34:本当の悪人とは
先に証拠を提示されてしまい、その疑いを晴らす手段がないという圧倒的不利な状況で進んでいたリューンベルでの裁判。
もう間もなく判決が言い渡されようとしていたが、ギリギリセーフというタイミングで疑いを晴らせる本人であるシノが、法廷へと到着した。
これは、役所から全速力で走っていなければ間に合わなかったかもしれない。普段からそれなりに鍛えておいて本当によかったと思う。
「この裁判は無効です! ローレル・グラッド氏には何の罪も疑いもなく、彼を陥れるように仕向けた人物が他にいます!」
全員の注目が集まる中、シノは精一杯の声を張り上げてみせた。
突然現れた彼女もそうだが「陥れた」という言葉が出てきたことによって、法廷内のざわめきがより一層強まる。
「裁判は無効だと……!? 貴様、誰の許可を得てそんなことを言っている! ここは厳正なる司法の場だぞ! 貴様のような小娘が口を挟んでいいものではない!!!」
当然のごとくラウスは激昂し、場所が場所ならシノに殴りかからんとする勢いだ。というか小娘とは言うものの、年齢的には彼の方が圧倒的に下だと思うのだがまぁそれはさておいて。
それに対してシノは一つも怯むことなく、逆にラウスを睨みつけた後に言い返してみせる。
「それは貴方も同じことです! 人の上に立つ役人が人を陥れるなんて……恥を知りなさい!!!」
「な、何ぃ……? 私が人を陥れただと……!?」
普段は温厚な性格のシノからは想像もできないほどの語気の鋭さと剣幕である。勢いに若干押されたのか、さすがのラウスも少しだけ身震いしているようだ。
ざわつく法廷内をシノは真っ直ぐ歩いてゆき、法廷の中央で止まると一同をぐるりと見渡した後に口を開いた。
「私はシノ・ミナカワ。クラド村から参りました、ローレル・グラッド医師に魔法の技術提供をした者です」
自己紹介を聞いた裁判長はなるほどといった風に大きく頷く。
弁護人の男性も、裁判の結果を左右するにあたって最も重要な証人の到着を喜んでいるようにも見えた。
「……事情は分かった、シノ殿。しかし、裁判が無効というのはどういうことだね?」
「この裁判自体が、第三者の介入によって無理やり起こされたものだということです。これを見てください」
シノはそう言うと、役所の執務室で見つけた例の手紙を取り出して裁判長へと渡す。
周囲の人はそれが何かわからず首を傾げていたが、ラウスだけは手紙を見た途端に表情が変わった。
「なっ! 貴様、その手紙をどこから……!?」
「ノワルド殿、これは証拠品だ。いくら貴殿であろうと手を出すことは許されぬよ」
反射的に身体が動いてそれを取り上げようとしたラウスだったが即座に裁判長から言葉が飛んで踏みとどまる。
そしてシノが彼の執務室にて見つけた二通の手紙には、このようなやり取りが記されていた。
『ローレルが、数年振りの新しい魔法研究に着手し始めたそうだ。これでまた手柄を立てられたら、同業者として私の立つ瀬がない! 金は払うから、貴殿の力でなんとかしてもらえないか? リヒター・ルインズ』
『分かった、私に任せておくといい。奴は私も気に入らない存在だからな。不審な研究として罪状を出してやることとしよう。上手いこと現場写真でも提示してやれば何も反論できまい。結果を楽しみにしておくがいい。 ラウス・ノワルド』
それはまさに、業界の裏を体現したかのような内容であった。他者の成長を妬んで潰しにかかる。これは執務室でこの手紙の内容を見たシノが怒ったのも納得だ。
裁判長によって二通の手紙が読み上げられた直後、法廷内はざわめきは先ほどよりも更に強くなる。
「静粛に! ……この内容が真実であれば、我々司法側の人間も見事に踊らされていたということか」
裁判長は一旦場を鎮めた後に、自分が情けないといわんばかりに大きくため息をついた。
手紙自体が偽物だという反論が飛んでくるかと思われたが、二通どちらにも正式な届け印があるのでその可能性はありえない。確実にこれは、ローレルを陥れるための謀略だ。
そして恐らくリヒターというのは、以前シノが来訪した際に声をかけてきたあの男性のことだろう。どことなく嫌な感じだとは思ったがまさかクロだったとは。
続けてシノは再び皆を振り返ると、ラウスの方へと顔を向ける。
「そしてノワルドさん。先ほど外から聞こえましたが、貴方は怪しい虹色の光だと言っていましたね」
「そ、そうだ! 今までに見たこともない怪しい魔法など、不審かつ危険にしか思えぬだろう!」
「……なら、実際にこの場でお見せしましょう」
この期に及んでもまだ食い下がろうとする彼に対して小さくため息をつくと、シノは片手をあげてみせた。
短く詠唱した後、彼女の手から綺麗な虹色の光が生まれて周囲を少しだけ照らし、それに対して周囲は「おおっ」と驚きの声をあげて注目する。
「これが、私からローレル・グラッド医師に技術提供した魔法です。発動しても周囲に危害など加えませんし、お望みならクラド村の全員が証人になりえます」
ラウス的には暴発でもしてこの場に被害を及ぼすぐらいになって欲しかったのかもしれないが、そんなことは決して起こりはしない。シノが開いた手を握ると、虹色の光はすぐに掻き消えた。
この魔法が子どもを助けた光景は村の大多数が見ているし、その全員が証人ともなれば十分過ぎるだろう。
一連のやり取りを見守っていた裁判長は長く息を吐くと、ラウスをじっと見据えて言葉をかけた。
「ノワルド殿よ。貴殿はローレル・グラッド医師に対して訴えを起こした裏で、別の者とやり取りをして陥れるための謀略を企てていた。以上のことに間違いはあるか?」
裁判長の声が法廷に響いた後、全員の視線がラウスへと集まると、彼はまさに重い口を開けて、
「ぐっ……! 何も、ありません……」
悔しさを隠しきれない声で絞り出すように、ただ一言だけ言ってみせたのであった。
それを聞いた裁判長は無言で大きく頷くと改めて法廷内を見回し、言葉を続ける。
「では改めて、判決を言い渡す。起訴内容の全てを撤回し、ローレル・グラッドを無罪放免とする!」
法廷内に再び声が大きく響き渡ると、続けて何故か拍手が巻き起こった。それはローレルの無罪を喜ぶものと、弁護人やシノを称えるものなのだろうか。シノは傍聴席を振り返ると、見守ってくれた全員に対して何度もお辞儀をする。
その中に、傍聴席へ回っていたリエルとファルマが手を取り合って喜んでいるのが見えた。
リエルの笑顔はいつものことだが、ファルマがあんなに嬉しそうに喜ぶ顔はなんだか新鮮だ。普段はクールだけれど、やっぱり普通の人みたいに慌てたり喜んだりするんだなぁとシノは改めて思っていた。
検察側の席を見ると完全に項垂れているラウスの姿があったが、彼は完全に自業自得だろう。
(謀略にしてはちょっと詰めが甘かったね。悪代官さん)
もし彼が手紙をさっさと処分してしまっていたら証拠など残らなかっただろう。この勝利はラウスの慢心が生んだ結果ともいえるかもしれない。
法廷内の拍手も鳴りやんだ頃、シノは何か思い出したのか、裁判長へと顔を向ける。
「ところで、裁判長。私はこの証拠を得るために役所の執務室へと忍び込みました。これはさすがに罰せられるべきだと思うんですが……」
毒を以て毒を制すというわけではないが、よからぬ行動をしたのは事実だ。ローレルの疑いを晴らしたからといって自分がやったことを隠すわけにはいかない。
この裁判自体は無効となるが、不法侵入まがいのことをした事実が消えるわけではないのだから。それで自分が別の罪に問われても構わないとすら、シノは考えていた。
だが裁判長はそんな彼女の言葉を受けて何かの罪状を言い渡すどころか、
「そのことならば不問に付す。貴女が証拠を持ち帰らなければ、彼は無実の罪となっていたことだろう。その勇気ある行動が彼を救ったのだ。逆に称えられるべきだと私は思う」
と言ってのけたのだ。これにはさすがにシノも驚きを隠せなかった。
「いいんですか……?」
「うむ。我々としても、もう少し此度の件について考慮すべきだったと反省しているぐらいだよ。私からは以上だ」
これ以上何か言っても自分が恥ずかしくなるだけだなと思い、シノは無言で深く頭を下げる。
ローレルもそうだったが、この裁判長もかなり人道的かつ心の広い人物だったようだ。先ほどからラウスの方を睨んでいる辺り、真の悪人に対しては容赦がないと見えるが。
「――――――それでは、これにて閉廷とする!」
木槌を鳴らした裁判長の言葉が法廷内に大きく響き渡り、裁判の終了が告げられた。傍聴者や関係者が次々と場を後にし、シノも続いて法廷を出ようとする。
その時、悔しそうに項垂れたままのラウスが目についた彼女はそっと彼へ歩み寄ると、
「……権力を持ったからといって、好き勝手に振るうものではありませんよ。何故貴方がその地位にいたのかを、忘れないでくださいね」
静かにそう告げ、今度こそ法廷を後にしたのであった。
その際、項垂れたままのラウスが僅かに頷いたように見える。悪代官のまま終わるのか、まっとうな役人として再起するかは彼次第だろう。
こうして謀略によって始まったリューンベルでの裁判は、罪人の逆転で終わりを迎えたのであった。
【TIPS~リヒター・ルインズ】
リューンベルの街にて医師を務める男性。
腕は確かなのだが、嫌みな物言いがクセの人物だ。




