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30:根拠なき罪状

 実に静かで平和な日常を過ごしていたかと思いきや、慌てた様子で急遽来訪したファルマから伝えられたのは医学者ローレルの危機であった。

 たった一人で。しかもこれほど慌てて来たのだから、よほどのことがあったに違いない。


「つい昨日の事なのですが、役所の人間が病院に押しかけてきまして……」


「リューンベル中央役所……確か、以前見せてもらった手紙にも書いてありましたね」


「はい。なんでも、研究を行っている魔法の内容が不審かつ危険な疑いがあるとの罪で先生を裁判にかける、と……」


「ローレルさんが裁判に……!?」


 裁判と聞いて二人は同時の驚きの声をあげた。これなら、ファルマが慌てていた理由も納得だ。

 役所の人間がいきなり押しかけてくるとは穏やかな話ではないし、お叱りを通り越して実力行使にきたということなのだろうか?

 だが、研究している魔法が不審かつ危険という言葉を聞いて何かが引っかかった。一体何を根拠にそんなことを言われてしまったというのか。

 少し考えるうちに、シノの頭にあることが浮かび上がる。



「危険な魔法ってまさか……私がローレルさんに教えようとしたアレのせいなんじゃあ……」



 前にリューンベルを訪問した時に披露してみせた、あらゆる傷を一瞬で癒す事が出来るオリジナルの魔法。

 シノ的には出来る限り考えた上で教えたつもりだったのだが、それすら裏目に出てしまった可能性があったからだ。

 そんな彼女の思惑を感じ取ったのか、ファルマは大きく首を横に振ってみせる。


「いいえ、シノさんは決して悪くありません! 先生の研究はしっかりとした手順を踏んだ上で申請していますので、以前お見せ頂いたものに関しても例外ではない筈です」


「た、確かにそうですよね……ローレルさんは、勝手に色々やりそうな人には見えません」


「村の人達にもお世話になっている人が多いって聞きましたし……」


 ファルマは当然のことながら、シノとリエルも彼がそんなことをする人物だとは信じていなかった。

 シノに会うためだけに、陸路で往復四日の距離をわざわざ訪問するほどの人物が、罪に問われるような内容の研究をするはずがない。そしてシノには気がかりなことが一つあった。



「ところで、肝心のローレルさんは今どこに……?」



 ローレル本人ではなくファルマがこうしてやってきたというのは妙だ。あっちはあっちで裁判を乗り切るための準備などをしているのだろうか?

 と思っていると――――――――



「既に拘留されてしまっています……裁判も、明日の正午には始まってしまうらしくて」


「そんなに急に!? 普通の裁判ではありえない早さですよ!?」



 まさかまさかのローレル自身が動けない状態にあり、更にその日程を聞いて驚きのあまり目を丸くする。いくらなんでも早すぎだ。最低でも一週間から一ヶ月程度の期間を置くものではないだろうか?

 大量殺人や国家転覆レベルの罪ならそれだけ早く動くのもわからないでもないが、ローレルに掛けられているらしい罪状は不審な研究――――――さすがに重罪とは言い難い気がする。


「時間が無さ過ぎて頼る宛てがなく、シノさんの事を思い出して急遽訪問させて頂いた次第なのです」


「普通なら証人を集めたりできますが、明日となるとさすがに急過ぎますからね……」


「確たる証拠があるわけでもないのに、一体どうして……」


 何か裏を感じ取っているのか、リエルは神妙な面持ちだ。他の二人も顔を見合わせて頷く。

 もっと慎重に捜査してから裁判までいってもいいはずだというのに、まるで罪に問う事柄が既に確定していたかのようである。

 するとシノは、また何かに気付いたようだ。


「というかファルマさん、定期船で来られたんですよね? それだと帰りは……」


「……帰りの船のことは考えていなかったのです。いち早く伝えなければとばかり思っていましたので……」


「本当に、居ても立ってもという感じで来られてしまったんですね……」


「……申し訳ありません。私としたことが」


 リューンベルからこちらに船で来たということは、あっちへ出る船はしばらくないことを指している。

 ローレルの裁判が始まってしまうのは明日の正午らしく、今からだと約二十四時間後だ。そして、次にリューンベル行きの船が出るのは、一番早くて二日後の朝。


(定期船を待っている間に裁判が終わっちゃう……これはちょっとマズイよ……)


 いわれのない罪の疑いを晴らすための証拠だって探す必要があるし、その行動自体があちらに戻らないと起こせない。

 ローレルが罪人になるかもしれないという危機こそ知ることができたが、それだけでは駄目なのだ。


「何か、すぐにリューンベルへ戻れるような手段があれば……」


 陸路は論外だし、魔動車などの手段を使っても一日は確実にかかってしまうので、それではリューンベルに着いてから行動を起こす時間が全く取れない。丸腰で裁判に挑むなどハッキリ言って無茶だ。

 一体どうしたものかと半ば諦めかけようとしていたその時――――――――




「――――――なら、私の記憶陣でリューンベルまで行きましょう!」




 重い沈黙を破って名乗り出たのはリエルだった。

 すっかり失念していた。彼女の能力である記憶陣は、訪れたことのある場所なら距離に関係なく転移することができるということを。


「記憶陣……! それなら、今からでもリューンベルに行ける!」


「私も行ったことのある街なので、転移することができるはずです」


 頼もしげに言葉を継ぐリエルに対して、シノは手を取って大いに喜んだ。これなら移動手段と時間の問題を一気に解決できる。

 一方その傍らで首を傾げているファルマに彼女の能力について説明すると、大層驚いている様子だった。


「リエルさん、それなら是非ともお願い致します……!」


 直後に凄い勢いで頭を下げられるとさすがに慌てたのか、リエルは頭を上げるように慌てて促す。彼女にとってはまさに救世主が舞い降りたような感覚だったのだろう。

 とりあえず、これで話は決まった。今からリューンベルに取って返した後にローレルの罪を晴らす材料を集め、明日の裁判で決着をつけることにしよう!


(ローレルさんが罪に問われていい筈がない……絶対に助けてあげないと!)


 恐らくは、シノの人生においても初めてとなる大がかりな人助けになることだろう。

 心の中で気合を入れると、二人と共に家を出る。さすがに泊りがけの日程になると思われるため、


「二人は先に村の入り口で待っていて。皆に留守を伝えてくるから」


 シノは家の前で一旦別れることにした。

 急ぎの用とはいえど、突然彼女が不在になれば今度は村の方が騒ぎになりかねない。

 頷いた二人と反対方向に歩き出したシノは村の各所を回っていく。最初に向かったのは村長の家だ。


「……成る程、話は分かりました。村の子ども達には私から伝えておきましょう」


「お願いします、村長。本来なら私が伝えて回りたいところなんですが……」


「気に負わないで下されシノさん。人助けのためならば協力は惜しみませんよ」


 とりあえずこれで、明日の学校はお休みになることが確定した。子ども達の残念そうな顔が目に浮かんでしまうが、こればっかりはどうすることもできない。無事に勝ちを得て戻ってきた時に埋め合わせをしてあげることにしよう。

 村長にお礼を言って家を出た後に続けて向かったのは森の訪れだ。ある意味では子ども達より心配していそうな子がいることだし。


「そんな……ローレルさんが裁判にかけられるだなんて……!?」


「大丈夫だよローザ。私が必ず助けてみせるから、ね?」


「は、はい……。よろしくお願いします、シノさん……!」


 案の定、ローザには人一倍心配されてしまったが、シノがいることで少しは安心してくれたようだ。これは彼女のためにも、絶対に敗訴なんかで終わるわけにはいかない。

 まだ心配そうな表情が消えないローザに見送られて店を出ると、最後はティエラの魔法道具店へと足を運んだ。


「裁判ですか……ならば、証拠探しは最も重要ですよ! 決して抜かりないように」


「探しのプロが言うと、なんだか説得力あるよね」


「私が探すのは証拠ではなく、主に商機ですけどね」


 ティエラはそこまでローレルとの面識はないようだが、気にかけてはいるようだった。

 すると彼女は、自作の魔法道具をシノに持たせてくれた。何かの役に立つだろうから持っていってくれとのことらしい。ティエラに礼を言って店を出たシノは、今度こそ改めて村の入り口へと向かう。


「よし、それじゃあ出発しよう!」


 待っていた二人と合流するとすぐにリエルは構えを取り、記憶陣を発動させた。その際にシノはしっかりと彼女の身体を支え、ファルマはそれに寄り添う形となる。

 やがて三人の足元に魔法陣が出現し、光を放ち出した。


「街の南門付近にファルマさんの家があるそうなので、その近くへ転移しますね」


「わかった。頼んだよ、リエル!」


「よろしくお願い致します……!」


 リエルの言葉に二人が頷いた直後、その身体が光の粒子となって消え始める。

 数秒の後には何かがあった形跡すら残さず、三人は遠く離れたリューンベルへと転移していくのであった。

【TIPS~クラド村の定期船】

クラド村自体は辺境ではあるものの、各地への船はそれなりに出ている。

が、大きな街行きなどとなると一週間に数回程度しか船がない場合もある。

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