


「身体に頭に、動きっぱなしの一日だったからね」


「シノさんぐらいになっても、慣れないものなんですか?」


「私はこの村に付きっ切りだし、外に出る機会も昔ほどないからね」


 森の訪れに来る他の冒険者のようにあちこち出掛けることが出来る立場ではないし、シノ自身が村から離れようとは思っていない。なので、数日泊りがけで依頼を解決しにいくというのは久々の刺激だったのだろう。

 自分を慕ってくれる子ども達のこともあるし、なんだかんだでシノはこの村になくてはならない存在だということだ。


「でも本来は私も冒険者なんだし、いずれはまた遠くへ出かけないといけないのかなーって」


「その時のお供は、私がしっかり務めるので安心してください!」


「おおっ、頼もしい子がここに一人いたね」


「私にとっては全てが修行の一環なので、どんどん任せてもらえると嬉しいです」


 彼女も彼女で働き者だなぁとシノは思う。いずれ大精霊へ至る存在なのだから自然なことといえばそうなのだけれど。

 シノ自身にもペリアエルフとしての力を磨くという目標らしい目標があるので、似たようなものだろうか?

 いざ旅立つ時、子ども達には泣かれてしまうだろうしローザには物凄く心配されそうだ。彼ら彼女らの様子が容易に想像できてしまう。


「ま、何事も慎重にやるのが一番かな。昔からずっとそうしてきたんだし」


 シノはそう言って大きく伸びをし、それに対してリエルは何度も頷いた後に再び顔を湯に沈めた。

 それからひとしきり湯に浸かっていた二人はやがて風呂場から出ると、各々の部屋へと戻る。特にリエルに関しては先ほどから既に眠そうだったので、すぐに二階の明かりが消えた。

 シノはしばらくベッドの上でごろごろした後、窓から見える村の様子に目を移す。遠くに小さく森の訪れが見えており、今日最後の客を送り出しているのだろうか。ローザと思わしき人物が店じまいをしていた。

 そんな姿を見て今日もお疲れ様と思いつつ、窓のカーテンを閉めると再びベッドへ寝転がる。



「……さてと! 明日からまた頑張ろうかな」



 誰に向けるでもなくそう言ったシノは部屋の明かりを消すと、今度こそ眠りについた。大きな仕事も終わったことだし、またいつも通りの日常へ戻っていくことだろう。


 そんな二人の功労者を見守るかのように、今日もクラド村の夜は静かに。静かに過ぎていった。

【TIPS~高価な魔法道具】

当然ながら魔法道具にも高級なものは存在する。

王都で売っているような一級品はもちろん、職人お手製の一品ものなどだ。

中でもティエラの作る魔法道具は、数十万グランは下らない品があるらしい。

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